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58 ビアンカ、王女に問い詰められる

えっとー。


お茶会、どうなるの?

みんな、お耳、ウサギ状態だよ?


「今一度、聞く。

そなたの夫は、何故、浮気した?」


王女の言葉遣いは、どこかイングヴァルトに、似ています。

簡潔、かつ、逃げようのないおっしゃりよう。


(え、子息の不倫?)

(夫人の、じゃないの?)


モブ、まあ、意外に話せたんですね(当たり前だよ)



「畏れながら、殿下。

茶会の席に、相応しくない話題かと」


「だから、汚名を着ると。

ここにいるものは、僅かを除いて、そなたに非があると、思っているぞ」


微かな揺らぎと、小さな咳払い。

……この王女様、本当に人の心が視えるのかしら。


これは、お応えしなくては、ならないようですね。


「……夫は、幼い恋を実らせたかったそうですわ。

結婚と恋愛を叶えようとして、どちらにも不実だったのです」


「それは、貴族の嫁のそなたが堪忍ならぬ事だったのか?

お前が、棄てたのだな?」


そうですね。


「私から、求めました。

……我慢しなくてはならない理由が見つかりませんでしたので」

「ふむ。馬鹿な男も、いたものよ」


周りはヒソヒソ。

……話が違うじゃないー

えっ、公爵子息が、どなたと?

離縁は、旦那からじゃなかったの?……



「今ひとつ。

何故、その顔を隠していた?」


あー、それなら。


「父と兄との契約です。

美醜で人を判断する者を排除し、

私を私として、愛する者と出会えたなら、一人前と認める、と」


「美しさを隠して、何が見えた」


「……人の本質です。

見た目で優劣を付ける人

家格で人を牛耳る人

他人より幸福でないと、気が済まない人

様々な人が、かりそめの私を値踏みしました」



あんたのようにね、意地悪女。

マルクールが下を向きました。


「そして、夫も?」


私は頭を振って、

「意外でしょうが、夫は、私を評価しました。

けれど、恋に溺れ、私を利用しようとしました」


「利用されても、公爵夫人という、貴族の頂点にある人生もあったが?」


我慢の淑女ね

献身の妻ね。


「爵位や家格にこだわりはありませんから。

奴隷でいる位なら、自分で身をたてますわ」


王女は、表情を変えずに、

「成程」

と、一言いい、


「みんな、馬鹿だ」


そう言ったあと、王女は、

ジロ、とマルクールを見て、


「馬鹿者だ」

と、言って立ち上がりました。


意地悪女は、う、と短く喉で唸って、目を逸らしました。


「そなたから、学ぶ。

明日から、東宮に来るように。

……エスメ」

「はい。王女殿下」


「定められた席にいく。

ここは不快だ」

そう言って、王女は私にも、こい、

と視線を送りました。


その宣告のような口調と視線に、

私の周囲は、恥入り、そして怯えました。


急遽セットした私の席は、王女の隣で、王女の後に私が座ると、


「さあ、皆様、王女との楽しいひとときを。

このエスメ、皆様にお約束しますわ!」

と、晴れやかに夫人は、宣言いたしました。

その明るく華やいだ口調に、ようやく場の空気が変わり、賑やかさが戻ってまいりました。


弦楽器が奏でる、柔らかな日差しのような振動と

茶器や食器が行き来する音

微かな衣擦れ

淑女の柔らかな声


……ああ、本当に、空気が変わった、

私は、肌でそう感じました。


この〈女神の間〉に入ったその時から、私を重く包んでいた、悪意と軽率な侮蔑が、この王女によって、払われたのが、分かりました。


王女のテーブルは、公爵位の夫人が二名と、エスメ夫人、そして私。


しばし、王女へのやり取りが続いた後に、

「先程は、不快だったでしょう、え、と、ビアンカ…さん?」


と、お隣の夫人が、小声でおっしゃいました。


「私、イヴ・バルトークでございますわ」

ああ。

王妃殿下の里の方ですね。


バルトーク夫人は、おっとりとした雰囲気の、エクボが可愛らしい方でした。


「ありがとうございます。

ビアンカ・アストリアと、お呼び下さいませ」

私がにっこりと名乗りをすると、


「あら、貴女、侯爵姓ではなくて?」

と、もうおひとりの公爵夫人から、お声がかかりました。


え、とおー。

確か……

「ヴェールダムの妻ですわ。

マチルダと」


あっ、ヴェールダム公爵。

金山を有する領主で、

陛下のお兄様のデュラン様が、臣下に降りて継いだのよね。


「失礼致しました。

アストリアは、私の領地でございます」

「ええっ!

あなた、領主でしたのっ?」


唐突に、エスメ夫人が、声高に驚かれました。

ざーとらしーです。夫人。


「そなたは、領主か」


王女まで、入っていらしたので、丸いテーブルは、私の身の上話が、話題となってしまい。

そして

勿論、周りもエスメ夫人のおかげで、聞き耳を立てる状態となり。


私は、苦笑しつつ、

「高等部を出て、すぐに領地経営を始めましたが、正式に父から認められたのは、数日前ですわ」


「アストリア……貿易港の都市ですわね」

「はい。

ですので、実家姓には戻らず、独立を決めました」


「……女領主。

凄いわ」

「だから、殿方に頼らず、身を立てると仰ったのね」


お二人は、流石、王族に繋がるお家の夫人で、色眼鏡なく私を立ててくださいました。


周囲の卓は、扇を隔てて、ざわざわと波立ちました。


「そなたの実家の力で、私の母君……王妃が横紙破りをした、という話は、どうなのだ」


……どうして爆弾投げてくるの、この王女。


「そのような。

余りに身勝手に、公爵家が訴え、高位貴族同士ゆえ、王妃殿下が調停に立ち会って下さっただけでございます」


「……公爵家は、嫡男の浮気に、貴女を訴えたの?」

「実家を。

不実な嫁の尻拭いに、慰謝料を請求して。

結局、夫の不貞と分かり、公爵は恥をかかされて。

侯爵家への詫びの意図で、公爵は一線を退いたのでしょう。

その後の事は、私の範疇ではございません故……」


うわぁ、周囲の圧が、凄い。

みんな、息するの、忘れてるね。


緊張の中、ふうっ、と大きな息をついたエスメ夫人。

「羨ましいですわぁー

自立出来れば、主人など、いらないのにね!」

「まあっ、エスメ様、

これだけ自由にお振る舞いなさって、まだ、物足りないの?」


どっ、と笑いが起きて、

この話は修了。


エスメ夫人、グッジョブ!



その後は、風向きが、

ころっ

と、変わって、歓談の場は、皆様私にお優しくなりました。


王女の所へは、一通りご挨拶が済むと、エリス達令嬢が、取り巻いていて。


王女は、ピクリとも表情を動かしませんが、皆のきゃいきゃいの中で、さほどお辛くはないようです。

ちよっと、頬に赤みがさしているのが、微笑ましい。


ひととし(一年ではなく一頻りではありませんか?)回ったご婦人達は、それぞれお喋りし、気を回すエスメ夫人が、それぞれに話題をふっていらっしゃいました。


そこには必ず、

(ねっ、エスメ様は、ビアンカ様と親しいのでしょ?

もう少し、ご存知なこと、おありよね?)

(……ここだけの話ですわよ……)


と、ゴシップ好きな方々に、掴まっていて。

館の件やら密輸の件やら、ヤバイ所はすっ飛ばし、とっても上手いゴシップを流してくれました。


(嫡男は浮気の為に、仕事を怠けてクビになったのよー。

オマケに夫人は、公爵家のお金を散財してて。

ご令嬢は、お勉強が出来なくて、やめたそうなの。

公爵、こんな家族で、疲れ果てたのねえ。王妃殿下は、慰留なさったのだけど、

御家族が、ねえ〜)


……座布団一枚!


先程の、王女とのやり取りもあって、このエスメ夫人の

〈噂塗り替え〉

は、見事に、ハマりました。


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