69 ビアンカ 皇帝に謁見する
その後のエラントは迅速でした。
外遊の王妃は、貿易交渉の国に、連携を取り付けて帰国。
国王陛下は、中つ国外つ国東の国と、共同声明を発する手続きをとり、まず、オムルの軍に抗議。
将軍職と審議し、軍の統制と増強。
ドミノ式にクーデターが影響することを徹底的に抑える方針でした。
そして、
「第一王子殿下を安全に帰国させる」
アレックス兄様に、その使命が託されました。
帝国が北の国の軍部蜂起をどうするか、大陸の中小国にとっては、大きな懸念でした。
もし、帝国が今、力をもって、クーデターを制圧すれば、オムルの独立性は危うくなります。
オムルは帝国の一部、よくて属国ということになりかねません。
それが、大陸制圧の端緒となる可能性もあります。
第一王子の帰国は、エラントのイニシアチブにとって、必要不可欠でした。
で。
何で私が兄に同行して、帝国にいるか、って言うと……
(王都に近く、すぐに民間船を動かせる港は、アストリアをおいて他にないでしょう?
その代わりに、ねっ)
(何が、ねっ、だ!
何で女のお前が危険に飛び込まねばならない?論外!)
(あら、オムルの内紛を盾に、港を凍結することも、私なら可能なのよ?)
(……う)
(理由は正当だけど、私がそんなことをしたら、王家と侯爵家は、どうなるかしらねぇ)
(……)
(王子殿下をお迎えする輸送に、何の危険が?
帝国にすれば、国賓よ?
工業に強いエラントと、帝国がガチで喧嘩するわけないじゃない〜
だったら、今、大陸で、最も安全が確保される往来だわ)
(……)
勝った。
という訳で、ただいま私は皇帝のお住いにいる次第です。
無論、スタッフを連れて。
……あれから。
イングヴァルドの消息は、未だ不明です。
オムル国王は、病に倒れ蟄居。
第一王子は、軍の監視のもと、幽閉。
王妃以下、親族は辛うじて王宮から避難し、海沿いの離宮にいらっしゃるそうです。
私の時計は、黒の時計を感知しません。
最大限に目盛りを合わせたのですが、遠い国の隔たりは如何ともし難く。
それでも。
泣いて待つなんて、このビアンカがするはずがありませんわよ。
『お待たせいたしました。
ビアンカ・アストリア様、
陛下がお会いするとの仰せです』
そう。
兄に同行した理由は、皇帝に会うことでした。
船を出航させる前に、早便で皇帝陛下に、私からの嘆願書を国王陛下の名のもとに出しました。
直々に奏上したい旨あり、と。
私の名前に必ず思い当たることがおありのはず。
案の定、拝謁の願いは、到着の翌日には叶った訳です。
皇帝陛下。
一代で帝国を大きくしたご尊父を継ぎ、外交に手腕を発揮されるお方。
私の父と同じくらいのお年でしょうか。
一族が、一夫多妻制の遥か東方の国出身ということで、守護精霊の国ながらも、王家だけは、後宮を有しています。
その後宮に輿入れし、この度見事、王子をご出産されたのが、エラントの第二王女様。
今は、皇妃の次の、シンシア貴妃としてご寵愛を得ていらっしゃいます。
(ひえ〜っ)
(こらっ、静かに)
(着慣れない正装って、捌きづらいですねえ〜)
(ふうむ、あの絨毯だけでも家が建つな)
謁見の間の天井の高さと、煌びやかさに、スタッフたちがざわつくのを無視し、
私は静かに刻を待ちました。
程なく。
音もなく侍従達が居並び、リーンリーンと、高い鈴の音がしました。
『陛下の御成でございます』
私は、最上級のカーテシーをいたしました。
スタッフは、壁際で跪きます。
玉座の幕が上がり、
『頭をあげなさい。
ビアンカ・アストリア』
『この度、御拝謁に預かり恐縮至極にございます』
『あーいい、いい。
だから、顔を見せて』
……はい?
私は、命じられるまま、顔をあげました。
『おお、これはこれは。
エラントの王が言う通りだな!』
はい?
『ジェイの親書にな、
エラント一番の美女が会いに行くから、お会いしないと損ですよ、
と、あったから。
いやはや、帝国でもこんな美女には、会ったことはない!
いや、眼福眼福』
国王。
あのタヌキ、何してくれるんですか。私の嘆願書にそんな添書付けたんですか。
そんで、だから会ってくれたんですかぁ?
(見た目は人を助く)
(こらっ)
イーヴォ、寛ぎすぎ。
でも、私の懸念は、杞憂だったようで、
『国一番の美女は、傾国の美女か?
オムルが所望か?』
と、早速切り出してきましたもの。
『陛下。申し上げて宜しいですか』
『許す』
私は予定通りの話を始めました。
『嘆願書に示した通り、私はイングヴァルド・デル・オムルの救出に助力を頂きたく参りました。
エラントの女ではなく、
アストリアの領主として』
『何故、エラントを動かさない?
たかが、他国の一領主が、帝国と交渉する理由は?
儂に、なんの利益がある?』
さあ、ここからが私のはったりです。頑張れビアンカ!
『アストリアは、ただのエラントの一部ではございませんわ』
『申せ』
私は立ち上がり、話しました。
『アストリアはエラント第三の港。しかし、交易に関しては、領主に一任された経済立国です。
アストリアは、大陸を越えて広く諸国と貿易する拠点。
言わば、私の意向次第で、そのお付き合いの軽重が決まると言っても差し支えありません』
『それが?』
『商売の話ですわ、陛下。
私、オムルの宝石が欲しいのです。
でも、今、オムルは危険でしょ?
だから、陛下の兵をお貸しいただきたいのですわ。
一個師団。
この私を守るには、そのくらいでないと♡
船は私が提供します。
対価に』
私は一度、息を吸い、
『独立国として、アストリア都を陛下に差し上げても宜しくてよ』
((((……!))))
後ろの呼吸が乱れていますが、構うことはありません。
『オムルの……黒玉に銀の、宝石か?』
『はい』
『エラントの一部の実権を帝国に?』
『悪い話ではございませんでしょ?アストリア港の交易に関する利得と自治を帝国に移譲します。
無論、永年ではなく、陛下の代限りという形では如何でしょう。
残りのアストリア領は、エラントと港との緩衝ということで、私が中立を保ちます。
如何?』
私の攻めに、皇帝は意表をつかれた様子です。
『イングヴァルドは、それ程に価値があるか』
『例えエラントに、私が斬首されても、構いません』
『おぬしは、それ程に想っているのか』
『彼が居ない世界など、
未練はございません』
ふむ。
と、陛下は、髭をゴシゴシして、頬杖をつきました。
『帝国の兵でなければならないか?』
『帝国ならば、諸国は有無を言えません。エラントでは、手を繋いだ国と、諍いが起きます。
私と商売出来るのは、帝国だけでございます』
『……兵を貸すだけか』
『帝国が制圧したとなると、オムルは属国どころか、帝国の一部となるでしょう。
北の国は、北の神話を信奉する独自の文化の国民です。
その文化と伝統を誇りに思う国民が、帝国を受け入れるとは思えません。
一旦鎮圧しても、今度は、対帝国の民衆がくすぶり続けます。
悪手かと』
『亡命させたいのか』
『分かりません。
彼が無事であれば、それでいいのです』
『おぬしが、救出するのか。
出来るのか』
『情報は武器です。
オムルの蜂起は、陸軍省が中心。
海軍は、陸軍省におされて沈黙しているとのこと。
海軍と手を結び、
港が多いオムルの海岸線を 制圧し、
駆け引きの材料といたします』
陛下はしばし、沈黙なさいました。
『イングヴァルドは、儂の娘をあてがおうと思っていた男だ……
そうか。恋仲の女が居たか』
『恋仲ではございません』
私は陛下を真っ直ぐ見つめました。
『私たちは、互いに唯一。
互いに最愛です』
言うべき事は全て言い切りました。
あとは、陛下の判断です。
陛下は、長い間、沈黙しておりました。
私は再び跪いたまま、裁可を待ちました。
『ビアンカ・アストリア』
『……はい、皇帝陛下』
『王妃になれ』
……は?
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