表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/73

30 地味女と王子と時計

イングヴァルド……


なんで独りで、

こんなカフェに。


『ビア』『ビーニャです!』


私は声を張りました。

外国語を使っても、名前は、まんまですからね。ここで正体をばらす訳にはまいりません。


「こいつ、誰だ?」

アルが素に戻ってます。

『お人違いでございましょう。

私は、外つ国の』

『見間違えるわけが無い。

先程、私を王子と言った』


……しまった。


イングヴァルドは、ちゃんとエラントの衣装でした。黒髪に黒の上下というのは、目立ちましたけど。


『どんな姿だろうと、例え暗闇でも、お前と分かる』

彼は、にっ、とドヤ顔です。


『私はビーニャです……今は』

『そうか。

私は私のままだ』

『何故こんな所に』

『遊びに』

『王子が従者も付けず』

『付かずとも大事無い』


……頭が痛くなります。

こんな所で王子に何かあったら、大兄様が卒倒します!


「……お前 、こいつと浮気?」

「馬鹿言わないで……ああもう、どうしてこんなにあれこれ起きるのよ……」

アルの問題発言も、頭グルグルの私は、スルー。


『腹が減った』

『お召し上がりください』

『お前も一緒に』

『嫌でございます』

『お前と一緒だ』

『無理でございます』


王子との会話って、どうしてこうなるんでしょう。そして、どうして


負けるんでしょう。


私たちは、結局三人でリストランテで食事しました。


アルは、じーっと王子を見ているし、王子は上機嫌で、私を見つめるし。

私は、お料理に、集中。


『美味かった』

『何よりです』


帰れ、王子。


『買い物をする』

誰に言っとるんじゃ!


『行ってらっしゃいませ』

『ついてこい』

……嫌でございます!ってば!


長身の黒衣の王子と、

銀紫の髪色の淑女。


目立つこと目立つこと。

道行く人々が、ガン見してますよ。


ふ、と、王子が足を止めました。

『……我が国の品だ』

王子の視線は、ショーウィンドウに向いています。

あら。


時計です。

例の、私が買った懐中時計です。


『ストーンカメオの時計ですね。

私、先日、これと同じものを買いましたの』


ウインドウには、黒い石に彫刻した懐中時計がありました。


『お前が?』

王子は、目を見開いて、すぐに元の瞳に戻りました。


『ええ。青を夫に、ピンクを自分に。……まだ、夫にはあげておりませんが』

『……』


王子は、つい、と、店に入りました。そして

『あれを買う』

と、指さしました。


『殿下』『イングヴァルドだ』

『イングヴァルド様、

こちらの品は、母国でもおありでしょう?』


王子は頭を振りました。

『店主。この時計は、これ限りか』

私は翻訳して、店主に伝えました。


店主は、

「お目が高い。

こちらは限定3品、北の国から求めてきたものでして。

バイヤーが言うには、同じロットの物は青、ピンク、黒の三点のみです。

黒は、マスター

青とピンクは、レプリカ

そのように作られています。

つまり、現品限りの芸術品でして」

と、ホクホク顔で説明しました。


『払う。そのままくれ』


私は、お値段を確かめて、印刻も包装も要らない。と、伝えました。

たしかに、私の時計の倍はいたしました。


王子は、買ったばかりの時計のカメオをじっと見つめています。

『殿下?』

『名前を』

『イングヴァルド様。

カメオに何か?』


王子は、時計から目を離さずに、

『お前は、この仕組みを知らないのか?』

と言いました。


私は本家の書庫で見た、銅版画を思い出しました。

『絵は、目にしましたが、存じ上げません』

『そうか』


王子は、時計の蓋を爪で、ぴん!と開けました。なんと、カメオが外蓋から、剥がれています。


「え?壊した?」

アルが思わず呟くと

『壊していない。見ろ。ここにクオーツの星がある』

見ると、カメオに隠れていた蓋の上には、星型の水晶がありました。


王子は、その水晶をつまんで回しました。すると、水晶の星が蓋の絵の星と重なりました。


『これは、同胞が近づくと、共振する。つまり、同じロットの時計が半径20オングルにあると、互いに知らせるんだ』


……そんな仕組みが?


『お前の時計の星を起動させると、互いに近くにいると分かる』


それって。


私のも、エイブのも、同じ仕掛けがなされていると言う事ね。


王子は、ストーンをもう一度被せました。


『私の国は、水晶の産地だ。

古来、様々なクオーツが、奇跡を起こした。

同じ鉱石から出たクオーツは、互いを呼び合う。

中でも、いにしえの水晶は、性質が突出していて、

恋人や家族が旅をする時、ペンダントや時計に仕込んで、互いの手が離れた時に呼び合えるようにした。

〈湖畔の館〉は、

その約束の地、だ』


ふうん。


王子は愛おしそうに、時計を胸元に入れました。

『これでお前と繋がった』

『……?』


『言い伝え通りに、時計は作られた。

お前に危機が迫れば、これが震える。

お前が悲しければ、これも泣く。

お前に喜びがあれば、これは温まる。

お前も、付けろ。

私と共にあれ』


『……私は人妻です』

『私は独り身だ』

『夫にも、これを差し上げるのです』

『それでも、

お前と私が繋がっていれば、なんの支障もない』


そして、王子は、

『この国にきて、王妃(ロゼッタ)に会った。理想の女だった。

その後、お前に会った。

私の考えが間違っていた。

お前は、運命の女だ』


と、エラント語であれば、赤面するような事を真顔で告げました。


彼の薄い色素の銀の瞳が、私を映しています。


『お前こそが、運命の女だ。

どんな身なりでも、

どんな顔をしても、

私の唯一の人だ。

だから、見届ける。

お前は、今、悩んでいる。

お前は今、運命に逆らおうとしている」


……意地悪ですわ。

その言葉は夫から、引き出すことが、私の使命だったのに。

行きずりの他国の王子に、言われるなんて。


『お前は強い人間だ。

けれど、幼い女でもある。

苦しいとき、病めるとき、

何時でも、私を呼べ。

幸せなときは、私を忘れろ。

お前の幸福が、私の幸福だ。

けれど、私は常にお前を想う』


王子の言葉は、私の身体中を巡り、満たし、撹乱いたしました。


暑く、熱く、ほとばしる何かをせき止めることも出来ず、私は彼の言葉に浮かび溺れ、飲み込まれたのです。


それは、呪文に近いものでした。


『今日はお前の瞳を見れた。

思った通りの瞳だった。

また、見たい』


立ちすくんで、挨拶も出来ない私に、

『星を回せ』

と言って、王子は背を向けました。


夕刻が迫り、人出が増えた中を王子は消えて行きました。



「お嬢、大丈夫か」

私は、震える身体もそのままに、呆然としていたようです。

アルは、私を支えて、辻馬車へ急ぎました。


「お前の回りの男と、器が違うぞ、あれは。

……戻って、少し休め、な?」


サディストのアルが優しいので、余計に今の出来事が、私にとって衝撃なのかを感じました。

アルも気圧される、イングヴァルドの求愛。


それを受け止められるほど、私は熟してもいないし、強くもないことを思い知らされました。


それでも、甘美な想いが込み上げるのです。


けれど。

復讐を終えるまで、私は王子に向き合うことは出来ない。

目を閉じて、私はそう呟くことで、何とか暗示をかけました。



別邸が視界に入って、ようやく私は、ビアンカとしての自分が蘇ってきました。


今日の収穫から、もう一度、復讐のシナリオを書き直さねば、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
俺様王子が只管に気持ち悪いと感じました。これに惹かれるビアンカって根本が浮気女と同類ではないでしょうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ