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恋心を聞かせて1

「えっと」


 どうやって切り抜けようかと思案している表情のトモキくんの様子に気がつかないふりをして私は話を続ける。


「メグミ、今日映画見に行くって言ってたけど、あなたといったのね。とても楽しみにしていたから、よほど仲のいいお友達なんだと思って」


「そう、なんですか」


 トモキくんの顔があからさまに曇る。これ以上傷口に塩を塗るのは私でも心苦しい。良心の呵責に耐え兼ねて賭けに出ることにした。


「メグミと何かあったみたいね」


「え、いや……」


「そうだ、これから友人とご飯行くの。あなたも一緒にどう?」


 トモキくんの顔に動揺の色が広がる。トモキくんはかなり表情豊からしい。今のうちに畳みかけるのがベストだと判断してトモキくんの手を取る。


「もちろん、ご馳走するわ。時間があるなら行きましょ」


「は、はい……」


 トモキくんがしどろもどろになりながら頷いたのをみて、極力綺麗な笑顔を作る。こういうときの私の笑顔は気持ち悪いからやめた方がいいとか怖いとかリュウタに言われるので毎日鏡で練習しているが、今回の笑顔はどうだろうか。


「おい。ミサト。なにナンパしてんだよ」


 ナイスタイミング。声のした方を向くと予想通り、あきれたような顔をしたリュウタ。


「リュウタ、遅かったね。こちら、メグミの友達の……あれ? 名前聞いたっけ?」


「あ、吉村トモキです」


「そう、トモキくんです。さっき偶然あって、ご飯一緒に行こうって、いいでしょ?」


「あぁ、そうか、いいんじゃないか。俺は結城リュウタ。ミサトの中学の同級生だ。いこうか」


 我ながら白々しい会話だと思うが、なにも知らないトモキくんは黙って頷くだけでそれほど不審に思っている様子はない。私たちが怪しい自覚があるだけに、不安はないのかと心配になる。フラれて自暴自棄にでもなっているのだろうか。



 トモキくんを連れてきたのはカジュアルな雰囲気の半個室のイタリアン居酒屋だ。酒が飲めないリュウタと今日はそれほど飲む気がない私は食べるメインになる予定なので、つまみの品数が多くておいしい店を選んでいた。


「トモキくんはお酒飲める?」


 席に着いてすぐ、ドリンクメニューをトモキくんに手渡しながら私は聞いた。おそらく一杯目は飲まないだろう。


「え、あー、いえ、今日はお酒は……烏龍茶で」


「そう? 飲みたくなったら遠慮しないでね。じゃあ私は梅酒サワー」


「お前、飲まないっていってなかったか?」


「え、一杯目くらいはよくない? リュウタはオレンジジュースでしょ?」


「まぁ、いいならいいが。なんでオレンジジュースなんだよ、好きだけども」


「じゃあ、飲み物はこれでー。リュウタ、料理適当に選んどいて。トモキくん苦手なものある?」


「特にはないです」


「了解ー」


 リュウタがテーブルに設置されていた店員呼びだしのワイヤレスチャイムを押す。すぐに店員がやってきて、飲み物と料理を数点注文した。リュウタはやはりオレンジジュースだった。

 飲み物はすぐに運ばれてきて、簡単に乾杯して一口飲んだ。


「トモキくん、今日何の映画見たの?」


「キミノトナリニって言うホラー映画です」


「あのめちゃくちゃ怖いやつね」


「観たんですか?」


「予告よ、予告。それだけでダメだったわ」


 本当は後ろで観てたのだが。予告の時点でダメだったのは事実だったので、嘘ではない。


「メグミさんはホラー好きですよね」


「そうみたい、ホラー好きな友達ができるとすごく嬉しそうに教えてくれるわ」


「そうなんですか」


「あなたのこともよく話してくれるわよ、すごく真面目でいつも研究室のアトリエにいるって」


「暇なだけですよ、それを言ったらメグミさんは俺よりもアトリエにいますよ。講義がなければいるんじゃないかって」


 妹の通う美術大学は、研究室に共同利用のアトリエがある。畳よりも大きい木製パネルを作り、紙を水貼りし、絵を描く。これを繰り返すのが妹たちの学生生活だ。これが自宅でできる学生はそれほど多くない。特に妹の住む私の実家はマンションで、そんなことできるわけがなかった。結果として妹は絵を書きたくなると朝から晩までアトリエにこもっているようだった。


「休憩時間に話ができるがとても楽しいみたいよ、メグミ話し好きだから」


「それならよかったです……」


 傷は深そうだ。すこし話題をずらさなくては、そう思いリュウタに目配せする。

 リュウタは眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をすると、すぐ外面前回の笑顔でトモキくんに美大にいる男の人数について尋ねはじめた。


「そうか、やっぱり男は少ないんだな」


「えぇ、俺の学年は60人中8人いて前代未聞だって」


「それは少なくて?」


「いや、多くてです」


「まじか」


 リュウタが俺の大学と逆だなと笑う。リュウタは工学系の大学院生で女子がほとんどいない環境だったはずだ。

 大学の話や高校時代の部活の話でひとしきり盛り上がって、トモキくんの緊張がとけてきたなと感じたところでトモキくんが私たちを交互にみて口を開いた。


「お二人は、中学の同級生なんですか?」


「そうよ」


「お付き合いされてるとか? 俺邪魔してません?」


 よく聞かれる話だ。おもわずおかしくなって笑ってしまう私の横で、リュウタが口を開く。


「付き合ってもいないし、これからもないから、邪魔するとか考えなくていいぞ。なぁ?」


「そうだねー、リュウタはメグミが好きなんだもんね」


「いつの話だ。フラれて5年以上経ってる」


 とっくに諦めた。リュウタはそう言って、残り半分近く残っていたオレンジジュースを一気に飲み干す。

 トモキくんの目の色が変わったのがわかった。


「リュウタさんはメグミさんともお知り合いなんですか?」


「あぁ、高校はメグミと一緒だった。部活の先輩だよ」


「そうなんですか……」


 トモキくんが悩んでいるのがわかる。リュウタに話したいのだろう。


「ちょっと私、化粧室行ってくるわ」


「おう」


 ポーチとスマートフォンをもって席を立つ、あとはうまいことリュウタがやってくれるはずだ。

 私は「時間をかけて」しっかりと化粧を直さなくてはいけない。

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