70 ビアンカ 陛下の案に乗る
王妃、って、何?
ぽっかーん、の私を見た皇帝は、
カラカラと笑い、
『いやぁー美人だわ、口は立つわ、度胸はあるわ。
政治の駆け引きも男以上。
欲しい。傍に欲しい
本音としては、妃に欲しい』
何ですと?
『だがなぁー、エラントからのシンシアが拗ねるのは、儂も困るしなぁー
ここは譲るか
惜しい。実に惜しい
譲るかぁー』
誰に?
ひとしきり、大きな独り言をおっしゃった後、陛下は私に向き直りました。
『ビアンカ。
ここからは、この部屋だけの話だ』
『はい』
さて、提案への回答でしょうか。
私はモードを変えました。
『第一王子は、誅殺されている』
……なんと!
『軍は国王を生かして、辛うじて元首……担ぎ手は保った。
軍の首謀者では、国民が付いてこないからな。
国賊とあげつらわれたのは、第一王子の取り巻きだ。腐敗政治と癒着を問題視された。
国民には、その一点で、転覆に賛同させる気だ。
但し、王家の存続は、危ういだろう。軍事政権を立て、国内に宣言したら、捨てるつもりだろう』
『……』
かつてエラントも、民衆党の陰謀が王家を揺るがしたが、軍と近衛は磐石で、反逆組織の中核さえ叩けば、相手は脆かったそうです。
それも、国民の支持が、どちらに傾いたかによるのでした。
『軍事政権の国家は、立憲君主制にも共和国にも、遠い。
今どき、独裁でどこまで持つかな』
他人事の口調に、私は少し苛立ちました。
『皇帝陛下は、何をお考えです?
私の取引には応じないということですか?』
『乗れぬな』
私は固く口を閉じました。
矢張り、駄目ですか……
『ただ、アイデアは秀逸だ。
……伝令を
司令官を呼べ』
落胆する私は、侍従に命じる皇帝をぼんやりと見ておりました。
『ビアンカ』
『……はい』
『お前自らが赴く理由はなんだった?
ただ恋しい男に会いたいだけで、戦禍にひ弱な身体で飛び込む馬鹿には見えないが』
ふん。馬鹿で悪うございましたね。
『先程述べた通りです……海軍に活路を。
軍が割れれば勝機ありと考えます。
それと。
私の銀と紫のメッシュとアメジストの瞳は、オムルにとっては価値あるものと思われましたので』
『……北方神話の勝利の女神、か』
流石に博学。
『向こうの戦いに正義はありません。そして、反撃の戦いには組織を一つにするカリスマが必要。
何のために戦うのか、が、士気を高めます』
『……』
『反撃の正当な方、イングヴァルドの奪還という御旗を戦いの女神が騎士に託す
名目としては、最適解かと』
ハッハッハ!
皇帝陛下は破顔して、膝を叩きました。
『……惜しい!
矢張り惜しい!
儂があやつの代わりになりたい!』
あやつ?
ニヤリと陛下は私を見やってきて、
『イングヴァルドは、生きとるぞ』
と、おっしゃいました。
『……え』
『これでも帝国の皇帝だぞ。
二度聞くな。
アイツは、無事だ』
私は、身体の力が抜けました。
揺らぐ身体をエマが、さっと支えました。
『ほう。失神はしないのだな。
女はすぐ気を失うもんだが』
どんな情報だい。
『ご無事、なのですね』
『無論。
帝国の諜報をなめるな』
舐めちゃいませんいません。
勿体ぶらないで、もつと早く言えよ、皇帝ヘイカ!
『国境近くの山麓の村に潜んでいるらしい。
こちらの諜報と接触し、儂に託してきた』
『では』
『まあ、焦るな。
今あやつは、反陸軍派を繋ごうとしている。ボンクラ国王とごゆっくりさんの第一王子に、危機感をもっていた領主諸侯に団結を訴えて』
『……もしや』
皇帝は、にったりと満足げ。
『下手に属国にして、統治に苦労するくらいなら、帝国と上手くやってくれる奴を担ぎあげた方が、儂には利益が大きい』
やっぱり。
イングヴァルドを擁立する有力な貴族がいるということね。そして、帝国に助力を仰いだ。
『勘違いするな。
あやつが泣きついたのではない』
『は?』
『あやつは、偉そうに。
(オムルを帝国が力で薙ぎ払ったら、大陸の諸国は付いてこないぞ。
手出しするな)
と、言ってきやがった』
ああ、彼らしい。
『だから、静観するつもりだった。あやつが言い切るなら、何か勝算があるのか、とな。
こちらの調査では、王都の制圧は何とかなったようだが、地方はまだ軍に諾とはしておらん。
そして、地方の軍備は潤沢だ。
ただなぁ』
チラリと陛下は私をみて、
『内戦となると、長引くやもしれん。
国と民が疲弊する。
あやつはそれは望んでは居ないはずだ』
私は、背中に冷水を浴びた気がしました。
まさか。
まさか、彼は。
『……中央に打ってでる?
自分が正当な国の後継者と、して』
『お前もそう思うだろ?
……儂としては、有能な奴の特攻なんぞ、見たくないんだわ。
それで、あやつを無視して、干渉しようと腹を括っていた次第よ』
……帝国の、皇帝の腹は既に決まっていたということですか。
私の子供じみた案なぞ、さぞ可笑しかったでしょうね。
『将軍がいらっしゃいました』
『通せ』
左の扉から、軍服の壮年の方がいらっしゃいました。
『陛下、ダヤンをお呼びでしたか』
『ダヤン。
お前の任務だ。
こちらの』
と、陛下は、私に立て、と促し、
『こちらの女神をオムルに連れていけ。帝国の軍は、オムルの女神の元に動くと知らせてこい』
陛下?
『オムルの正義は、ここにある。
帝国は、女神に跪いた。
そのように伝播してこい』
陛下……。
『我の一組織全てを動かして宜しいのですか』
『大袈裟であればあるほど。
手出しはするな。
数で圧しろ。
あとは、向こうの海軍にこの女神を引き合わせれば、それでいい』
ダヤン総司令官は、ニヤ、とし、
『御意。
女神、御名を伺ってよろしいですかな』
私は、少し戸惑いましたが、覚悟を決めました。
ええい、乗っかれ!
『ビアンカと。
軍神メージェルとも、お呼びくださいまし』
『お手を頂けますか』
総司令官は、跪いて私の手をとり、口づけの所作を致しました。
『錦の御旗を掲げて立ち回るのは、久しぶりですな
ビアンカ・メージェル様。
我が艦隊にご招待致しましょう』
こうして、私の交渉は成立致しました。