56 ビアンカ 茶会に出る
エスメ夫人が、三番目の王女のお誕生日をきっかけに、北の宮で、茶会をお開きすることとなりました。
主催は夫人ですが、王女の為にということで、王宮で。
出席者は、公爵、侯爵、一部の伯爵のご令嬢やご婦人です。
無論、第三王女が主賓。
王女はまだ15歳。
外つ国出身の王太后のお姉様に、雰囲気が似ていらっしゃると、王太后付きの女官達が、噂していたという方。
そして、学校には通わず、東宮で教育を受けていらっしゃいます。
15歳は、社交界デビューの歳。
ですから、まず茶会から、というのは、自然な成り行きでしょう。
王女にお近づきにしたい娘を持つ貴族は、こぞってエスメ夫人に催促なさったそうです。
じゃあ、今日は、盛況でしょうね。
「お嬢様、お支度を」
エマが、嬉々として下女に鏡を持たせます。
エマ。なんで早くも退院するのか……。そして、なんで軽やかに動けるのか。
(お嬢様とご一緒しないと、治るものも治りません)
どうやら、病院で、私の噂話を耳にしたら、クルミが必要になったらしく。
医者を脅迫して許可をぶんどって退院。即、侯爵家に。
で、
エマと共に、男ばかりの侯爵家の女性使用人が、
興奮したのが、私の支度。
(季節柄、綿糸の編み地でいきましょう)
(淡いクリームにパステル色が散りばめられて、爽やかで可憐です)
( 髪は、ハーフアップで!
おぐしの濃い紫色がドレスで引き立ちますね)
(わあー総手編みのドレスって、初めて見ました。
ビンテージだから、座りジワも出来にくいですわね!)
きゃいきゃい大賑わい。
うん。お祖母様のドレスだもん。
今見ると、斬新なんですよね。
で、
「「「か、んぺっ、きっ!」」」
だ、そうです。
けど、
なんかね。地味が長かったから、たまのオシャレが楽しかったけど、
美女解禁になっちゃったら、ドレスアップがワクワクしないのよね。
お得感って、大事だわ。
でも、支度が終わって、帽子をつけて階下に降りると、
「……わあっ、お芝居の女優さんみたい!」
「うん。上等。
綺麗だよ、ビアンカ」
と、エリスとちい兄様の反応には、嬉しくなりましたけどね。
思うに。
学生時代は、勉強漬けで、教師は認めても、学生間では何の価値もなく、授業以外の時間は、自分は空気だと思わないと、やってられなかった。
家で、どんなにチヤホヤされても、同級生に認められない劣等意識って、トラウマに近い。
例えば、近くでヒソヒソされると、縮こまったり。
笑っているのが=嘲笑う、に感じたり。卑屈だわね。
だから、たまに変身して、周囲を驚かせる事が痛快だったわけで。
地味女という仮面を外して、さて、素の自分はどうありたいのか、何だか見えなくなっているのです。
エイブに恋し、献身し、裏切られて追い詰めた執着は、
楽しかったわ……。
「ビアンカ様、緊張なさってる?」
エリスの呼び掛けに、はっと我にかえりました。
「……嫌なお話が聞こえたら、私が散らして見せますわ」
エリスは、きゅ、と、腕を絡めてきました。
可愛い。
「大丈夫。自分の名誉は、自分で取り戻すわ。見てて」
それに、今日は王妃殿下の名誉回復の茶会でもあるのですもの。
勝ってみせますとも。
「ようこそビアンカさん」
エスメ夫人がお迎え下さいます。
凄いですよね。この方、王宮を借り受けて、チャチャッと〈王女のお祝い〉を開催できちゃうんですもの。
一番最初にお味方にした私の判断を褒めちぎるわ。
「……今日は、宜しくて?」
「ええ、夫人。
戦闘態勢のヨロイを着てまいりました」
ニッコリと返す私に、夫人は、満足げ。
「このエスメの手腕、見せて差し上げますよ」
「はい。楽しみにしております」
乗っからかせて頂きますとも。
私とエリスは、茶会会場に入りました。と、
ザワ!
空気がうねって、音が絶たれます。
皆が、息を呑んだから。
(……あれ、が、ビアンカ様?)
(え、冴えない夫人って)
(なんと……それにお若いわ)
私ゃ、まだ19だよ。
地味だと老けて見えるのかしら。
「リーン様っ、御機嫌よう!」
歳若い淑女が、エリスに声を掛けます。
「ライラ様、御機嫌よう。
貴女、可愛い髪飾りね」
「父が下さったの。研究ばかりの石頭だから、石にこだわったのかしら」
まあ!クスクス、
という若い令嬢らしい会話が隣で展開します。
ライラ。
ああ、エミリオ公爵のご令嬢ね。
かつて完璧な令嬢と言われた母君とは、趣が違って、屈託のない娘さん。
エリスと仲がよいと言うことは、真っ直ぐお育ちと言う事ね。
「ねえ……エリス」
「あ、ああ。
ご紹介いたしますわ。
こちら、ビアンカ・デュラック様。
ビアンカ様、こちらは私のお友達の、ライラ・エミリオ嬢ですわ」
私は、公爵令嬢に、礼をとりました。
ご令嬢は、
「貴女が噂のビアンカ様なの!
私、母以上に、こんな美しい方、
お目にかかったこと、ないわ!
困ったわ、みんなが、かすみますわぁ」
と、あけすけな賛辞を下さいました。
ライラ様。
今、ここの淑女全員、敵に回したよ。
まあ、天下のエミリオ公爵家に、たてつけるお家ないだろうけど。
エリスが空気を読んで、まあまあライラ様、こちらに…と、若者の卓に向かいました。
そこは、学生テーブルのようですね。
さて。
私はどちらでしょう。
ああ、下女が案内してくれるのね。
えっと、
こちらですねー。
割と上座の卓に、私の席はありました。まあ、侯爵家ですからね。
「御機嫌よう、ビアンカさん」
何だか、慇懃な声音がいたします。正面を見ると、とっても、丸々と、お太り……いえ、豊かなお身体の婦人からです。
「御機嫌よう。
……失礼、ご面識に覚えがございませんで」
「ええ、そのようですね。
でも、ワタクシが存じているのは、ロックフォードの嫁でしたけれど」
再び、息を呑み、周囲が沈黙しました。静かというより、聞き耳を立てる圧が熱気のようです。
この方、確か……
「ワタクシは、先代ミネア侯爵の妻、ジュノーですわ」
そうそう。
あのスカスカのお友達の祖母って事ね。
茶会で脅しといたのは、この人の嫁で。
孫は、スカスカのせいで……
恨んでる、よね?
ひやー
前方正面に、敵!
「お名乗りありがとうございます。
そうでございますね。ロックフォードでは、お世話になりました」
「孫と嫁が、色々あったそうだけど、まあ、離縁された女にあれこれ言っても詮無いわね」
ううむ、嫁の侯爵夫人と違って、強敵かも。
孫って、エリスのおかげで停学で済んだんじゃなかったっけ。
「コチラ宜しくて?」
ん?
振り向くと、そこに居るのは……
「お久しぶりですわね、マルクール侯爵令嬢」
くるんくるんの縦巻きに、今風な洒落た着こなし。派手な顔立ち。
同級生です。
私がニッコリと返すと、
誰?と言う顔なので、
私は名乗りをいたしました。
するとマルクールは、ぽかんとした後に、我を取り戻して、
ぬかしやがりました。
「ホントーに!
学生の頃は、ずうっと下を向いてメガネで本ばかり覗いていた貴女が、えらい変わりようじゃないのぉー!
ねえ、中身も、真っ当になったのかしらぁー」
と。
おい。今誰か分からなかった割に
回る口だな。
「金にあかして、精一杯お洒落したカンジ?
根暗でぼっちだった貴女の
お・う・わ・さ……聞いてますわよォー」
カーストの上位から、何故か、常に常に、私を蔑んでいた、マウント女。
いつも、私をチラチラ見て、クスクス嗤っていた女。
過去の私をいたぶった女。
むむ。
前は、スカスカ娘の、まん丸おデブ婆。
隣は、勝ち組だった自信満々女。
前門の狼 後門の虎、的な。
ううーっ、どうするビアンカ。