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39 地味女と浮気女のグダグダ

は?


結婚式の後?


フローラは、ふふふっと、嬉しそうに笑い、エイブは、

「やめなさい!」

と、早口で、たしなめました。


もちろんフローラは、無視。


「……結婚式の翌日から、エイブはお仕事で、帰らなかったでしょ?」


それか。


「フローラ!」

「私がお願いしたの。

結婚しても、私を大切に思うなら、

私と、来て、って

エイブと結婚式を挙げられなかった私のために、新妻を置いて、1週間私と過ごしてって」


……そうか。

そういう成り行きだったのか。


「エイブは、私を選んだの!」

フローラは、勝ち誇って声を張りました。

エイブは、膝に肘をついて、手のひらで口元を覆いました。長い指の間から、大きなため息を逃がしていました。


私は、無表情。


ギリ、と後方のエマから、何かを握りしめる音がします。

きっとこのような事態を想定して、人を殴らなくてよいよう、持ち込んだのでしょう。


(私とて、クルミを割りたい気持ちだわ)

鼓動が大きく、私の耳元で脈打ちます。

私は動揺している。

そして怒っている。


でも、

こんな女に、してやられたなんて、見せるものか!



私たちの様子に、してやったりのフローラは、ふふふっと、

名前の通り、花のように笑います。


「私たち、新婚旅行に行きましたの。ゆく先々で、華やいだ宿と名所を楽しみましたわ。

エイブは優しくて、紳士だった。

私は、新妻として、何処でも扱われたわ……。

一生の思い出となりました」


フローラは、恍惚とした表情。

そして、瞬時に、蔑むような目を私に向け、

「貴女は、お飾りの妻。

……真の妻は、私なのよ、ビアンカさん」


その勝ち誇るその表情は、見覚えがありました。

教室で、食堂で、

私を嘲笑う少女たちの表情と同じ。


「フローラ、やめなさいっ」

エイブは、苦しそうに、イヤイヤをしています。フローラは、益々調子づいて、


「どうして?

貴方だって、君を選んだと、言ってくださったわ。

君を愛していると、毎日毎日。

……その間、ビアンカさんは、新居で独り寂しく過ごしたんでしょう?

嫁いだばかりの家で、

不安と寂しさに包まれて!」


私は、想定以上に、傷んでいました。

まさかの『新婚旅行』。

私と挙式し、夫となってから、

わざわざ……


仕事だと、偽って。

それすら、どれほど屈辱だったことか。それが。


新婚旅行……。


(涙なんか、出さない!

こんな女に、動揺なんか見せてやるもんか)


私は、冷静に自分の『一週間』を振り返ろうとしました。


始めの一週間。

あれはあれで、有意義でした。


幸い、励まし隊とタウンゼントのおかげで、居心地のよい生活を送りました。

あの一週間で、別邸での私の位置づけが、決まったようなものだったし。


帰ってからのエイブは、

♡♡すぎるくらいだったし!


けれど、内心の鬼を押さえ込んだ私に、フローラは、更なる爆弾を投下しました。


「……それに、貴女、

初夜にエイブに抱かれてなかったんでしょ?」

「フローラ!」


流石にエイブが、堪らず飛びかかって、彼女の口を覆って被さりました。

「い、いたっ」

それに抵抗して、くんずほぐれつの中、まだ彼女は、エイブの手のひらをはずして、叫びます。


「可哀想よね!

神殿で清めたエイブは、最初に私を抱いたのよぉ。

そのために、貴女に手を出さずに、エイブは、私と」

「止めろ!」


「惨めよねえ!顔はお粗末で、家柄だけは良くって

1週間、たっぷり私の匂いが染みた夫に、初めて抱かれた時、どんな気分だった?」


「よすんだ、フローラぁ!」


「この間も、貴女が月経の間は、用無し。

私が慰めて上げたのよ。

貴女なんか、ただの世継ぎの為の」


パン、と軽い音が響きました。


「……エイブ?」


頬を押さえたフローラが、キョトンとエイブを見上げています。

エイブは、息を荒らげて、


「……やめなさい。

ビアンカは、蔑んでいい女性じゃない。

汚い言葉は、私たちの関係まで、汚してしまう」


何言ってんだか。

私たちの関係とやらは、そんなに美しいの?


その女の言葉通りだと、

新妻置いて不倫旅行

新妻と〈デキ〉ない時は浮気相手と……

っていう

アンタは大変なクズ夫、

てか、

最底辺のオトコだが。



「……貴女の匂いがどんなものか、分かりませんけど」

私は、冷えた心のまま、口にしていました。

微笑みながら。


「私は、エイブ、貴方の森の香りに包まれて、幸せな夜となりましたわ」


私は、エイブに語りかけました。


「貴方は、悦びのあまり、何度も何度も求めてきましたわ。

素敵だ、と、幾度も繰り返し。

私も、貴方が悦んで下さることが嬉しくて」


「はん!

お情けを頂いて、有り難がるなんて、女の魅力がない人って、

そんなに卑屈になるのね!」


「あら、夫に求められて、悦ばれて、幸福を感じない人なんて、居ないのではないかしら。

それに、私を知ったエイブは、貴女と約束した時と同じかしら?

夫婦になった後のエイブは、

以前とは、変わっていたのでは、ないかしら」


真実は分かりませんが、この言葉は、浮気女に刺さったようです。

ぐ、と喉をならして、言葉につまっていましたから。


「それに私は、エイブに話しているの。

エイブ。

私は幸せでした。

(ねや)というのは、何だか恐ろしいと思っておりましたのに、貴方は優しくて、私を尊重して下さって……」


少し恥じらって、にこ、と微笑み、私はエイブと向かい合いました。

エイブは、今や顔を上げ、私をじっと見つめています。


「そう……貴方はいつも、私という人間を大事にして下さるわ。

それが、肌でも感じられて。

互いの愛と感謝と、思いやりを交歓する

……貴方との行為は、私にとっては、そういうものでした。

夫婦というのは、こんなにも素晴らしい形なのかと、

幸せだった」


「ビアンカ……」


エイブは、

情けないこのオトコは、

私のポエムの世界に、呑まれました。


床に手をついて、エイブはしゃがみこみ、呟きました。


「……君との夜は、極上だ……

甘露で隠微で……

どんな男でも、君には陥落するだろう」


「エイブ?何を」

「あなた……」


私の賛辞を息を飲んで聞く、フローラ。

満たされた気持ちが湧く、私。


「女性として、人として、

君は、素晴らしい。

信じられないくらい、私は夢中だよ。

私には、過ぎたくらいの女性だ。


そんな風に、私を想い、私に寄り添ってくれていて……

それなのに、なんて、なんて、私は……」


「貴方は、貴方ですわ、エイブ」


そうですよ。

アンタは阿呆です。

少なくとも、私の言ったことは、本心でしたからね。

今は、砂粒も、そんな事思ってませんわ。


「エイブ、何言ってるの?

こんな女が私より、いいって言うの?」

フローラが逆ギレしてます。


さあ、もう一押し!


「……エイブ」

私が跪いて、彼と向き合うと、

「……ビアンカっ」

ガバッ、と、エイブは頭を床に擦り付けてきました。


「許して欲しい!

君を置き去りにした私を

こ、後悔している!

寂しい夜を過ごさせた!

罰してくれ!」


あー

新婚旅行を謝ってるんですね。

そこですね。

この、浮気全体じゃあないですね?


「酷い……エイブ

貴方、私とこの女と、

どちらを選ぶの?」


ああ、焦れた浮気女が、キラーワードを繰り出しました。


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