71 ビアンカ 女神になる
「詐欺師」「悪ノリ」
「お似合いです」「わー挿絵通りー。出来すぎー」
うっせえ。
やるからには、完璧を目指すのがビアンカ流じゃ!
しらっ、とするビアンカスタッフの三人男と、満足げなエマ。
将軍は、
『やるなら徹底的に!』
と、オムルの文化に詳しい学者を引っ連れてきて、私の衣装を調達なさいました。
いやー、特攻で突っ込むつもりだった私は、どれだけ無鉄砲だったのでしょう。皇帝、ごめんね。
あんた、ただの助平親父じゃなかったわ。
純白のドレスに銀のブレストプレートとバックプレート。鎧の一部ですね。でも、軽い。
前髪を後ろで束ね、ヘッドドレスを装着。すると眉間の上に大きなアメジストが垂れて、
私は三つの目をもつかのようになりました。
では、デビュー!
肩からのケープをなびかせて、甲板に現れた私に、
うぉぉぉ!
という野太い声が轟き渡りました。
『……女神メージェルだっ!』
『なんと神々しい……』
『勝利の女神が、君臨なさった……』
オムルの猛者達が、感嘆と共に、
ざ!
と、傅きました。
『我が名は、ビアンカ』
私は、オムルの装飾がついた錫杖を
ドン!とついて、声を張りました。
広い甲板は、しん、となり、
波の音だけが聞こえます。
『メージェル神より、お告げを賜った!
正義を貫け
真の統治者を見いだせ
オムルの平穏を取り戻せ!
我は、真贋を決するために、
このビアンカに同化したのだ!
我の声を聞け
我の思いを叶えよ!
オムルを守れ
オムルに平和を!』
……あたりは、私の声の残響があるのみ。
し、ん
となった甲板で、
船員の一人から
『正義はここにあり』
という言葉が、ぽっと零れて、
『正義はここにあり!』
『正義はここにあり!』
の連呼がはじまり、
大きなうねりとなって、甲板を埋めつくしました。
わぁぁぁぁああ!!
と、最後には、自らを鼓舞する叫びとなりました。
(やりますなビアンカ殿)
将軍のニヤニヤに、私はオムル海軍に女神モードのまま立ちながら、
(ヤレとおっしゃったのは、将軍、貴方でしょっ)
と、囁き返しました。
第一声をあげた船員は、イーヴォ。
さすがカメレオン。
サクラ役も堂に入って
生粋のオムルの若者にしか見えません。
この猿芝居は、単純かもしれませんが、効果は絶大で、
帝国軍という大艦隊をバックにした私のパフォーマンスは、
(戦いの女神が、王家を割いた軍にお怒りに)
(メージェル神が、真の王者を求めて降臨なさった)
(メージェル神は、新しい王をご所望)
(正義は女神にあり!)
の旋風が港ごとに巻き起こりました。
お陰様で、ついに、オムル海軍総帥が、お目通り下さる手筈となりました。
私は、帝国将軍と共に、最も王都に近い港の都市に到着し、海軍総司令部を訪ねました。
『ビアンカ殿
メージェル神が憑依なさった方と伺ったが。
北の国の言葉がお上手だ』
おお、さすが総帥。
私がエラントの女だと、調査済ですわね。
『メージェルが私から言葉を発させているだけです。
そして、貴殿の心にも、女神の言葉が芽吹いていますね』
総帥は、表情を変えませんが、
『……何がお分かりだと?』
私はゆったりと座り直し、
手袋の指を組んで、
『暫定政権に未来はない。と、お気づきでしょ?
このまま陸軍が王府を制圧していても、諸国が盾にならない軍事政権に、正義はもうない。
……第一王子まで、手にかけたのですから』
ここで初めて、総帥の肩が、ぴく、と動きました。
そうですよ。
トップシークレットは、もう漏れてますよ。
『貴殿も分かっている。
まだ北の国は閉鎖的で、大陸から孤立すれば、みるみる国力も経済も、衰えてしまう。
腐敗政治を糾弾するまでは、民も付いてきただろう。
けれど、やりすぎた』
『女神の打開策は……』
『それも、貴殿は分かっているはず。
正当な後継者を擁立する。
それしか、軍に、残る選択肢はない。
そして、陸軍幹部が牛耳る軍組織を覆すことも、
後継者擁立によって、可能となる』
私の言葉に、総帥は、
『……まこと、女神、か。
とても、うら若い淑女の言動とは思えん……』
と、呟かれました。
えへ。
され妻の出戻りだもーん。
若くても修羅場は踏んでるもーん。
総帥は、覚悟を決めたかのように、
『女神は、この国のどなたが後継者だと仰るのだ?』
と、問いますので、なんの躊躇いもなく、申しました。
『イングヴァルド・デル・オムル』
総帥は、暫し沈黙。
『第二王子は、王都進行の途中との情報だ……』
『護衛は、万全ですか?』
『王都近くからは、保障は出来ない』
王子擁立の諸侯と暫定政権の陸軍とが、衝突すれば、
王都のダメージは大きいでしょう。
無血に導くには、
……どうするか。
『総帥』
私は、これまでに熟してきた言葉を選びました。
『公平に神に導いて頂きましょう』
そして、今。
私たちは、オムル王都の神殿前広場に居ました。
メージェル神擁立の海軍は、港の大半を制圧。
それぞれの領主や諸侯が、従いました。
何せ、海軍が寝返り、蜂起したのですからね。その背景に、帝国軍が沖合いで待機しているという、冷や汗もん状態ですからね。
そこに、女神。
暫定政権に手のひら返しする名目としては、メージェル信仰は、いい口実だったでしょう。
一つ、障りがありました。
イングヴァルドの容姿です。
黒髪と、北の男にしては、肌が少し色付いている。いえ、エラントでは、普通に色白なのですが、オムル王家は皆、色素が薄いから。
軍事政権は、そこをついて来ました。
(国王陛下がご存命にも関わらず、国賊が乗っ取りを画策している!)
と、流布するのを私たちは止められませんでした。
ですから、最後の裁定は、
信仰の頂点、オムル神殿庁に委ねることにしたのです。
沢山の血が流れ
沢山の嘆きが溢れ
沢山の怨嗟が響き
そんな中をメージェルとして、王都まで突き進んで来ました。
戦いに、正義など無いのです。
そんなことは、分かっています。
それでも。
オムルにとって、何が良いのか、
オムルの民にとって。
それを思えば、私の猿芝居なぞ、
のちのち、可愛いものだと思っていただけるのではないかと、
その時は、そう思っていました。
最早、愛しい男を救うという狭義から
この民のために、
という強い気持ちで、私は演技し続けました。
広場には、物々しい警備の軍人と、民衆とが、ひしめき合いました。
神殿前の石畳に、二つの御帳台が置かれています。
教主様……オムル信仰へ導くトップのお方が、姿を現しました。
全員が、頭を垂れます。
その静寂は、甲板のあの時を思い出させました。
教主様が
『皆さん、顔をおあげなさい』
と、柔らかく声を発し、その促しに、集まった全員が従いました。
神殿庁の権威は、宗教を超えて司法にまで及びます。
教主様が、是非を問えば、それが裁決となるのです。
そして、教主様の決定は、王であっても覆すことはできません。それは、オムルのタブーであり、絶対なのです。
民衆は、正義を教主様に委ねるのです。
『この国が割れているのを神は許さない』
教主様は厳かにおっしゃいました。
『国の安寧を神に問う。
それがオムルの神々の応えである。
女神メージェルさま、
こちらに』
私は、奥から、教主様の前に進み出ました。
(……おお!メージェル!)
(なんと美しく神々しい)
(あの髪……銀から紫に変わっていて……神話の通りだ)
(アメジストの三つの目
あの方は、矢張り女神の再来!)
港ごとに生まれた感嘆と同じざわめきが、広場に広がります。
『降臨頂き、恐縮至極にございます。メージェル様』
教主様が頭を下げました。
周りはびっくり。
私を神殿は、女神の依代と、認めたわけですから。
軍人に緊張が走ります。そりゃ、そうでしょう。
『まこと、女神であれば、本日の裁きは容易なことと存じます』
そう。
教主様は、まだ疑いをはずさず、慎重なのです。
『そこで、この御帳台を用意いたしました。
それぞれに、この国の統治者の候補が入っております。
一つは、陸軍総帥殿。
一つは』
教主様は、目を閉じて、続けました。
『……イングヴァルド殿下』
ざわ!
と、広場に再びのざわめきが立ち上がります。
暫定政権により、幽閉または隔離されている王家一族。
外国に名代として、歴訪していた第二王子が、反第一王子派から擁立されて、巻き返しをはかっているのは、民衆も知っていました。
いつの間に、軍に囚われたのか?
これは、ていのいい、公開処刑なのではないか?
そんな不穏な空気が、広場に満ちました。
『……メージェル様』
教主様は、再び私に頭を下げました。
『どうぞ、神々の裁きを
あなたがお選びになった方を
神殿は、正統な後継者とみなします。
どうか』
ふ。
この教主の考えは、総帥にも帝国将軍にも、意外だったのでしょう。
私にそんな〈神がかり〉が出来るとは、将軍は思っていないし、
神殿と私が手を結んでいるはずかないことは、総帥もご存知。
神殿は、あくまでも中立。
どのような国になっても、信仰の上にたつ神殿は、蚊帳の外。
もし、今私が誤った選択をしても、
女神の思し召し。
もしくは、
(帝国が画策したエセ女神のせい。つまり、帝国が国を滅ぼした、と、逃げるおつもりね)
私は、観衆の目が、一斉に自分に注がれる瞬間、
肌が総毛立ちました。
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