45 地味女の侍女 戦う!
大広間から、奥への通路に出ると、
(おー、お嬢さん、こっちに来ない?)
(パートナーは、どうしたの?
……いいよ、慰めてあげよう)
下心を隠しもせず、声をかけてくる男たちに絡まれました。
「ねえ、野暮ったい女、見なかった?」
と、私は甘えた声色で尋ねます。
「さあー、ここに来るのは、綺麗な子ばかりだからね」
「君は、格別みたいだね。
マスク、取って、顔見せてよ」
私はするりと手から抜けて、
「その女、茶色のドレスなの。
広間に居ないのよお。
多分さぁ〜、あたしのいい人と一緒に居るんだよねー。
えっと、見た目いいとこの坊ちゃん、的なー」
と、はぐらかしつつ、更に訊ねます。
それを聞いた隣の男が
「……奥のマスターの部屋じゃないかな」
と、呟いて、あ、と慌てました。
言い寄ってきた男は、おい、と小突きました。
「マスターって?」
と、無邪気に聞くと、
「……この夜会の主催者。
館の主だと、言われてる。
言っとくけど、怖い人だからな」
という、曖昧な返しがありました。
言い寄り男が、
そうそう、と、
「お前、マスターにお目見えしたらいいんじゃないか?
……マスターが好みそうな顔立ちみたいだしさ」
と、ニタニタしました。
思うに、
貢物に丁度いい女をだと、値踏みしたのでしょう。
「あら、そうなの?
会わせてよ」
私はそう言って、仮面を外しました。
ほ!と、男は短く感嘆し、
「……上玉だ。いいよ、付いといで」
と、まんまと引っかかりました。
そっと、私はブレスレットから、1粒、また1粒、と、小さな石を絨毯の上に落としながら、進みました。
イーヴォ。
気がついて。
廊下の奥の間は、書斎になっており、壁の書架へ男が向かうと、
ガタン!
と、書架から音がして、男は難なく書架を右に移動させました。
(隠し部屋?)
書架の向こうは、小部屋になっていて、そこにも扉がありました。
コン、コンコッ、ココココ
特徴のあるノックを男がすると、
(入れ)
と、声がしました。
男は、重い扉を開けると、ぬっ、と巨体の男が、
(何だぁ?)
と、応対しました。
「へへ。上玉が来たので、連れてきたんですよぉ」
媚びるような様子で、男は私を巨体の前に押し出しました。
(女?入れてやれ)
巨体の向こうから、違う男の声がして、
(女だけな。ただ今取り込み中だからな)
「わ、分かっていますよ、ではでは!」
と、同行した男は、すたこらと行ってしまいました。
……やばい。
私の勘が、危険信号を発していますが、逆に、ここだ!と、言ってもいます。
(来い)
巨体が、ぐいっと私の腕を引きました。足がもつれながらも、私は転ばずに、前に
そこに
(ビアンカお嬢様!)
なんと、
なんという事でしょう。
ビアンカ様が、ぐったりとカウチに横たわっていました。
そして、エイブラハム様は、ベッドの上に。
息を止めた私は、小さく息を吐きました。
二人とも、着衣のままです。
そして、胸の上下が。息があります。
ひとまず、良かった……。
「あら?初顔の方ね。
お綺麗だわ」
その声は。
浮気女。
「そうね。この子、
エイブと絡めるのも面白いかも」
「おいおい。曲がりなりにも、あんたの恋人だろ」
部屋の奥の椅子に座った男が、フローラをからかうように笑いました。
この男。
多分、マスター。
アルのように、レンズが黒い眼鏡をかけて、読めない顔をしています。
けれど、どこか残忍な雰囲気があって、私は警戒心をあらたにしました。
とにかく、お嬢様をこの部屋から出さなくては……
「なあに〜、この女、どしたの?
えらく、ぐったりしてるじゃん」
私は、お嬢様の状態を把握するために、近寄りましたが、
「ダメよ。あなたは後。
まずは、マスターが味見してからね」
フローラがそう言うと、私の肩を巨体男が、がし!と押さえました。
こいつ。
「おいおい。本当に、この女、具合イイのか?」
「そうらしいわ。
まあ、下手くそな男が喜んでるんだから、どこまでかは、わかんないかど」
フローラのくすくすが、カンに障ります。
下手くそな男って、旦那様か。
あれだけ愛してるって言っといて。
「あられもない公爵家の若妻の、お写真が出回れば、私が手を下さなくても、恥ずかしくて自分で死んじゃうでしょうよ。
マスター、早く、やっちゃって。
それから、この子たちと、楽しみましょ」
私の腹が煮え、目の裏が真っ赤になりました。
この女!
無理やり、お嬢様の痴態を撮るつもりなんだわ!
現場突撃の仕返しなのでしょう。
目には目を、ってか?
けれど、たかが男爵夫人とは、醜聞の痛手具合は、天と地ほどの差があります。
エイブラハム様も一緒ということは、とことんビアンカ様を貶めるのか、エイブラハム様も、憎悪の対象と成り下がったのか、の、どちらかなのでしょう。
お嬢様だけでも、救う!
巨体男に押さえつけられながら、私は、どうこいつらをやっつけるか思案していました。
黒眼鏡は、椅子から立ち上がり、ビアンカ様に近づいて、
「これがねえ……」
と、お顔に手をやって、髪に触り、
「ん?」
と、声を出しました。
「何よ」「……これは」
ああ、お嬢様。
男は、気がついたのです。
ビアンカ様の前髪を上げた男は、更に髪を解き……
「……え」
「ほおっ!」
波打つ銀から紫の髪が垂れ、美しい額と長い紫のまつ毛が表れたのです。
整った顔立ちと、白磁の肌。
ビアンカ様の真の姿です。
「こりゃあ、凄い。
極上だ」
嬉しそうな男とは逆に、フローラは、
「嘘、うそ!
こんな……別人よ!
これがあの野暮ったい地味なビアンカの筈が」
と、混乱しています。
今だ。
「きえい!」
私は気合いと共に、巨体男を投げました。
そして、その大きな腹に、拳をめり込ませ、急所を脚で責め、
「ぐっ」
「おりゃァァっ!」
もう一度、肘をめり込ませると、巨体は床にぐんなりしました。
お嬢様!
お嬢様!
目を覚まして!
イーヴォ!石を辿って、来て早く!
「何だこのアマ!」
巨体を踏み台に、飛び上がった私は、かかって来た次の男に、膝をめり込ませました。
同時に喉を手刀で潰し。
その時です。
「…う」
と、いう呻き声が。
「ビアンカ様っ!」
気がついた?と、振り向いた所に、
熱い塊が、私の腹に。
その後、鼓膜が震えました。
ガン!
という銃声が……
幕が下りるように、目の前が暗くなりつつ、
「とんだ女だ。どこの組織だ?」
黒眼鏡の手の塊から、硝煙が立ち上るのを見届けて、
私は
意識をとばしました……