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62 ビアンカ 王宮でやらかす

『降りてらっしゃい!

言いたいことが山ほどあるけど、

大きな声では、言えないんだから!』


王宮の廻廊。

あの日と同じ、中庭。


樹の上からは、

『もう、怒鳴っている』

という声と、くっくと喉で笑う声。


私は、小さな赤い林檎を握りしめました。エマなら、瞬時に潰せるものを。


二度も投げて!

淑女の顔を何だと思ってんのよ!

私の事を

何だと思ってんのよ!


『ビアンカ』

「……う、う」

『……』


彼は、音も立てずに、樹から降りて、私のもとに来ました。


『泣いている』

『ほっといて』

『泣かせたか』


『ほっといてってば!』


昨日から、私は涙を作る機械のようだわ。

腹が立っているのよ、

何で泣くのよ


『何故、水晶を戻した』


水晶?……ああ、時計ね。


『ひっ、く

貴方が』

『私が』


貴方が結婚するのなら、私は忘れるしかないでしょう!

唇を奪っておいて、何よ?

もとより、この国に長逗留してるのは、王女のためなんでしょ?

なのに、何で、私を


『私を……惑わせて!』

『迷っている?』

『違う!』

『では、泣くな』

『誰のせいよ!』


何が側室よっ!

バカにして馬鹿にして

この大馬鹿者っ

夫は浮気者だし

王子は……


『貴方、どうして、私に構うの』

『ビアンカだから』

『私って、そんなに、ぞんざいに扱われなきゃならない女なの?』

『ぞんざい?』


肩を抱こうとするイングヴァルドの手を振り払って、私はやけくそ。


『何よ何よ何よ!

どうして私にキスしたのっ!

王女と婚約するくせに

外つ国の王配になるくせにっ

私はっ

私は私だけのひとが、いいっ!』


ポロポロ溢れる涙で、彼がよく見えなくなってきました。


北の言葉でやり合う私たちが、かなり奇妙だったのでしょう。

わらわらと、廻廊に人が出て来ました。


『婚約?』

『オマケに、王太后なんて、私を貴方の妾にどう?って!

人をバカにするのも、たいがいにし…っ?』


王子の青の香りが、私の頬を掠めて、身体が香りに拘束されて、

(……?)

激しい口付けを受け止めざるを得ませんでした。


ぬめる舌と唇が、

絡んで絡んで、

甘くて、蕩けて、

脳が、痺れて痺れて、

カラダが、溶けて……


林檎が足元に落ちて、自分の足の甲を打ったおかげで、私の脳は溺れた海から引き上がり


パァーン!


「……んの、くそ王子!

女は抱けば言うこと聞くとでも?

なぁにが、唯一よっ!

腐れ王子、婿に行って、種馬になりやがれ!」


私は、人生初のビンタと、啖呵(たんか)

思いっきり、

力いっぱい

人前で

決めてしまいました。


……しまった。王宮だった。


私たちの(殆ど私の)声に、王宮の役人達や護衛が

何だ何だと、私たちを見ていたのです。


……え

衆人の中で、キスしたの?

あの、

濃厚な……


「イングヴァルドのっ

ばかっ!」


私は、あまりの羞恥に、林檎を彼に叩きつけて、走りました。



人をかき分けて、何が何だか分からない所を走り回り、曲がった廊下の所で、女官が

(アストリア様、こちらに)

と、

さっと部屋に入れてくれました。

ぐちゃぐちゃの私は、なにも考えず従ったのです。





分厚い扉が閉まって、

しん、と音が消えました。

私は、なんで、こんなことになったのでしょう。


「アストリア様、温めたタオルです。ご自分で、お出来になりますか」


ああ。顔が凄いことになってるのね。ありがとう。


私はタオルを顔にあてて、深く息をしました。蒸気が喉に気持ちがよく、私は少しずつ呼吸が落ち着いてきました。


(ここは……どこ?)


「アストリア様。こちらに」

タオルを受け取ると、女官は、もうひとつの扉に導きました。


あのような醜態を晒した今、匿おうとしてくれた女官を信じるしかないでしょう。


「アストリア様です」


恭しく女官が礼をし、私にも頭を下げて、入室を促します。


私は、覚悟を決めて、入りました。


「……迷惑をかけたね、ビアンカ・アストリア」


頭を下げて足元を見ていた私は、その声に聞き覚えがありました。


(……陛下!)


そこに座っていらっしゃるのは、まごうかたなく、

ジェイ王、御本人でした。


「母はああだし、娘はああだし……私も、頭が痛い」


へ、陛下〜!


私の足は、ガクガク。

いえ、通常モードの私なら、腐っても元公爵家嫡男の嫁、元侯爵令嬢ですもの。平然と対峙できたでしょう。


けれど、今のお言葉で、陛下が、何もかもお見通しだと察しました。


ジェイ陛下は、

穏やかで和を尊ぶ御方。先王と似た政治をなさいます。

しかし、この穏やかな裏側には、〈情報〉という武器を適切に振るう喰えない御方という顔があるそうで。


父が、以前教えて下さいました。

陛下は、情報収集能力と

調整力、判断力に優れています。しれっとしていても、頭の中は、いかに優位に話を持っていくか、を先読みしているそうです。


「も、申し訳ございません!」

私が再び深く礼をすると、


「貴女が詫びることはない。

全ては、我がくそばばあと、北の国の馬鹿王子のせいだから」

と、くっくとお笑いなさいます。


私は真っ赤になりました。

……キスとビンタと捨て台詞は、

もうお聞き及びなのね……。


「生憎、王妃が不在でね。

例の一件で、先方を訪れている。

全く、未だじゃじゃ馬で、困っているよ」


そう仰る声は、嬉しそうです。


そうでした。

あの王妃殿下は、お若い頃、拉致された王を救出せんと、馬を駆った烈女だそうで。


王妃殿下が、そんなに気軽に外国を訪れて、大丈夫なのでしょうかね。


「鉄は熱いうちに。綻びは広がらないうちに。

猪突猛進が、あれの得意技だ。

……おかげで、ロゼッタの留守をいいことに、母が気ままに暴走した。

改めて、詫びを言おう」


「そんな!

陛下のお心は承知致しました。

ですから」


「いやいや。

この際だから、お灸を据えないとね」


は?

と、ご尊顔を見上げると、陛下はイタズラな表情で、ウインクしていらっしゃいます。


あの。何を?

私は、背中に、つうっと冷や汗が流れるのを感じました。


「ビアンカ、さん、とお呼びしてもいいかな?

貴女は、イケる口?」


「……少しは」


陛下はニッコリして、

「北の国を呑んでしまおう」

と、黒い瓶を棚から取り出しました。それは、どうやら北の強い酒のようでした。




(そうだ!そりゃあ、アイツが悪い)

(ですよね!

ったく、ぶっきらぼうの朴念仁!

そのくせ、押しが強くって!)



程なく、私たちは、出来上がってました。



(いやぁ、母上に比べたら、可愛いもんだよぉー)


(……陛下でも、怖いのぉ?)

(そりゃあそうだよぉー

押しが強すぎて、通るものも、通らないんだよねー)


(陛下、かわいそうー)

(ビアンカは、いい子だねぇー)


陛下の笑顔が嬉しくて、

私は何だか、ウキウキしました。


兄が迎えに駆けつけた頃には、

私と陛下は、タメ口に進化していました。


アレックスが、真っ青になって大慌てで、

(申し訳ございません!)

と、床に擦り付くほど、頭を下げているのが


「わぁー大兄様、

カラダ、柔らかーい♡」

と、ヘラヘラしていたとか。


後で、大目玉喰らいましたけど、この時の私は、ハイテンション。

何も怖くないもーん。


兄に引き摺られながら、

「へーかぁ、まったねーっ」

「おービアンカちゃん、

また、おいで〜」


と、呑気に、とんでもない挨拶をしてたとさ。


でも、帰り際


「中途半端に国を切らないから、誰も落ち着けないんだよ。

アイツに、きっちり言い含めておくからね」


と、陛下が、ニヤ、と、酷薄な笑みと共に、私の肩をポンポンなさった時に、


一気に、さぁーーーっと、

覚めまして。

ついでに、クラクラ目が回って、

私は意識を飛ばしました。


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