40 地味女 判定勝ちに持ち込む
(フローラか、ビアンカか)
ちっ。
夫は懺悔する気になったというのに。
論点のすり替えですね。
女の本能ですね。
逃げ切るつもりです。そして、私のような地味女に、負けるなんて、毛ほども思ってないんでしょう。
夜の私の方が相性がいいと、
言われてんのにねっ(怒)
浮気女は、私同様、エイブへ訴えかけることにしたようです。
カウチから立ち上がったフローラは、胸の前で両手を組み、器用に目を潤ませて、
エイブをロックオン
「エイブ。
私たちの絆は、永遠だわ。
あの神殿での婚約の誓い……
私は、あの時、貴方のものとなりました」
けっ、言葉遣いまで、変わってるよ。
「その後の、波乱万丈な人生も、
貴方との再会で、報われたの。
たとえ貴方が妻を持っても、
それは、私と同じ立場になっただけ。
……貴方の妻に知られた以上、私も夫に告白します。
辛い恋だけれど、貫きましょう!
私は、貴方のもの
貴方は、私、フローラのもの!
愛してるの、エイブ」
ううむ。
ポエム返しですね。
しかも、一度棄てたエイブの罪悪感も、くすぐって。
敵ながら、アッパレ。
「……いいの、貴方の妻になれなくても!
貴方が、この方の夫だとしても!
どうして、形に拘らなくてはならないのっ
言って!私を愛してるって!」
凄い。
よくまあ、それだけ自分に自信がありますね……。
しかも、男爵と別れる気ない前提なんですね。エイブぅ貴方も、生活基盤は崩さずに、ごっこ遊びを続けましょーって。
バレたのに?
私も、男爵も、
アンタらを赦す前提で?
どんだけ、傲慢なんだ、貴様っ
さて
ポエムに対抗するには?
「……私は、エイブの幸せが一番だと思っていますわ」
私のターンです。
フローラが何かを言おうとしましたが、私の背後の般若エマを見て、口を閉じました。
「ビアンカ……」
「先程貴方は、許して欲しいと、おっしゃいました。
貴方は、私に、許しを乞うことはありません。
貴方は、公爵家嫡男で、
私は、その配偶者でしかないのですから」
ポエムには、事実。
そして、あくまでも、尽くす妻、設定。
「……そ、それは、私の所業を赦すと言うこと?」
「ですから、私は、赦す権利を持ち合わせてはいないのですわ。
エイブ。
貴方の御心のままに、なさればいいと、お伝えしているのです」
エイブの表情が、パァァ!
と、明るくなりました。
フローラは、勝利を確信したようですが、まだ様子見のようでした。
「けれど」
私は、ほう、と、ため息をついて、
「この事が露見すると、私は、エイブを守れるでしょうか」
「え」
「だって、どんなに大好きな貴方でも、この女性と貴方を共有するつもりは、ありません。
夫婦生活は、もう、出来ませんわね」
「……え」
「貴方は、大事な家の跡取り。
夫婦生活が無ければ、私は、石女。
公爵家は、私を不甲斐ない嫁として、放逐するやもしれません」
「えっ」
「離縁すれば、貴方は自由。
……それもいいかも、知れませんわね」
「え……」
え、しか、ないんかい。
「……離婚をチラつかせて、脅すなんて、卑怯だわ」
フローラが防御線を張ります。
無視、無視。
「でも、私が家を出れば、エイブも困ったことになるのでしょうね」
私は、再び、ほう、と、ため息をつきました。
「えっ?」
「だって、現在の別邸のお金は、殆どが私の資産から、出しているのですもの」
「……え?」
「公爵家は、思ったよりお金がありませんのね。
エイブは、お仕事のお金を入れては下さらないし。
使用人の賃金も、改修の資金も、いまのところ何もかも、私の持参金と、資産から持ち出してますわ」
「ええっ?」
今度は、え?、だけかい。
当たり前じゃん。
お前、自分の稼ぎは全部、自分で使ってるんだもん。
ここの借り賃も、新婚旅行とやらも。
私は、アンタのパンツまで、買ってあげてんの!
「……私、使用人の皆さんが好きなの。
ですから、別邸の皆さんの賃金は、エイブ、貴方がきちんと出してあげてね。
それから、
税は、再来月にお支払いですわ。
親戚やお付き合いのある方々への、贈り物も
付け届けも、
途中になっている、地下の改修も、
孤児院への寄付も、
全部私がこなしていたの。
お願いしますね、貴方」
夫は、呆然としていました。
真実の愛とか、夜のこととか、
まるきり生活感のないやりとりの挙句、現実突きつけられた感なのでしょう。
「ああ、それから
私が去れば、侯爵家の支えは、無くなります。
大丈夫。
父や兄は、総力挙げて、公爵家を潰しにかかると思いましたから、
それは、私が封印しました。
でも、手は、引くでしょうね
これからの、貴方の出世は、後押しがありません」
侯爵家、と聞いて、
夫は一気に目が覚めたようです。
「ま、待って。
何故、君が出ていくの?
君の家じゃないか。
私たちは、夫婦じゃないか」
「だって、フローラさんが」
私はチラ、と、彼女をみて、
「仰っているではないですか。
私か
彼女か
どちらを愛してるのか、と」
「……」
「どちらかを選ぶということは、
今、私と家に、一旦戻るのか、
それとも、こちらの宿で、ずっと過ごされるのか
決めて頂くということと、同じですわ」
さあさ、応えて。
私は、自分か、浮気女か、なんてこと言いませんよ?
本気でフローラと純愛一直線なら、
頑張って!
自分でやって!
と言っただけですわ。
「フローラ」
彼は、いまだウルウルなフローラの肩を抱いて、
「今日のところは、お互いのために、帰ろう。
少し、冷静になって考えよう、ね?」
「……私を捨てるの?」
「君が私を拾ったんじゃないか。
いや、よそう。
今直ぐに、結論は出ない。
少し、考えたいんだ。
君も、そうだろう?」
「私は貴方といたいの!」
「……ごめん。
これ以上、酷い言葉の応酬は……
聞きたくないんだ……」
おお、クズ夫。
逃げるつもりです。
一旦家に、というのに飛びつきましたね。
カンカンカン!試合終了ー。
判定勝ちってところですかね。
イーヴォが(いたんだった)
「あんた、一人で帰れるか?
送ろうか?」
と、フローラに言いました。
完全に敗者扱いですね。
「……」
無言のフローラ。握りこぶしが震えています。イーヴォ、クルミあげたら?
「……貴方。
お戻りになるのなら、本館の前に馬車を寄せますわ。
ご一緒に」
エイブは、小さく頷いて、
フローラに背を向けました。
フローラの顔。
エマに負けてませんね。
イーヴォは
(こいつ送るよ。
次にお前になにするか、それも気になるからな)
と、エマに機材を渡して囁きました。
おっと、そうでした。
この女、裏の顔を持ってるんでした。
こうして、突撃妻の第一回戦は、幕を閉じたのです。
と、思っていたのです……