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68 ビアンカ 軽く修羅場る

「三日後のお約束が守れませんで、失礼致しました」


王女は、東宮の庭で、待っていらっしゃいました。


「身体は」

「はい。すっかり」

「心は」

「……」


王女は、すう、と黒い瞳を細めて、

「まだ、戻っては、おらぬか」


と、眉間を曇らせました。


「……時間は戻りません。

忘れる他はないのですから」


暴行の恐怖など、直ぐに癒えるものではありませんね。

夜会の拉致では、怒りだけでしたが、今回は、殺意と憎しみをぶつけられた為、やはり、ふっと、あのギラついた目とすえた臭いが、蘇る時があります。


女ゆえの疵は、女にしか分かりません。そして、王女は、まだ、女ではないのです。


王女は、まだ少女なのです。


「私への進講は、お出来になるか」

「勿論ですわ

……今日は、如何様に?」


「外つ国の古語の敬語が通じるか、判じてほしい」


この王女、どなたから、私が語学に明るい事を知らされたのでしょうね。

外つ国語なら、王太后様でも、宜しいような。


「お祖母様は、教えるのが下手なのだ。短気で」

私の胸の内を見透かして、王女はおっしゃいました。


あー確かに。


「承知しました。

では、ご挨拶から始めましょう」


私は、様々なシーンを想定して、王女との会話を試しました。

様々なシチュエーションに、

王女は、時に戸惑い、

時に苦笑し、

時に考え込み、

時に破顔いたしました。


あら、この子、

こんなに表情があるんじゃん。



「ああ、愉快だ!」

王女は、

〈寝坊した王女が、神官長に言い訳する〉

シーンで、私のとぼけた神官長様に、くすくす笑いました。


「年寄りは、しつこいものですわよ、ミュリ王女殿下」

「覚えておく。

そして、私は時間をたがえない」

「あちらが、勘違いなさって、譲らないこともあるのです。

上手くかわすのが、肝心です」


私がすまして、指を振ると、

王女は

「承知した」

と、また微笑みました。


休憩だと思った侍女が、茶を運んで来ました。今日も、外つ国のお茶。そして、菓子。

あちらの菓子は魅力的です。太っちゃう。


「ビアンカ」

「はい、殿下」


『王子と、契りを交わしたのか』


私は喉に、シロップがかかって、咳き込みました。


契り、契りって……

え、わざわざ外つ国語?


『婚約を誓ったのか?』


……あー、そっち。

びっくりした。〈いたしました〉ではなくて。

そりゃーそうですね。

15の王女が、どストレートに聞いてくるわきゃないわね。


『ビアンカの芯が、明るい』

王女は、淡々と話します。


『疲れ、不安。その残滓はあるが、全体に柔らかな光が視える。

そして、核が輝いている。

前にはなかった』


『……』


『だから、そう推察した』

『ミュリ王女殿下』


いつかは向き合わなくてはならない事態です。私は、腹を括りました。


『イングヴァルドは、私の唯一です』

『……』


王女は、しばし考えてから、返しました。


『愛している、ということか』

『はい』


私はきっぱりと答えました。


『……ビアンカ。

そなたからは、退路がないような決意が視えるが……

何故?そなたの愛に、何の障壁がある?』


何って。


『私は王子を王配にする。

そなたは王子を愛する。

そこに、何の障壁が?』


私は、目を見開きました。


『王女殿下は、私に、外つ国の側室になれと、仰るのですか』

『一緒に行ってくれたら、私は嬉しい。

そなたとは、共にいたい』


……この方は、何を言っているのでしょう?王子を私と共有したいって?


『愛とは、独占ではないはずだ。

私はそなたが好ましい。

王子もしかり。

二人が好ましいなら、共にあっても、二人が惹き合っていても、それすら好ましい。

駄目なのか?』


ううむ。


言ってる事は異次元ですが、筋は通っているような。


『訂正いたしますわ』

私は反論をいたしました。


『私たちは、互いを唯一としています。

互いだけを人生の伴侶にしたいと、思っています』


『それでは、私と王子は結婚出来ない』

『……残念ながら』

『それは困る』


急に王女は、動揺をあらわにしました。

『私は女王になる。

王配に相応しいのはイングヴァルドだ。

そして、私に人を教えてくれるのはそなただ。

私はそなたとも王子とも、共に居たい』


ううむ、この方は、

(幼いのだわ)

外つ国の女王たるべく、外界と断絶し、特殊な能力ゆえに、一般の倫理が通じない。

けれど、お考えには破綻がない。

そして、真っ直ぐ。


人を愛することは、苦しみも伴う。

己の欲や醜さも、思い知る。

でも、この方は、純粋理論に則っている。


まだ、ご自分の醜さや葛藤と出会ったことがない。


『ミュリ王女殿下』

私は、優しく告げました。


『私を好ましく思って下さるのは、とても光栄です。

私も、貴女が好きですわ』


王女は真剣な表情。


『でも、私はイングヴァルドを貴女と共有することは出来ません。

唯一とは、そういう意味です』

『もし、私と王子が結婚したら』


『……私は亡骸となるでしょう』


私は一言で、口を閉ざしました。


脅しでも、決意でもなく。

心は死んでしまうでしょう。


『そなたが死んでしまうのは嫌だ』

王女は少しべそをかいているようです。

歳下相手に、過ぎた真似をしましたね。


『私は死にませんよ。

でも、後の人生は、自分自身を殺して、別の人格として生きていくでしょうね』

『……』


この方には、難しいでしょう。

人の感情の機微を直視できなくて、自ら籠に入った人ですもの。


取り敢えず、私の想いは伝えました。後は、


(成り行きでしょうね)


彼は、どうやって、この事態を打破するのでしょう。そして、陛下は。


相手は外つ国。

国は小さいながらも、大陸に広く浸透している守護精霊信仰のお膝元です。

その女王は、巫女、聖女とも言われる方。例え親である陛下であっても、意向は尊重されるのです。


「あい、分かった。ビアンカ」

王女は、そういって、一粒取り出しました。


「今日は、またひとつ、そなたから教えてもらった。

少し、考える」


「……分かりました」


私はタンザナイトを受け取りました。

そんな時です。


「申し上げます。デュラック様でございます!」

女官が、兄を伴います。


大兄様?


アレックスは、暗い目をして、王女の前に跪きました。まるで、私が居ないかのように。


「王女殿下」

彼は、重々しく告げました。


「……北の国が」


ドクン。私の胸が大きく打ちます。


「オムルが?」


「内乱に」

「「……!」」


兄がチラリと私を見た気がしました。

「軍によるクーデターです」


……私は懐中時計を服の上から、握りしめました。








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