表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/73

60 ビアンカ ミュリ王女とやり取りする

翌日。


やり遂げ感で、まったりしていた私ですが、


〈午後、お迎えにあがります〉

という、東宮からのお触れに、ありゃ、本当だったんだ、と焦りました。


ミュリ王女のご進講。

(困ったわ……何の講義かしら)


内容を全然伺ってないんだから、準備のしようもありゃしません。


それに、私の知恵袋の書物達は、まだ公爵別邸にあるんです。

とりあえず、今日は、彼女の状況を把握する、という感じでいいかなぁ。


別邸の私の物、どうしようかしら。

新しく王都のすみっこに、家を買おうかしら。

それともアストリアへ行っちゃおうかしら。


(イングヴァルド)


彼が王女と結婚して、外つ国に行っちゃうなら、私のこれからの人生に、彼はいない。

だったら、何処に暮らしても、同じだわ。


ビアンカ・スタッフと、領地経営して、新規産業を興すもよし。

船を買い求めて、諸国を旅するも、よし。


(私、どうしたいんだろう)


「お嬢様」

エマが、ぼやっとする私を促します。

「午後にお約束なら、今のうちに礼状を」


あー、そうでした。

エマ、ありがと。


エスメ夫人に、昨日のお礼をしなくっちゃ。お届けは、何がいいかしら。


「エマ。

急ぎ来る事ができる宝石商は、いるかしら」

「宝石商、ですか」


「エスメ夫人なら、流行りに敏感だわ。お譲りは、他家の方には、失礼だし。

私と揃いにすれば、絆を感じて頂ける。

宝石には、ストーリーが必要よ」


そう言いながら、 私は胸元の懐中時計を思い浮かべました。


(イングヴァルド)


湖畔の館。

マルベル男爵も、北の国の物語を知っていたのね。貿易商ですもの、様々な文化に触れているのでしょう。


心はここに還る。


……んなこと言ってさ。

王家の婚姻なんて、断れるはず、ないでしょ、貴方。

貴方も王子なのだから。


私は、ピンクの時計を開けて、水晶の位置を眺めました。


夫が持つ青に向いた水晶を初期の位置に戻して、蓋をして。


「裏の文字も、消さなくちゃ、ね」


エイブとの別れ

そして

……王子とも、訣別しなくちゃ。


私は窓辺に立ち、曇り空を見上げながら、

少し、泣きました。



午後。

エマを使いに出して、私は王宮からの馬車に乗りました。


エスメ夫人は、お喜びなさったかしら。

私と揃いの髪飾り。

夫人はプラチナにサファイア

私は金にルビー


〈ルビーとサファイアは、色こそ違えど、組成成分は同一。

私たちの友情と同じことを

心から喜んでいます〉


そんなカードを添えました。


(成分組成は、同じ)

その言葉が、何故だか頭から離れないのでした。




東宮の王女の居室は、天井が高く、壁は白く、バルコニーを兼ねた出窓は、コンサバトリのようにガラスドームの屋根がついています。


決して簡素ではなく、逆に瀟洒な誂えとなっているのに、無機質な感じがする部屋です。そこに、常緑の葉が壁や窓、床にも茂っていました。


「奇異に思うか」


私が呆けていると感じたのでしょう。王女が言いました。


昨日と同様、真っ直ぐな髪をゆったりとしたドレスの裾近くまで垂らし、

時折朱が差す濡れた黒い瞳を

真っ直ぐに向けています。


「あまりお見かけしませんね。

でも」

「私らしい、か」

「イメージは。でも、私は王女殿下をまだ余り存じ上げておりません」


「ミュリ、だ」

「……」

「私もビアンカと、呼ぶ。

私は歳下だ。ミュリと」


……ああ。

この、既視感。


ルビーとサファイア。

イングヴァルドと、ミュリ王女。


……ああ、そうか。


「何を得心している」

少し、口許が緩んだ私に、王女が尋ねます。


「……ミュリ王女殿下と

イングヴァルド殿下は、

口調も会話の流れも、

似ていらっしゃいます。

……魂の組成が、同じなのかな、と」


こら。言いながら、傷つくな私。


「魂の組成」


「物事の捉えようが、似ていらっしゃるのですわ」

「組成。成程」


王女の濡れた黒い瞳は、何もかもを真っ直ぐお見通しなさっているかのよう。それだからこそ、私は彼女の前で、自分を作らないことにしました。


隠し事は、無駄。

そして、核心の質問で、人に自身を見つめさせる御方。


「ミュリ王女殿下」

「敬称は、邪魔だ」

「ミュリ王女」

「なんだビアンカ」


……王子。貴方との、こんなやり取りもあったわね。

何だか、遠い。


「私は、貴女に、何を教授すれば良いのでしょう。

私の何の素養が、お気に召されたのでしょう」


「人を」

「?」

「人を教えて欲しいのだ」


王女は、語りはじめました。

「心が視える。

それは赤子の頃からで、初めは近くの人間の、快不快が分かるだけだった。

そのうち、自分の思考が複雑になるにつれて、周囲の複雑な思いが理解出来るようになった」


「それは、例えば」

「例えば」


王女はチェスの駒を置いて、

「誰かが誰かに、憎悪を抱く。

すると、私はその者の憎悪が視えるのだ。

どんな言葉で思考しているかは、分からない。

でも。その感情の大小も、深さも、察してしまう」


王女は続けます。

「人は複雑で、妬みを持ちながら、尊敬もする。

殺したい程の衝動を感じたすぐ後に、聖母の慈愛をたたえる。

その感情が、カードを手繰るように、流れ、連続し」


黒の駒を次々と並べた後、

白い駒に指をかけて

「私は、疲れてしまった」


そう言って、白の駒を倒しました。


「疲れた私は、分析を止めた。

その感情や思考が、そこにあることに、関心を持たなくなった。

だから、人が視えるのに、それらとどう関わって行けばよいか」


ミュリ王女は、白の駒の回りを黒の駒で取り囲んで、


「分からなくなって、しまったのだ」


なるほど。


王女は、自他の境界が曖昧になった挙句、今度は、距離の保ち方が見えなくなって、


「人恋しいのではないですか?」


私は、ポン、と、飛び出してきた結論を口にしました。


「……そうなるか」

「あ……失礼しました」

「いい。

ビアンカ、そなたの思考は、葉脈を通る水のように、複雑に枝分かれして、

葉の先から溢れ出たひとしずくのように、シンプルで明快だ」


そして王女は、ニコ、と笑みを浮かべて、

「そうか。

関心を持たなくなったのではなくて、付き合い方が分からなくて、戸惑ったのか。

人に関心がなくなったのでは、なかったのか。

本当は、恋しいのに、近寄れない。

私は、怯えるウサギと、同じだ」

と、言いました。


「ミュリ王女は、昨日も、堂々としてらっしゃいましたわ」

「……相手がどんな私を求めているか、分かるからな。

でも、それは儀礼でしかない」


「エリス……リーン伯爵令嬢は?

それから、エミリオ公爵令嬢。

エリスは、貴女を怖い人だと。

でも、好きだと、言っておりました」


「あの二人は、面白い。

エリスは湖のようだ。ライラは、陽だまりのようだ」


なるほど、王女は人物の思考が、映像のように視えるのですね。


「その湖のほとりに立ちたいと、思われませんか?

陽だまりの中で、小さな花を見つけてみたいとは?」


「……良いな。

その想像は、温かい感じがする」


私は、初めて王女の、

華奢な身体や心を不憫に思えました。何だか、姉のような母のような気持ちが、込み上げてきます。


私は王女に改めて向かい合って、

「ミュリ王女。

貴女は、とても真っ直ぐで、

純粋な方ですわ。

少しずつ、王女の良さを一緒に確かめてみましょう。

人を知るのではなく、

ご自分をお認めになられるのです」


王女は、表情は動かしませんでしたが、真剣に、こくりと頷きました。


「ビアンカ」

「はい」

「初めてそなたを視た時から、

心地よかった。

そなたが言う、魂の組成があるなら、そなたの組成は、私を壊さず、私と響き合うのだろう」


「恐縮ですわ」


「イングヴァルドが、どうして、そなたを唯一と成したのか、

私は今、理解した」


15の王女に、微笑みながら、私は傷ついていました。

そこに


「ミュリ王女殿下。

デボラ王太后陛下のご訪問です」

との、先触れがありました。











ブクマ 評価 ありがとうございました!



じつは、エラントの物語は短編2つ 長編は、これを含めて2つ となります。

もし、お時間あったら♡


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ