64 王子の饒舌と約束
ごめんなさい
今回ちょっと短いです。
『もう、誰のものでもない。
ならば、私だけのものにする。
どんなお前も、私は受け入れるが、もう、しがらみや距離に邪魔されるのは、我慢がならない』
……イングヴァルド……
イングヴァルドは、私の視線に気がついたのか、ふと、表情を和らげ、
『それに、
お前の嫉妬は可愛いが、その度に打たれるのは、困る』
と、頬を軽く撫でました。
何だとお?
『嫉妬?
違うわ、王女と私を二股かける輩を罰しただけじゃない!』
私が鎌を持ったまま、腕をあげようとしたので、彼はすぐに私の腕を押さえて、鎌を引き取りました。
少し下に目を向ける彼のまつ毛が、銀の瞳に影を落として、それを見た私の鼓動は、大きくなりました。
『私は王女と約束した覚えは無い』
……えっ
『勝手に先走った奴が広めたのだろう。
ミュリ王女と外つ国を統治するくらいなら、エラントを転覆させて、お前を王妃にする』
私は、思わずほころぶ口元を引き締めて、
『……軽口でも不遜なこと、言わないで』
『半分は本気だ。
私の意思抜きで、私を勝手に身売りするような王国だからな』
彼なりの冗談だとは、分かっていますが、本気なのでしょう。
彼の誇りは高く、
どんな王も、彼にとっては、対等な男なのでしょう。
『……いつ、行くの?』
『今夜』
いつ、帰るの……
その言葉を口にすることは、出来ませんでした。
してはいけない、私にはそう思えたのです。
『決着を付けてくる。
そしてお前の元に来る。
私の唯一。
お前以外、いらない』
なんて、熱い言葉でしょう。
なんて、強い瞳でしょう。
銀の瞳に紫の炎が揺らぎました。
それが自分の瞳であり、髪であることに、後から気が付きました。
『……私は出戻りの、傷物です』
『私とて、初めてではない。
女は、それなりに知っている』
……唯一って言ってるくせに。
『ねえ、私の何処がいいの?
容姿?よく回る口?キツい性格?』
『お前の全て。
どうして信じない』
彼は直球で。
そして向かい合いながら、私を立たせました。
それから私の顎をとり、
『初めてお前を見た時に、分かった。
お前が、私の中の私に火をつけた。
猛々しい獣がお前を欲しがる。
凪いだ水面のような静けさが、お前を受け入れたがる。
幾重にもかさなる感情の襞が、お前と重なりたがる。
ビアンカ』
言葉が次第に熱を帯び、私の頭が痺れてきました。彼の言葉は麻酔のようです。
でも、彼は、そこで口を閉じてしまいました。
私が見上げると、
ゆっくりと、そっと、
許しを乞うように、私の唇を唇でついばみ、離れ、
私を抱きしめました。
イングヴァルド……
エイブが私を裏切ったとき、私は激情を彼にぶつけることはしなかった。
なのに、貴方には、投げた林檎のように、怒声も泣き顔も露わにして。
貴方だからだわ。
求められて、戸惑って、
なのに、貴方が脳裏から離れない。
地味な私も、真の私も、
ほっかむりして草を取っている私も、
貴方は私として向き合ってくれた。
人間として、欲してくれた……
(貴方を愛してる)
(私の唯一)
私たちは身体の熱と共に、その言葉を繰り返していました。
私は彼を屋内に引き入れました。
そして彼は、私を横抱きにして、軽やかに嬉しそうに、階段を登ったのです。
(名前を)
(イングヴァル……ド)
(もっと)
(……)
どのくらいの時間がたったのでしょう。
ゆっくりと目を開けた私の傍らに、イングヴァルドの姿はありませんでした。
睦みあってしまった私の部屋の窓から、葉擦れの音が残るのみでした。
(国に帰れば)
イングヴァルドは、政争に巻き込まれるかもしれません。無事に、国から出して貰えるかも分かりません。
それでも彼は、何者かになって、私と向き合いたいと望んでくれたのです。
(待つわ)
イングヴァルド。
私は、少しだけ涙を流す自分を許しました。
さあ!
こうしてはいられません!
雑草抜きのせいで、
(……本当はイングヴァルドとのせいで)
仕事が後手に回りました。
急がなくては!
私はせっせと各部屋のベッドメイク(男ってどうして、シーツを無茶苦茶にして、ほったらかせるんでしょう)。
それから、執事の聖域パントリーへ駆け込み、カトラリーを取り出して、テーブルに並べて、お磨きの準備。
ついでに、お茶を入れて、水分補給。
もう、窓からの日差しが長くなっています。使用人達は、律儀に遅くに帰るのでしょうか。
しん、となったバンドリーで、今更独りを意識して、私はちょっと怖くなりました。
(あ、そうだった)
玄関の鍵。
かけ忘れたから、イングヴァルドが入ってきたんだったわ。
今更ですけど、私は内鍵を閉めることにしました。不注意もいいとこです。
セカセカとホールに向かい、玄関のドアをちょっと開けて、外を見ました。
無論、誰もいません。
門も、閉まっています。
私は、ほっとして、ドアを閉めて、内鍵をかけました。
その時、
「動くな」
私の背後から、頬に、冷たい金属があてがわれました。
……いかにR15とて、めくるめくあのシーンを書くわけにもいかず、削除しちゃいました。
おかげで、短くなりました。
皆さんそれぞれ〈睦事〉を想像したってください。
てへ