6 地味女やさぐれる
「ビアンカ様!
大丈夫です!
旦那様は、真面目過ぎるのです」
「今夜こそ、お帰りになりますよ!
ほら、ほらっ。旦那様も、申し訳ないから、花束とか菓子とか、毎日届くではありませんか」
「宮廷に、ビアンカ様手づくりのシフォンケーキと、お着替えをお持ちしたら、とってもとっても!嬉しそうだったと、遣いのブラウンがぁっ」
「そうそう
出来たお嫁さんだと……だからっ!」
「「「……だから、そんなに、やさぐれないで、くださいましっ!」」」
……ふーん
ふんふんふん
いーもんねー
私はどーせ、地味女。
陰キャの地味女。
結婚したのに、いまだ処女。
ふーんだ ふーん
私はカウチに横たわって、ロックフォード領の税収減一覧を読んでいました。
脇机に茶器と、山にしたお菓子をセットして。
いいもーん
太っても お肌が荒れても
どーせエイブ様は、頬にキス止まり。蜂のよう、と、言われた私のお腹周りがダブついたって、困らないもーん。
そんな風に、朝から、私は一歩も寝室から出ませんでした。
とおーっても、セクシーな、
黒のサテンの夜着のまんま!
どーせ、デイドレスに着替えても、
エイブ様をお迎えできる訳じゃなし。
待てど暮らせど、帰らない旦那様を待ち焦がれるのも、嘆いて泣くのも、
もう、飽きた。
「「「ビアンカ様っ!」」」
〈奥様励まし隊〉の叱咤激励も、何のその。
こうなると、どうにも動かなくなるのは、エマだけが熟知していて、必要なものは、私の周りに揃えてくれました。
(それにしても)
私は、書類をばさばさ広げたり比べたりして、領地の歳入と歳出について、検討しておりました。
(税収が、年々落ちているわ。
ロックフォードは、鉄鉱石の産出が豊かな筈。
どうして、加工業が振るってないの?
それに)
農作物なら、天候に左右されて、収穫の増減はあるでしょう。採掘量が、段々少なくなるなら理解も出来ますが、
(何で、年によって、ムラがあるのかしら)
オマケに……
そこまで考えていた時です。
「ビア……若奥様っ!」
と、いつになく焦り気味のエマが飛び込んできました。
「こ、公爵夫人と、ご令嬢がっ、
お越しですっ!」
ぬわんだとお〜〜
『奥様来襲!
総勢、位置につけ!』
新婚夫婦の愛の巣、公爵家別邸に、
姑・小姑の奇襲訪問です。
あのイライザが、新婚たったの一週間しか、我慢しなかったのか。
今日は平日、学校があるのに。
ちっ。
励まし隊は、私の舌打ちをスルーして下さって、早着替えとお出迎え準備に、フル回転です。
凄い。
異国の神のように、手が千本生えているんじゃないか、という速さ。
あれよあれよと、私は、やさぐれ地味女から、
貞淑な新妻 かっこ地味
に、変身いたしました。
「お待たせいたしました。
ごきげんよう、お義母様、イライザさん」
応接室の公爵夫人とイライザは、ねっとりとした視線を送ってきました。
「……ビアンカさん?
貴女ね、姑を玄関で迎えられないって、どういうお積もり?」
あっ。
やらかしましたね。まずい。
「申し訳ございません。
書類を検討しておりましたので
それに、
本日、お義母様が、お越しになるとは、存じ上げず……」
夫人は、ほう〜っ、と、ため息をついて、
(これだから成金は)
と、呟きました。
「言い訳など、見苦しい真似をしないで!
公爵家の一員たるもの、常に来客を想定してなくて、どうするの」
と、正論に近い?お叱りを頂きました。
そして、姑は、結婚式のニコニコ顔とは正反対の、キッつい顔で、私を説教し始めました。
「まず、応接室。
公爵家の威厳は何処にいったの?
先祖代々の家具調度が、減っているじゃない!
なにこの、寂しい部屋!
元に戻しなさい!」
「申し訳ございません。早急に」
お義母様……
その調度類は、あまりにガタがきていたので、リペア職人を招いて、今修理中なのですが。
勿論、私の持参金で。
「それと、花!
今は、春よ。沢山、庭に花が咲いているでしょう?
どうしてお客様の部屋なのに、沢山飾ってないの?
……華やぎを知らないというのは、罪ね。
今度、きっちり、教えてさしあげないと」
「申し訳ございません。
華やぎ、ですか。
是非、ご教授下さいませ」
お義母様。
適度に、飾ってあるではないですか。
色とりどりにすると、部屋の色調を邪魔しますし、
何より、花の香りが喧嘩します。
飾りゃあいいってもんじゃ、ないですよ……
「そして、このお茶!
なあに、これ。
お茶は、直ぐ口にできるくらい、ぬるくして頂戴。
熱くて、唇をやけどしたかと、思ったわ」
「申し訳ございません。
お義母様のお口に合うように致します」
お義母様。
茶葉は、沸騰したお湯で入れないと、ジャンピングしません。
ちゃんと、3分は、蒸らしてお出しするよう、女中が計らっているはず。
茶葉の力を存分に出してこその逸品。
いい状態のお茶の入れ方など、初歩の初歩なんですが。
「まあ、新興の侯爵家では、ねえ。
ご母堂も、亡くなられていて、貴女に教える人がいなかったのは、貴女の罪ではないわ。
この私が、手ずから指導しますね。
公爵家の嫁に恥じないよう。
お分かり?」
「ありがとうございます、お優しいお義母様」
くそばばあ。
父や兄と同室でしか、あんたに会ったこと、無かったけど、
なんだ、ネコ被ってたのかー。
本質は、隣のイライザと、そっくりなのね親子なのねあーそうなのねー
私の心の声は、待機するエマには伝わっているだろうけど、姑には、恥を指摘されて、項垂れる暗い嫁、に見えてるでしょうね。
それが証拠に、
「お母様。
そんな一遍に叱っても、ビアンカさんが理解出来るわけがありませんわ〜
ほら、こんな地味なドレス、平気で着ている方ですものっ!
天下の公爵家の嫁なのにぃー
嫁いだことが、恥なのにー
ぜっんぜん!改めないんですものおー」
おい。
何が恥だ。
学校サボって、嫁イビリしにくる、お前の根性の方が、恥だよ。
エイブ様と兄妹でなきゃ、しめてたんだよ、こちとら。
「……お義母様、で、本日はどのようなご要件でしょう」
「貴女、子の兆候は?」
は?
「あの。私、まだ、嫁いで一週間……」
「何言ってるの。孕んだ時は、女は分かるものよ。あ、今がそれだな、と」
……そんなものなのですか?
お義母様、本日いらして、初めて、為になるお言葉です!
でも、残念!
私は放置妻の状態ですけど。
「……恥ずかしながら、そのような感覚は、まだ……」
私は精一杯、羞恥に染まる新妻、を演出いたしました。
その素振りが、イライザには、かんに障ったようでした。
「全く、お兄様は、こんな陰気な地味女の、どこがいいのかしら
……案外、見た目が悪い分、夜の御奉仕は、お上手なのかしら」
背後のエマから、殺意の気配を感じましたが、
私は平気です。
「まあ、流石は、公爵家ですう。
年端もいかない女生徒のイライザさんですら、房中についてご存知だなんてー♡」
イライザは、ぐっ、と、声を詰まらせました。
ふん。
殿方の前で、今のセリフ言ってみろよ。引くよーこの耳年増。
「……兎も角。
貴女は、名門公爵家の嫁として、男子を産む責任があるのです!
心して息子に尽くしなさい!
それから、どうも貴女には、常識がないようだから、週に3日は、本家へ通いなさい。
みっちり私が、修行させてさしあげますからね、いいわね」
「はい。お義母様。
本日はありがとうございました」
……言うだけ言ったら、姑とイライザは、もてなしの菓子を包めと要求し、お帰りになりました。
「……何がしたかったんですかね」
お見送りの後、エマは、ポソッと言いました。
「嫁に嫌味と、母屋へこい、を言いたかったんでしょうね」
お見送りの笑顔を崩さずに、私が答えると、
「それにしても、ビアンカ様。
あの心の声、えらく荒れた言葉遣いですね。
いやー、長年お仕えしていますが、力いっぱい怒ってますねー」
あら。
エマったら。
心の声を察知するアンテナを持っているなんて……:
「じゃあ、私が今、何を思っているか、分かるわね?」
「はい、ビアンカ様」
そして、エマは、
「ブラウン!
玄関に浄めの水を撒いて!
タウンゼントさん、
宮廷に使いを
今晩こそはお帰りいただきます。
躊躇なさったら、家人総出でお迎えに行くと脅して頂けますねっ!」
再び寝室で、やさぐれる訳にも行かず、庭で剣を振るってストレス発散に努めていた私に、
(夕刻、旦那様がお帰りになります!
奥様、晩餐の指示と、御身の美容を!)
というタウンゼントの知らせが入りました。