35 地味女の侍女 説得する
「まあまあ、お嬢様っ
ようこそお帰り下さいました!」
「ああ、マリナ。
何だか、数年会えなかったみたいよ」
私は女中頭のマリナと、抱き合いました。ふくよかなマリナの胸は、とても温かです。
「少し、お痩せになりましたね。
よござんす。このマリナが、たんと食べさせて差し上げますよ」
「マリナ、退いてくれ
儂も抱きたい!」
父の声です。
マリナの腕から、離れると、
うわあぁ
お父様
涙ボロッボロ流して、両手を開いて、
「ビアンカ〜〜〜」
と、おいおい泣くのです。
「何があったんだいいやいや何も聞かなくとも儂にはわかる夫の浮気か嫁イビリか公爵家が貧乏すぎるのか何でもいいゾもういいゾ帰っておいで
〜〜〜」
あらお父様。
全部当たりですわ。
「……エマ」
「申し訳ございません」
そうでした。
エマを雇って、私と同等の知識を教育したのは、父でした。
私は、はあ、と吐息を吐いて、覚悟を決めました。
でも、そのあと、アレックス兄様にも、ギュムギュムされて、
ずるいぞ私も!というアンガス兄様にも、抱き抱きされて。
ようやく居間に、解放されました。
私の現状は、エマが定期的に報告していたらしく、私の説明は割愛。
そして、今夜の仔細は、中兄様がペラペラと。
ほおら、お父様も大兄様も、
お怒りです。
私に。
「帰ってこい!」
「戻っておいで」
「私が悪いようにはしない」
三者三様
圧が強い。
激高するお父様はもちろんですが、大兄様の背後に、氷山が見えます。
ブリザードも吹いてます。
「オペラの時に、家に戻っていないとのお前の言葉で、不審に思ったんだ。
エマを責めてはいけない。
私や父が、彼女に懇願したのだ。
話してくれと」
そうですよね。
疑惑があったのに、つい、ペロッと言っちゃった私の脇の甘さです。
そうか、あの後、大兄様は動かれたのね。
同じ宮務めとして、妻帯者が缶詰になるような非常識はない、と、そこから疑って。
「戻りません」
私は、きっぱり申し上げました。
「女として妻として嫁として、今戻れば、彼らに負けたことになります。
戻れば、お父様も兄様達も、公爵家を総力を挙げて叩くでしょう?
ビアンカは、侯爵家の権威をかさにきて、ロックフォードを叩いたと、世間に言われたくございません」
「お前がデュラックの一人娘であることは運命であり、デュラックが叩いたとて、依存ではあるまい」
「以前ならまだしも、知ってしまった以上、我々デュラックの男にも、矜恃がある」
「少なくとも、私の任務として、お前に任せてはいけない部分は、理解できるだろう?」
ううむ正論。
あー言えばこー言う×3
「そんな、お前に真実の愛をもたらさない男と、同じ空気を吸うな」
と、大兄様が仰った時点で、私はかちん、と来ました。
「お言葉ですが」
私のターンです。
「真実の愛とやらを定義したのはお父様と大兄様でしょ?
何が私の幸福か、それは本来私が決めることではございませんか?」
そして勝手に賭けを持ち出したのよ。私自身を愛されなければ、領地はお預けだと。
「ほ、本当は誰のものにもしたくはなかった。それでも、儂以上に、お前を愛し守る男に任せたかったのだ!」
「ビアンカ。お前は外見だけでなく、内面も素晴らしい。
その素晴らしさが分からない輩など、切って棄てて何が悪い?」
「お前の矜恃も理解できる。
けれど、か弱い女であるお前の危険まで、見過ごす兄ではない!」
逆ギレ×3
これ、延々と続くんでしょうか。
もう別邸に、帰りたいんですけど。
「戻りません」
「帰ってこい」
「帰りません」
「離縁しろ」
「できません」
「ここにいろ」
あー!もー!
「宜しいですか」
エマが、恐ろしく静かな声で、発言しました。
「おそれながら、閣下そしてアレックス様、アンガス様」
あれは……
イーヴォ!クルミはどこっ?
「ねんねのビアンカ様を案じられて、籠の鳥になさったご判断は、歪んではおりますが、仕方ございません。
けれど、そのせいで、ビアンカ様は、15から19という、未婚女性として開花する、二度と戻らない黄金期をお捨てにならねばなりませんでした」
ギリ
という音が聞こえます。
イーヴォ!クルミクルミ!
「なのに、ビアンカ様は、内面を磨かれる道を受け入れました。
教養を身につけ、知識を得、それはもう、アルに、いまだに最強の生徒、と言わしめるくらいに」
まあ、アルの奸計に、そうは行くか!と、対抗してましたからね。
「でも、ビアンカ様は、学校ではその陰気な佇まいから、女生徒の中では、馬鹿にされ敬遠され、次第に地味女の通り名を付けられて……」
ギリギリ、という音が、俯きかげんのエマから……エマ、奥歯を大事に!
「あの世代の女の子は残酷です。
横並びの制服で、見た目を比べられ、それが分かっているから、ヒエラルキーを形成するのです。
美しい子
媚びた子
ハツラツとした子
女を統べる女によって、
女は格付けされます。
そして、それが人間関係を決定するのです!」
黒歴史だわ。
ホント、もっさり前髪とメガネ、優秀な成績、
どれをとっても、カースト上位の女にとっては、絶好のターゲットですものね。
「それでも、お嬢様は、文句ひとつこぼさずに。
どうしてだか、お分かりですか?」
気圧されて、聞き入っていた三人は、ブンブン横に振りました。
ダン!
うっひゃー マホガニーの天板!
あっ、イーヴォ、クルミの補充ナイス!
「あんた達が知ったら、タダでは済まないからです!
中兄様は、侮辱した男を殴り倒すでしょう!
大兄様は、教師のメンタル潰れるくらい苦情を入れるでしょう!
ちい兄様は、女生徒達を不登校にするくらい、ネチネチと絞るでしょう!
そして、
侯爵閣下は、
重機で校舎をぶっ潰すかも知れません!」
おおー、拍手。
おっしゃる通り。
「それでも、お嬢様はお幸せだったのです。
薄っぺらいお付き合いから解放されて、真にお付き合いできるお友達と過ごし、
家では、元の姿で、オシャレを楽しみ……」
エマ劇場は続きます。
「けれど、時と共に、幸福の形は変わるのです。
今のビアンカ様は、一人の独立した女性として、ご立派にお立ちです。
そのビアンカ様が、ご自分で、徹底的に復讐すると、お決めになったのです。
ビアンカ様の幸せは、今は、フル装備したスキルを発動して、思う通りに振る舞うことだと、私は思います」
エマ……
「女性の黄金期を奪ったあなた方が、ビアンカ様の決められた事を覆すのは、筋が通りません。
お嬢様は、強い。
けれど、女としては、幼い」
ん?その台詞、どこかで。
「今、泣き寝入りしては、ビアンカ様のこれからの幸せにはマイナスです。
思う通りに、ビアンカ様を信じて、いえ、
ビアンカ様の手腕を楽しんで頂けませんか?」
どうかどうか……と、エマは、俯いてしまいました。
ありがとう。私のために泣いてくれて。
傍らのイーヴォも、涙ぐんでました。
しん
と、なった居間で、私は告げました。
「お父様、お兄様。
ビアンカの幸せは、ビアンカが決めます。
私には、今、私の為に尽力しているスタッフがおります。
アル、イーヴォ、ウザーク、エマ。
彼らと共に、私がどれだけ動けるか、見守って下さいませ。
どうぞ、よろしくお願いします」
父はエマの演説で泣いていました。
大兄様は、黙して、目を閉じていました。
中兄様は
あら、イーヴォにクルミを貰ってる。エマに負けたくないのね、細マッチョ。
私の訴えは、通りました。
「ただし、仮面パーティは、ダメだ!」
アンガスは譲りません。
「あそこは、私のヤマだから」
「では、このエマが参りましょう」
イーヴォは、ギョッとしましたが、直ぐに、
(おもしれぇー)
と、手を叩いていました。
兄も了解。
クルミ、割れなかったんですね、中兄様。
父は、
「儂の怖さも甘さも、お前は分かっている。
儂のガマンが切れて、手を貸させないよう頑張るんだな」
と、譲歩なさいました。
「お父様の手は、私を抱くためにあるのですわ♡」
と、〈必殺溺愛うけ〉
を繰り出すと、
「ビアンカ〜〜
愛いやつめ、ううう〜」
と、堕ちました。ちょろい。
マリナのオススメ料理を堪能して、帰路につこうとした時、
アレックスが、近づいて、
「お前、王子は、どうする気だ」
と、小声で聞いてきました。
「……」
「あいつ、何やら、事が終わらないと、何処にも行けないと。
王とウマが合うから、長逗留も許されてるが、お前に執着しているように、私には思われるのだが」
アルは、あの日のできごとをエマに言わなかったのですね。
エマが、大事なこと、報告しないはずがありませんもの。
「……その話は、また今度」
私は、コソッと囁きました。
今、その話をしたら、父と中兄様が発狂しますから!