51 ビアンカ ババアを斬る
ババア、蝋人形みたい。
「これだけ大掛かりな横領となりますと、安定した輸送機関と、権限のある人間の承認が必要です。
輸送の雄は、ロズベル商会。
そして、
少しばかり、懸念があっても、
それを握りつぶせる権力のある者」
「それが、妻だと?」
「申し上げますねー」
ウザークが、しゅた!と書類を掲げ挙げます。
「これは、鉄鉱石の取れ高を記載したものです。
現場は、事故もなく安定した操業をしていました。なのに、年によって、産出に大きなばらつきが生じている」
「それが?」
公爵は、卓に置いた拳が白くなっています。
「報告は産出量より低くなされていました。
こちらが、現地の数字
こちらが、家令に上がった数字です」
ここいらは、ウザークの独壇場です。
「細かな検分は、後ほどお願いします。
最も重要なことは、こちらの書類ですね」
ウザークは、まず、一枚の紙を、侍従に渡して、王妃殿下にお見せしました。
「……」
王妃殿下の表情は、固く。
「公爵。
ご覧なさい」
と、冷たい声で、侍従に渡しました。
侍従より渡された公爵は、
……う!
と、鋭く呻き、絶句。
「申し訳ないけど、くすねてきましたー。
あ、私の完璧コピーと、すり替えたんだよっ」
ウザーク、得意げになっちゃって地が出てます。
証拠書類⑦ 受領書
「ハッキリと、公爵夫人のサインがあるよねー。
鉄製品引渡し受領書だけどさー
添えた写真は、原料…鉄鉱石だよねっ
同じ日付の、
貨物船のものだよっ。
そして、書類は、ロズベル商会と、
なってるよねー!
ひと月で、この金額。
10年分は、見つけたからー
凄いねっ。
貴族の豪邸建っちゃうよねっ」
バン!
と、公爵が卓を叩いて、
「貴様っ!」
と、隣の夫人に掴みかかり、ババアの、ひい!という悲鳴が上がりました。
侍従が慌てて中に入り、フローラ護送の警官も入り、
「貴様!着服しおって!
こ、これが、家にとって、ど、ど、どれほどのっ
ワシらをこ、殺す気かっ!」
ヒィヒィいうババアは、涙を流しながら、抵抗してます。
「何故だ、何故こんな!」
「か、金が欲しかったのよぉぉ!」
ババア、叫び返します。
「何よ!嫁いでみれば、シュウトメは鬼だし、あなたはケチだし!
公爵だなんて、偉そうに」
「暮らしはそれなりに贅沢だったではないか!なんの不足があった?」
ババア、開き直り。
泣きながらも、腕組みをして、足まで鳴らしてます。
「あれが?はっ!
アレで?フン!
宝石もくれないし、ドレスだって、新調を渋る。
旅行にも行かない!
家だって、建て直しもしない!
あんたなんか、ドケチじゃないのっ!」
わぁぁーっ
と、泣きながら、じだじだ。
すげえ。
「馬鹿を言うな!
それなりに」
「あんたのそれなりに、は、聞き飽きたわっ!
どうせ、投資やら事業やらに、手を出して大損してるくせに!」
「そ、それはっ、家の為に!」
「私はねっ、公爵夫人として、社交界での威厳を持たなきゃいけないのよっ!
イライザだって、輿入れの品々を揃えていかなきゃいけないのよっ!
それを〜〜〜!」
ぎゃあぎゃあ
何をー離せー業突く張りっ
ダン!
「内輪揉めは、帰ってからなさい!
誰の前だと!」
王妃がビシ、と諌めました。
ひくつく二人。
フリーズ。
「公爵夫人の威厳をもつのに、こんなにお金は、必要ありませんわ、お義母様」
私が書類を持って告げると、ババアはギロッと睨みました。ふん。
「宝石、ドレス……そんなものは、外側です。
公爵別邸がその証拠。
あなたやお義父様が、ないがしろにしてきた別邸は、ひいお爺様が代々大切にしてきた宝の山でしたわ。
……思ったより、修繕に資金が必要でしたが、私は惜しくはありません。
伝統と公爵家の品格が、取り戻せましたから」
「……それは、お前が、金持ちだからよ!
満たされてこそ、ゆとりがでるのよ!」
「私は、今の姿を封印して、地味に過ごしてきました。
地味なまんま、結婚しました。
それだけは、エイブに感謝しています」
アホ夫が、うるうるしています。
無視。
「エスメ夫人……サロンの女主人が、私をお認めになったのは何故ですか?
次々と、来客があって、もてなしを喜んで下さるのは?
お義母様。
人は、持ち物や外見では、ありません。
身につけるべきは、教養と品格です。
私も、まだまだ修行の身です。けれど、その事に気づかせて下さった、お父様には、感謝しております」
しん、
となった部屋の中に、
ぐすっグズグズ、
というすすり音が……
大兄様、お父様にハンケチを。
ババア、反論。
「わた、私は、安心したかった……人が私を公爵夫人として見ている。
だから、ちゃんと、ちゃんと!」
「お義母様。
私の母は、代々受け継いだ宝石やドレスを大切にしていました。
そして、時流に合わせて、リメイクしていました。
石も衣装も、
歴史やストーリーがある方が、美しいと思います。
……そして、宝石は、一目見れば美しいけれど、身につけた人に魅力がなければ、
人は石すら、見ないのです」
「……わ、私はっ」
「お義母様。
貴女は、虚飾に踊らされて、やってはいけない事に手を染めました。
罪を償う道しか、貴女には、残っておりません」
私は……
と、姑は、ガックリと、項垂れました。
それを受けて、ジジイは、青筋を立てて、低い声で宣告しました。
「貴様も、離縁だ。
里からは、損失分相応を請求してやる。
今夜から、家は、無いものと思え」
ジジイ、ちょっと、気の毒。
息子は、ダメダメだし、
妻は、ヘソクリのために罪を犯すし。
でも、
まだまだ、断罪は、続けますよー。
「申し訳ございませんが、あと一つ懸案が、残っております。
私が誘拐、監禁未遂となった経緯が、まだ、明らかではありませんので」
と、私は、フローラにロックオンしました。
「フローラ・ロズベルの逮捕について、アンガス警視、簡潔にお伝え願えますか」
アンガス兄様は、館の仮面パーティの仕組みをざっくり説明しました。
そして、私とエイブが騙されて誘拐されたこと
私が、東の後宮に売り飛ばされる所だったこと
それらに、館の主ともくされる男と、フローラが関与していたこと……
「ありがとうございました。
さて王妃殿下、
この破廉恥な夜会に関与した人物が、まだ、この部屋にいるのです」
ふむ、と王妃。
中兄様の説明に、更に怒っている様子。
薬と酒と、自堕落な男と女の密会所
しかも、若さと引き換えに、女がパトロンから、金もらってたり、
いい女は、いつの間にか、売りとばされたりしてるんだもん。
そんな事を王宮のお膝元で、やらかされてたんだもん。
「さて、皆さん。
私の母校で、痛ましい事件が起きました。
ある少女の自殺未遂です。
……この女生徒が、〈館〉に出入りしていたことが判明しました」
私は、中央で、公爵サイドに向き直りました。
「イライザ」
「……何よ」
「あなた、〈館〉に、女生徒を勧誘したわね。
しかも、少なくとも5人は」




