67 ビアンカ 事件の後は
この『デュラック邸強盗事件』は、
貴族社会を駆け巡り、
ロックフォードの息子が逆恨みして、玄関で応対した元妻の令嬢を殺害せんと襲った
が
北の国の王子が、危機を察知し、令嬢を救出、息子は逮捕
王子は、令嬢と婚約をかけて、国に説明に戻った
という、とんでもないラブロマンスに変換されて席巻してました。
「ステキですわぁ〜
ちまたの小説のようでは、ありませんか!」
「ご無事だったから、そんなこと仰られるのよ。
……でも、あの王子ですものね」
「美男美女の恋!
国を捨てても、添い遂げる……
はぁ〜
ドキドキしますわ」
えーと。
ここは私の寝室ですわよ。
エリスとライラ嬢。
私の寝室は、お見舞いの花に溢れ、その他の見舞い品は、執事が管理しています。
ひっきりなしの来訪希望は、丁重にお断りしましたが、エリスは、身内同然ですからね。
「……そんな話になってるの?」
「もっと尾ひれの付いた話も♡」
「……」
尾ひれの部分は、きっと真実とあまり変わらないかもしれないわね。
事件後。
駆けつけた三人は、犯人がエイブと聞いて、
父 激おこ
剣を取りだし血圧を上げ、
大兄様 発狂
警察署へ乗り込もうとし、
ちい兄様は、残忍な笑み
陰湿にも、毒薬を医局から調達しようとし、
そんな三馬鹿に、
くどくどくどくどくどくど
中兄様が
(あんたらが、そもそも!)
というお説教。
正論に萎れ、
自責の念で、反省の日々らしく。
私といえば、
アンガス兄様の手腕と、侯爵家の強権発動で
「いたしました」
発言は、父兄たちにも隠蔽いただき、
エイブの〈婦女暴行未遂〉は、
警察所管内だけの秘密となり、
令嬢としての名誉は、保たれました。
ありがとう中兄様。
で、公開された簡素な情報を紡ぐと、エリスの言ったロマンスになったわけですね。
ただ、
(どうしてビアンカ様が、使用人のように玄関の応接しようとなさいましたの?)
というエリスの問いに、アランの心が挫け、三馬鹿の私へのバツを告白すると、
(……もしアラン様が、結婚して私に同じことをしたら、即、離婚ですわよ)
と、冷たく言い放たれて、ちい兄様は、更にしょげているらしい。
あ。
執事と女中頭には、とっても褒められましたよ。
(完璧です!お嬢様
下女泣かせでございます)
ですって。うふふ。
あと、呑気だった守衛たちは、やっぱり解雇を言い渡されたので、私の紹介状を持たせて、ライラ嬢の伝で、エミリオ家に送りました。
エミリオ家の警備は、強固ですからね。少し修行してくるといいと思います。
そんな経緯もあって、見舞いのエリスに、ライラ嬢がくっついて来たのですね。はい。
「まだ、痛みはございますか?
医者の往診を所望なさいますか?」
エリスの心遣いに感謝しつつ、
「お陰様で、あとは時間の経過を待つだけなの。アザは、中々消えないし、打撲は安静にしているしかないの」
と、説明すると、
「「令嬢にアザを付けるなんて、処刑ものよ!」」
と、二人はプンプンしました。
そんな彼女らの懸念は、もうひとつあるらしく、
「……ね、ビアンカ様。
あの、王子とミュリ王女の件は……」
そう。
後の懸念は、そこよね。
父はまだ、王子との仲を認めている訳じゃない。元夫とロックフォードをいかに〆るか、考えているみたい。
アレックス兄様は、東宮に仕える身だし。王家……王太后に楯突く訳にはいかないでしょう。
つまりは、成り行き任せで。
鍵は、陛下だけど、
王太后と、何よりミュリ王女がその気になっていること
王宮の茶会という公式の場で、広言したこと
が、懸案なのよね。
陛下にしたら、身内、しかも実母を否定する……恥をかかせる、という成り行きは必然。
これは悪手よね。
お身内の分裂を促すような手は打てないでしょう。
「……私は、ようやくロックフォードの呪縛から逃れたばかりなの。
今は、平穏な日々に癒されたい、
それだけよ」
返答にならない返事をして、私は、
(お嬢様方、そろそろビアンカ様のお薬の時間でございます)
という、執事の言葉に救われました。
彼女らの滞在の間も、見舞い品が届いていたらしく、執事が品々を披露に持ち込みました。
それにしても、エマはどうしたのでしょ。何で、こんなになった私のもとに帰ってこないの?
それから一週間。
やっと化粧をすれば、アザが隠れるくらいになったので、私は返礼品をそれぞれのお邸にお渡しする手配をしました。
そんな時に、
「お嬢様、戻りました。
大事に不在をいたしまして、まことに申し訳ありません」
と、エマが戻って来ました!
「……エマ、エマ!」
「お嬢様っ」
何も言えずに固く抱き合った後、エマは私のあちこちを見て、
「……回復は、いいようですね。
耳にしたときは、生きた心地がしませんでした……」
と、エマは珍しく涙を流しました。
「……貴女、どこに」
私を置いて。
「申し訳ありません」
エマは、再び頭を下げ
「早速ですが、お連れしたいところがあるのです」
(……?)
「どうか、このエマに免じて、ご同行下さいませ」
帰ってくるなり、何なのでしょう?
でも、エマの表情は、否が言えないものでした。
主人に従えというのは、余程の事。
「……分かったわ」
私は、エマが用意させた馬車に乗り込みました。
あれ?
この道って…
やっぱり。けど。
「「「「お帰りなさいませ!
ビアンカ様っ」」」」
正門が開くと、ずらりと居並んだ面々は。
「タウンゼント!
励まし隊のみんな!」
「ご主人様、お帰りなさいませーっ!」
ご主人?
「新しい公爵閣下が、申したのです」
領主代理で、領地を取り仕切っていた弟君の新しい公爵が、例の中抜きを初めて知って、
(慰謝料だけでは、申し訳がたちません。
聞けば別邸の修復は、ほぼビアンカ様の手柄。ならば)
と、別邸を侯爵家を通して、委譲すると、仰ったそうです!
「伯父は、新公爵をお支えすることになりまして、私は、こちらで続けて執事として、働くようにと」
タウンゼントは、紅潮した顔でニコニコしています。
「ビアンカ様!
お部屋も調度も、庭も、何もかも貴女様がいらした時と同じです!」
女中頭が、嬉し涙。
「ビアンカ様、聞きました!」
「怖かったでしょう」
「元主人とはいえ、許せません!」
励まし隊の皆さんのかしましさ。
エマが
「侯爵様のお達しで、いまだ領主の城にいらっしゃる公爵様との手続きをビアンカ・スタッフで、おこなってまいりました。
遠方ゆえ、事件は後から聞き及び……
大変申し訳ありませんでした」
と、打ち明けてくれました。
サプライズにしたかった、という父
とスタッフの、呑気な謀りごとでしたが、裏目に出たと言うわけですね。
私は、誘われて入った別邸の中を見回し、
「いいのよエマ。
……ここは、私の家。
皆は、私の家族。
……改めて、ただいま戻りました」
「「「「お帰りなさいませ!」」」」
私はその日のうちに、すたこら侯爵家を引き上げました。
帰宅した三馬鹿と、アンガス兄様の嘆きはとんでもないものだったらしいのですが、
(一度は嫁がせたくせに、見苦しいっ!)
と、見舞いに領地から駆けつけた叔母様に、再び、
ねちねちねちねち
躾られたそうです。
「全く、いつまでも自分のものだと思ってるのよ!
アランはともかく、あの三馬鹿には、見合いの口でも、探さなくっちゃ!」
叔母様は、見舞いに別邸(今はビアンカ邸)にいらして、プンスカしていました。
そんな中、王宮からのお触れ。
「王女より、お召です」
(あー、来ましたね)
私は覚悟を決めました。