66 ビアンカ バラす
……。
視界がぼんやりと明らみ、
目の前に
……イングヴァルド?
(ああ、精霊が願望叶えてくれてるんだわ……)
死後って、花畑なのね。
好きな人を見せてくれるのね。
(嬉し♡)
愛しい男の顔が見えたので、
私は、きゅっと抱きついて、
自分からキスをしました。
(この唇、好き)
自分で、舌を使い、黒髪を撫でて。
ああ、いい夢。
ここって、精霊の御許かしら……
「……取り込み中すまんが!」
こっほん!と、大きな咳払いがして、
私は、ぱちくり、本当に目が覚めました。
あれ?
目が覚めたのに、王子がいるわよ?
実物?だわね
あれ?
なんで、ニヤニヤした王子がいるの?
「私で良かったな、ビアンカ。
アレックスや父上だったら、その男、首から上はないぞ」
「申し訳ありませんお嬢様!
私どもか至らないばかりに!」
傍らを見ると、アンガス兄様と守衛が……。
『残念だ。
目が覚めたな』
イングヴァルド。
え。
えーっと。
私は、にやける男から、取り敢えず離れて、周りを見回しました。
「お嬢様」「ビアンカ様、申し訳ありません」
「ご無事で何よりです」
えっ、とおー。
うちの守衛たちよね。
ん?
「……生きて、るの?」
「生きてるぞ!無事で良かった!」
がばっと中兄様が、抱きついて王子から離しました。
えっと。どさくさです、中兄様。
私、本当に……。
首を触ると、確かにじんじんします。頬も痛い。腫れてますね、これは。
「彼奴は、逮捕した。
婦女暴行殺人未遂、強盗、窃盗、
器物破損、
それから、貴族への不敬罪だ」
アンガス兄様が、苦々しく言いました。
「手に怪我をしていたから、満足に絞められなかったようだ。
流石、私が仕込んだ妹だ」
アンガス兄様は、私が突き刺してやった銀器をゆらゆらさせました。
執事は泣きますね。
ご自慢のカトラリーから一つ欠けちゃいました。
「……内鍵が、かけて、あったは、ずよ?」
まだ息が上手にできません。
それでも、頭には血がしっかり回って来ました。
それに対しては、王子が、しれっと、
『蹴り壊した』
と。
なんだとぉ?
『時計をもっていただろう?
青い方だ。
それが、振り切った。
お前の危機だと知らせてきた。
だから急ぎ戻った。
間に合って、良かった』
……ああ。
エイブの時計はリセットされてなかったのね。大兄様はそんな仕掛けご存知ないものね。
そして、私の波長を感知してくれたのね……。
『お陰で、ご褒美を貰った』
王子は、満面の笑み。
あんた、キャラ変わってるわよ?
なんで、説明しながら、私の頭撫でてるの?
ほら、中兄様が睨んでますわよ?
「なんで、今日はこの家に誰もいなかったのだ?」
「「申し訳ありません!」」
中兄様の苛立ちは、守衛に向きました。
聞けば、守衛は、一人になる私の為に、外で警護に当たっていたそうです。が、
「まさか正面玄関が無施錠とは思わず!
裏門、使用人出入口、などを警戒しておりました……」
そりゃそうよね。
まさか貴族令嬢が、鍵もかけずに邸じゅうをウロウロ掃除してるとは、思ってないわよね。
外にでるなと言われてたし。
「大声で、こちらの御方が走りこんでいらして、制止も聞かず玄関の扉を破壊なさって。
入ったら、既にこの方が暴漢を投げ飛ばして、蹴り倒しておりました!」
エイブ、多分骨の2〜3本は、折ってるでしょうね。
んー。
この人たち、父から解雇を言い渡されそうね。
(暴漢どころか、その前に玄関から堂々と入って出てった王子に気がついてないのよね……)
まあ、王子も猫のように動く人だけれど……。お陰様で、私たち、
いたしちゃったんですけどね♡
アンガス兄様は、呆れ果てて、
「父と兄は、今夜、〆ておく。
ビアンカ。
後で婦女警官が、調書を取るが、言いたくないことは、言わなくていいからね」
……それは、胸を(自主規制)されたとか、太ももを(自主規制)されたとか、は、
再現しなくていいってことね。
ありがとう、中兄様。
「で」
「はい」
「お前ら、いつから、そういう仲なんだ?」
「へ?」
改めて状況を見ると、私を抱き返して、膝に入れ、頭を撫で撫でし続ける王子は、ニコニコにこにこ、しとります。
「ビアンカは、私の最愛だ」
おい!エラント語じゃん!
「それは私の妹だが」
「私達は、既にひとつだ」
やめてー!
恥ずかしいからっ!
そして、何?
私はペットか?
なんで撫でてるの?
(嬉しいけど)
「……ビアンカぁ」
中兄様は、情けない声で、私に訴えます。
しゃーない。
私は、真顔(腫れてるけど)で、
「中兄様」
と、切り出しました。
「……」
「私と王子は、恋仲です」
「……」
「昨日の件は、解決しまして」
「……」
「今日は、私だけだったので、
破廉恥にも」
「……」
「……いたしてしまいました」
「……ぎゃあああーっ!
いやだあぁぁぁーっ!
ちちうえーっ、にいさーんっ!」
ホールに響き渡る、アンガス兄様の絶叫は、後々、宮廷警察で語り継がれたそうでございます。てへ。
『もう、出立する』
腫れている私の頬に、濡れタオルをあてがい、王子は告げました。
『……さっきは、黙って、行ったくせに』
私が口を尖らすと、
『……お前と、離れたくなくて、無理をした』
と、目を逸らして、少し赤らんで言います。
あらっ、可愛い。
『これ以上いたら、また抱きたくなる』
『……』
『戻ってきたら、容赦しないから』
……ああ、そうなんだわ。
ぶっきらぼうで、俺様で、
けど、熱くて情に深くて。
貴方って、こんなに素直なのね。
気が付かなかったわ。
言葉の通りの人なのね。
(そして、こんなに溺愛する人だったのね)
私は、まだ頬を気遣う王子の手をとり、微笑みを返しました。
『……どうか、ご無事で』
その言葉に王子は、私を抱きすくめ、
『私の最愛
私の唯一』
そう言って、離れて、
私に跪いて、騎士の礼をいたしました。
そして、立ち上がりざまに、
ちゅ、とキスをして、
(旅の餞)
と、イタズラな顔。
(まっ)
彼はケープを翻して、アンガス兄様の怒声を背中に、
去っていきました。
「ビーアーンーカァァ」
アンガス兄様は、唸っておりましたが、振り向いた私が、ポロポロ泣いているのに気がついて、
「……王子は、約束をたがえる男ではないよ、ビアンカ。
おいで」
と、胸の中で、慰めて下さいました。