4 地味女の初夜
ああ。
スキ♡
結婚式の夜、公爵別邸、つまり新婚の私たちは、華やかな馬車で、帰りました。
向かいあうエイブ様の柔らかなお顔……
「疲れたでしょう?
今日の貴女も、素晴らしいお振る舞いでしたね」
「エイブ様」
「様は、もう、要らないよ。
私も、ビアンカと、呼ばせてね」
向かい合った馬車の中、私たちのとろけるような言葉のやり取りに、侍女のエマは、しらーっとしておりましたが、私のニヤケは止まりません。
ホント、好き♡
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ、若旦那様、若奥様!」
玄関のホールには、別邸の家人がうち揃って、挨拶をくれました。
「さあさあ、お着替えを」
「若奥様、改めてご挨拶いたしますから、こちらに」
皆さん、なかなか良き人のようです。そして、度々訪問する私を受け入れてくれているようです。
良かった……。
主…エイブ様のお陰ですわね。
ウエディングドレスを脱いで、侯爵家から連れてきた下女に湯浴みを手伝ってもらった私は、化粧を落とし、髪を洗い、居室に戻りました。
ところが、私の素顔を見た別邸の女中が、あんぐりと大きな口を開けて、バサリとドレスを落としました。
そりゃあそうでしょう。
先に行くほど紫色に輝く銀髪のうねり。
アメジストの瞳。
珊瑚の唇
陶器の肌
そして、
彫刻に例えられる身体。
妖精姫が19になれば、
絶世の美女ですよ
えっへん!
ですが、早くも秘密がバレてしまいました。
そうですよね。
生活するんですから、素顔を晒す機会なんて、遅かれ早かれ。
でも、どうしましょう。
エイブ様には、見つかったら困ります。侯爵家での約束ですもの。
相続がパーになってしまいます。
その時、流石のエマ。
ぱっと見渡し、一番年季の入っていそうな女中に(女中頭でした)声を掛けました。
「奥様付きの女中と侍女をこちらに。最小限で結構」
そして、私の居室に集合させました。
こういう時のエマは、主の私より、威厳があるのです。怖いです。
即!集合したのは、先程の女中と、女中頭、旦那様付きの侍女達、私付きの下女、そしてエマ。
エマは、ゆっくりと皆を見渡し、厳かに告げました。
「若奥様は、実は病が完治しておりません。
病の後、前髪を下ろし、なるべく目を隠し、眼鏡に頼らないと、生活がままならないのです。
時折素顔になりますが、太陽の元、素顔を晒すと、病が再発するのです!」
その後、太陽光が〜
守護精霊の庇護が〜
女神の嫉妬が〜
と、エマのまことしやかな説明がなされました。
(これは、侯爵家の極秘事項で、一言でも漏らした者は、侯爵閣下からの制裁が待っている。
ゆめゆめ軽く思うな。
たとえ旦那様でも、閣下でも、
そして公爵夫人でも!
いいえ、国王陛下であっても、
漏らすことは、許しません!
その身だけでなく、家族や係累に及ぶことを心するよう!)
そこまで脅しておきながら、エマは
「……ううっ、お可哀想なビアンカ様……なのに、なのに、
こんなにお優しくて、
家人思いで……
もしも、公爵家に秘密が漏れたら、私を始め、使用人の皆さんがお可哀想だと……
誰に何を言われても、私たちの為に、秘密は守って耐えます、と。
ううっ」
と、ウソ泣き落としをしたのです。
「……驚かせてごめんなさいね。でも、病への対処は自分でできます。皆さん、お気にされずに、どうか宜しくね」
そう告げて、もう一押し!と、私が頭を下げると、
勿体ない!
奥様のお苦しみ、いかばかりかと!
私たち、決してご迷惑はかけません!
お優しい奥様……
なんてお可哀想……
と、みんな泣いてくれるので、脅迫は〈公爵家別邸の極秘事項〉として、家人の結束を煽ったようでした。
それほどに、〈陽のもとで晒せない素顔〉は、衝撃だったようでした。
「何だか、奥が騒がしいようだったけど?」
湯でさっぱりとしたエイブ様は、ガウン姿で寝室にいらっしゃいました。
「侍女や女中の皆さんが、何だか絆を固くしたようですの……私のお世話を頑張りますって」
「やあ、そうか。
君は、凄いね。
女性が結束すると、男衆は敵わない」
エイブ様……。
ランプの灯りに染まる濡れた髪がセクシーです……
私は、エマを中心とした〈奥様励まし隊〉により、フワッフワの夜着を身につけております。
勝負服です!
これまで、手を取り合う事はあっても、
その、
あの、
キスすら、出来ずにきたのです。
あの、義妹のせいで!
私はドキドキしながら、天蓋付きのベッドに腰掛け、ハーブティーをサーブいたしました。
エイブ様は、私の隣に座り、ありがとう、と、カップを受け取って、微笑みました。
あ、このエクボも、好き……
むっと森の香りがします。
エイブ様のコロンです。
今夜から、私は毎晩、この香りを纏うのですね。きゃっ。
「疲れたね……覆いを下ろすよ?」
エイブ様は、脇机のランプを消して、天蓋の覆いを下ろしました。
そうなると、寝室の入口にあるフットライトの灯りが、布越しに、ほのかに届くのみです。
これ幸いと、私は髪を解いて、その銀髪を波打たせました。前髪もかきあげて、エイブ様を見つめます。
そうです。
精一杯の私の誘惑です。
あー恥ずかしい。
「……ビアンカ」
ほの暗いベッドで、私たちは見つめ合いました。
ドキドキ。
エイブ様の手が、そっと私の両頬を包みます。
私は目を閉じて、次の時を待ちました。
ん……
森の香りが強くなり、額に柔らかい物が触ります。
そして、ゆっくりと、頬の手のひらと共に、私から離れていきました。
え。
……額に、キス?
「今夜は遅い。ゆっくりお休み」
そう言ってエイブ様は、私を柔らかな枕に横たえて、上掛けをかけてくださいました。
今一度、額にキスを落として、必殺の微笑み。
「良い夢を」
そして、ご自分も、寝具にくるまって、ニコニコ顔のまま、目を閉じてしまいました。
え?
ええ?
程なくエイブ様は、すーすーと、寝息を立て始めましたあ?
あ?
エマも
伯母様も、
淑女の嗜みとして、新婚の閨について、指導してくれました。
あんな事やら
こんな事やら
しなくてはならないのでは?
エイブ様?
この夜着は、何のために?
エイブ様ー?
私は、ほう、と大きくため息をつきました。
(多分、エイブ様は、とてもお疲れなのだわ)
確かに疲れました。
気を張り続けたのですもの……
「これからよ」
私は自分に言い聞かせました。
今日からずっと、ずっと、エイブ様と暮らすのですもの!
エマにもう一度、おさらいしてもらおう!
あんな事やらこんな事やらを
上手に致す方法を!
初めてして下さった額の熱さに、隣のエイブ様の寝顔に、
案外逞しい肩や腕に、
ドキドキと
悶々を抱えながら、
私もいつしか、寝入りました。
私、ビアンカの初夜は、こんな次第で、ございましたの。
まだまだ、長い話なので、よろしかったら
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