表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/73

5 地味女の反省会

「おはよう……ビアンカ」


ナイトキャップと鼻眼鏡(かけて寝ました)のおかげで、地味女のまま、お目覚めの挨拶を受けることができました。


ベッドで起き上がっている私に、横たわったまま、エイブ様は、上目遣いで微笑みます。


ドキドキ。


「……素晴らしい」

「え……」


エイブ様は、つい、と、私の喉元から胸元まで、人差し指でなぞります。


ひゃ……あ……ん


「私の奥様は、こんな素晴らしい身体を持っているのだね……

夜は気づかなかったよ……」


まっ。

明るい中で、そんな事仰っては、私の羞恥が隠しようもありません。


モジモジする私に、エイブ様は、頬にキスを落としました。


「さ、目覚めのお茶は、私が用意しようね、若奥様」

そう言って、エイブ様は、ベッドから軽やかに降りて、呼び鈴を鳴らしました。


あ、あらっ?

あらあらあら?


私、はしたないですか?

今、朝ですが、初夜のやり直しをなさるのだと、てっきり……


(……これって、娼婦の、発想?)


私は、真っ赤になった顔の火照りを隠しつつ、夜着の上に、ショールを羽織り、胸元をギュッと絞りました。


その後のエイブ様は、完璧な夫の行動でした。


目覚めの紅茶を入れて、私に手渡して下さり、

幾度も、頬にキスを落とし、

(額はもっさり前髪に隠れてましたからね)

何故か、身体を気遣い、

下女や女中に、

(奥様の負担にならないよう)

と、念をおし、

そして


「では、朝食で」

と、ほけーっとしている私を置いて、着替えに、と、繋がっている私室へと消えたのです。


「……」

私は、とんでもない馬鹿か、初夜疲れのお花畑女に、見えたのでしょう。エマが、さっさか登場し、


(首尾は?)

と、囁きますので、

(額と頬に

キス、

だけ)

と、応えて、私は涙ぐみました。

情けない。


慌てたエマは、

「奥様をお部屋に。

今朝の着替えは、出してあるわ。

旦那様のお越しの前に、食堂にお連れして!」


と、指示を出し、私たちの寝台から、シーツを剥がし、テキパキ持ち去りました。


あ。


初夜の印の有無を隠してくれたのか……。


そうよね。

あれほど甘やかす、エイブ様の様子をみれば、家人は皆、


甘〜い夜☆


があったと確信しているでしょう。


なのに、印が無ければ、

私は、そういう事を経験済みの傷物令嬢だったと、そういうレッテルがつくでしょう。


エマ。

ありがとう。


私は、試験で落第点をとった気分で、デイドレスに着替え、髪を梳き、グラデーションの紫が出ないようにカッチリお団子頭にひっつめました。

そして、もっさり前髪を下ろして、地味女の出来上がり。


朝食をエイブ様と共にとり、

新婚早々、なのに、出仕なさるのを送り出し……


「はい、ビアンカ様、〈打ち合わせ〉をいたしましょう!」


という、般若のようなエマの一言で、再び『奥様励まし隊』が集まりました。


議題『旦那様は、何故、初夜に、いたさなかったか』


なんて恥ずかしい。

公開処刑ではありませんか!


「寝室は完璧でした」

女中頭は、憤然とした表情で告げました。


「寝室の香、窓辺の花、ランプの色。清潔なシーツ。

清楚な奥様に合わせて、慎ましいけれど、ムーディな誂えといたしました」


「胸を張って、奥様のご準備も、完璧だったと申しますわ」

プンスカした奥付きの女中が訴えます。


「あの色香に転ばない男は、主といえど、軽蔑します!」

下女は、声を張りながら泣いています。


お前、分かったけど、それ、公爵家が聞いたら、クビですわよ。


「旦那様は、お疲れだった……と言う事でしょうか」

「その割に、朝は奥様のしどけない姿にデレデレでしたよ?」

「その気は、あった、と。

でも……その……不出来だった、とか?」


「殿方は、そういう日もございましよう」

女中頭は、そう言って、


「奥様。

何でしたら、今夜は、自ら押し倒されても、よろしいかと」


「お、おした……」

私は、むっつり表情の変わらない女中頭に、しどもどしました。


「そうです!

奥様の完璧なお身体で迫られるのが一番です!」


「朝のあの、もの欲しげな旦那様!

奥様、今晩は、違うお色の夜着を整えますので!」


旦那様の侍女も、奥の侍女も、声高に訴えて来ます。


公爵家のおんなは、肉食です……

いえ、これが普通なのでしょうか?

兄ばかりで、女の居ない侯爵家で、無菌状態だった私が、奥手過ぎるのでしょうか。


「まあ、ねんねのビアンカ様でも、抱きつくくらいは、出来るでしょう。

エイブラハム様が、男色でも、不能でも無いのであれば、ビアンカ様、

今晩は、お気張り致しましょう!」


という、エマの言葉で、〈励ましの隊〉は、

承知!

と、結束いたしました。


……何の、承知なのでしょう。

なんとでも、して下さいませ……




私は日中、公爵家の経理を知ろうと、エイブ様の執事、タウンゼントと、書斎にこもりました。


兄様達から、さんざん公爵家の財政状態の噂を吹き込まれたのですから。

今後、旦那様の為に、奥の財布を切り盛りしなくてはならないのですから。

数字を見ないことには、判断できませんもの。


けれど、

一、二冊帳簿を見ただけで、私はため息をつきました。


「タウンゼント……。

どうやら、公爵家の方々は、収支が何たるか、ご理解されてないようね」


執事は、帳簿を見ながら、質問をする私に、タダの地味女ではないようだ、と感じ取っていたようです。


白髪が、ちらちらと見える豊かな金髪の、几帳面そうな彼は、


「……仰る通りでございましょう。

私を含め、お仕えする者は、腐心しているのですが。

公爵夫人に逆らうことは難く」


……なるほど。

あの陽気そうな夫人が、浪費家なのね。


それにしても、支出が大きい。

一体……


「私は、実家で、奥の切り盛りを手伝っておりましたし、経営も叩き込まれています。

もう少し、領地の方も見せて頂いて、共に対策を考えましょう。

今まで、お疲れ様。

貴方だけに、苦労はさせなくてよ」


そう、私が言うと、執事は、


「……ビアンカ様。

貴女のような、才気ある淑女をエイブ様が見出すなど、奇跡のようです……有難い事です」


彼の苦労を公爵家で理解する方は、いなかったのでしょう。

感謝の言葉を重ね、胸に手を当てて礼をしている彼に、私は、ねぎらいの言葉を伝えておりました。


そんな、しんみりとした書斎に、

パタパタパタ、というせわしない足音が重なって近づいてきて、


ノックと同時に、女中頭を先頭に、励まし隊が入ってきました。


(タウンゼント

奥様は、湯浴みの時間です!)


(タウンゼント様!

その後、マッサージを致しますので!

お仕事は、ここまでです)


(タウンゼント。

二階の奥様の部屋には、私たちが良いという者以外、入れてはなりません!

貴方もです!

たとえ、閣下でも、大奥様でも!)


と、迫力ある〈励まし隊〉の押しに、固まっているタウンゼントをしりめに、私は、あれよあれよと拉致され、二階に連れ去られました。


磨いて

磨いて

磨いて!


今宵の私は、

深い襟ぐりの、紫のレースです♡



ですが、その夜、

エイブ様は、お帰りになりませんでした。


『仕事が詰んでいる。

宮廷に泊まる。

愛しているよ』


そう一言だけのお手紙が届いて。

タウンゼントには、


『ビアンカを頼む

彼女が安らいで過ごせるように』


との、優しいはからいがあったようですが……。


次の日の朝も、昼も、そして、

その夜も、


エイブ様は、お戻りになりませんでした。


そんなこんなで、私はまだ!乙女のまんま、

結婚式から、一週間を数えてしまいました……。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 面白そうだと思ったイビリがずっと出てこなかったのでここでリタイアでした
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ