3 地味女のバージンロード
結婚式では、流石に鼻眼鏡ともっさり前髪はないだろう、と、ウキウキしたが、
甘かったです(泣)
私の腹心と言ってもいい、侍女のエマが、しっかり仕事しました。
なんと、美しく施すはずの化粧が、地味顔メイクとなっている!
素顔の美しさを台無しにする化粧って一体……
「まあっ!素晴らしいドレスねっ!」
「ベールのレースは、公爵家の紋章を編み込んで……なんて職人技だろう!」
姑と舅、つまりロックフォード公爵夫妻の第一声が、これです。
……本体の私に触れないお言葉
ありがとうございます……
「……ビアンカ、私の自慢の妹
本当に、いってしまうのだね」
夫妻と共に現れた長兄は、ウルウルしている。
父は、別室で号泣していて、連れて来れなかったそうだ。
「ビアンカさん
素晴らしいお嬢さんを迎える事が出来て、私は嬉しい。
どうか息子と、公爵家を盛り立ててほしい」
ロックフォード公爵は、お優しい笑顔で、私に言ってくれた。
笑顔が、エイブ様に、似てるわ。
「そうよ。これからは息子の時代。ビアンカさんは、賢い方と聞いています。宜しくね。期待してるわあ〜」
夫人は、陽気な口調で告げた。
こちらも、ニコニコと。
良かった。
舅姑が、エイブと一緒で、いい人で。
簡単な挨拶の後、まだグズグズ泣いている長兄と共に、夫妻が退出すると、
「うっわあ〜〜
なんてゴージャスなドレスなの!
さっすがー侯爵家!」
という、キンキンした声が飛び込んできました。
あ
公爵令嬢のイライザだわ。
うわあ……
凄い。
ピンクのお花がゴッテゴテに、ビッシリくっついたドレス。頭には、向日葵?というくらいの、でっかい造花の黄薔薇が咲き誇ってる。
「わあ〜本当に素敵なドレスですわ〜!ドレスは、ステキ!」
「品があって、ひと目で凄ーくお高いって分かりますう。ドレスは」
……この小スズメ達は、イライザのご学友ね。なんで人の結婚式の、新婦の控え室に来るの?
「ね!私も、着てみたいわっ!」
「まあ〜、イライザ様ったら!
貴女がお召になったら、他のどなたも着られなくてよ?恥ずかしくて」
「恥ずかしくもなく着ていらっしゃるお義姉様の前で、言ってはいけませんわ〜」
コロコロと笑うこいつらの掛け合いを何故私は、聞いていなくてはならないのでしょう。
イライザは現在17歳。
公爵家の一人娘で、蝶よ花よと、育てられたのは、私と同じだが、
そして、中々の美貌で、家族にチヤホヤされているのも、同じだが。
中身が最悪。
我儘で派手好き。
好き嫌いが、ハッキリしていて、
自分が良いと思ったものは、大切にするのだけれど、一旦嫌いとなったら……
(ホント、お兄様がお可哀想。
お金があるから、あんたみたいな女でも、妻にするんだわ。
うちは名門公爵家。
そりゃあ、あのお兄様ですもの、狙っている女は多かったのに。
あんたはいいわよね!
金で公爵の名を買ったんですもの!)
などと、決闘モンの悪口を面と向かって、初対面で言ってきた強者なのです。
言うなり、エイブが
(イライザっ!)
と、叱って下さいましたけど。
ふん!
と、動じないイライザは、
(いいこと?あんたは私に逆らわない方がいいわよ?
私くらいになると、適齢期には、王家や隣国の高位貴族から、お声がかかると思うわ!
手に届かなくなる貴婦人になるの!
その時に、目をかけて貰えるよう、私には尽くす事ね)
などと、のたまわるのです。
ある意味、無敵です。
……この程度のお顔で、こんなイジの悪い女が、妃になれたら、国は3秒で倒れると、思うんですが……
私は、
(あ、これ、逆らうエネルギーが無駄になる奴)
と、判断し、一つ一つ、黙殺して微笑みで返すことにしています。
しています、というのは、
もう、エイブ様との逢瀬には、必ずこの女が、くっついて来たからです。
おかげで、エイブ様と二人きりの、
あんな事やらこんな事やらが、出来ずに結婚となりました。
くそ。
「やあ、綺麗だ、ビアンカ
……ああ、君たち、今日はご出席ありがとう」
末兄です。
彼は、三人の兄の中で、一番見栄えがよく、女マメな人ですから、スズメ達は、黄色い声をあげて、挨拶し始めました。
「エリスがいつもありがとう。
君たち、そろそろ席に戻られたらどうかな?
ビアンカの同窓も揃っていたよ。
いずれ劣らぬエリート達だが、男ばかりでね。
君たちみたいな華やかな淑女が傍らにいるといいんだけど」
それを聞いたイライザと小スズメ達は、
まあっ!おからかいに!
でもでも、そうですわね、
イライザの義姉のご学友なら……
と、わちゃわちゃ退出しました。
「……ありがとう、ちい兄様」
「私で、親族のお目見えは、最後かな?叔父上や伯母上達も、済んだ?」
「ええ。
何故か皆さん、涙目で」
「そりゃあ、ね。中兄様も、父と一緒に号泣してるもの。
……ビアンカ」
クックッと喉で笑っていた若い末兄は、真顔になって、私の手を取りました。
「……辛くなったら、何時でも、帰っておいで。
君が勝気で辛抱強く、そして冷静に立ち回る策略家であることは、家族はよく知っている。
でも、父や兄達が思うほど、強くはなくて、本当は夢見がちな乙女であることは、この私が一番分かってる」
ちい兄様……
「もしも、もしも、夢やぶれて、夫に見切りを付けたくなったら、私を頼りなさい。
父や兄達の手を取らせずに、私がどんな事でもしてあげる。
どんな事でも、だ。
愛しているよ、ビアンカ」
「兄様……ありがとうございます……もう、泣かせないで下さいまし……」
末兄は、そっと私の目元をハンケチで拭ってから、私を抱きしめました。
「ビアンカは、幸せを掴みます。
自分の手で
今まで、ありがとうございました、ちい兄様……」
私は、ちい兄様の熱情に近い愛情に、胸がいっぱいでした。
実は、昨夜までに、
長兄から、次兄から、
一人一人が、末兄と、同様な言葉を頂いたのです。
私は何と大きな愛情に包まれていたのでしょう。
けれど、この愛情が、今のいびつな私の姿を生み出したのも、事実です。
それでも、この兄達の言葉を支えに、私は、泣き顔を隠しもしないで、鼻を赤くしている父の腕をとり、バージンロードを歩きました。
遥か前に、シルバーホワイトの燕尾服に身を包んだエイブ様の元へ。
陽だまりのような、笑顔の元へ……
この時より、私は、
ビアンカ・アストニア・ロックフォードとなったのです。
そしてそれは、
胸いっぱいの愛と、脳内のお花畑を踏みにじる日々へのスタートラインでもありました。