29 地味女の遭遇再び
私はプンスカ腹を立てて、学長室を後にしました。
王都の外れにある〈リルの家〉は、不本意な妊娠に対応してくれるはず。その手筈を学長に委ね、あのカラカラ娘をどうやって、締め上げようかと思案しました。
アルは、
「腹が立ったら、腹が減っただろう?飯にしよう」
と、言いますので、広場で馬車を返しました。
先日も、こんな人出でしたけど、皆、働いているのでしょうか。
「王都へわざわざ近隣から、買い物にくる人もいるし、この頃はサービス業が盛んだから、休みをずらしている業種もあるんだ」
との、アルの説明で、合点が行きました。
人の無知を笑える立場ではありませんね。私も。
「じゃあ、今日も、例のリストランテは満員かしら」
この間は、お花畑カップルに逆上して、食べ損ないましたからね。
まあ、食欲は激減してますが。
人気のリストランテは、やはり満席で、やむなく先日のカフェへ一時避難です。
あの日はこうして、あのバカップルに遭遇し……
「た?」
「まあ!」
デジャブです!
浮気金髪女です。
フローラです。
フローラは、
まあるく開けた口が、ゆっくり閉じて、睨めつける視線で、
「ハンケチの主は、見つかりまして?」
と、嫌味を言ってきました。
勿論、私は外つ国人ですから、
ワッカリマセーン。
「失礼、ご夫人は、こちらの方とご面識がおありですか?」
アルが、よそ行きモードで訊ねます。お人好しのイケメン顔で。
「……貴方は?」
「執事です。この国では、通訳を」
浮気妻は、納得して、またアルを見ました。彼女の好みの枠に、入っているらしいですね。
「『マダム』。お知り合いを立たせたままは、どうかと思うが」
近くのボックス席から、男の声がしました。
男は何時ものアルのような黒眼鏡で、人相が分かりません。髪も何だかわざとらしい長髪で。
カツラかしら。
男は、私をじっと見て、口元がニヤニヤしていました。
素の私の時に、凝視する男は3パターンで、
① 嬉しそう
② 恥ずかしそう
③ いやらしそう
なのです。
③ですね、こいつは。
「満席の様子ですし、ご同席なさいませんか」
男は、割と丁寧な口調で誘ってきました。
浮気妻は、ちっ、という小さな舌打ちをしましたが、
ん?と、振り向くと、ニッコリして、
「そうですわね。どうぞ」
と、誘いました。
好都合な成り行きで、私は浮気妻と相対することとなりました。
なんと
「ご滞在は、いつまでですの?」
フローラは、名乗りもせずに、会話しようとするのです。
「……私はアルと。
こちらは」
「いい、いい。
名乗らずとも、ささやかな縁だ」
アルの名乗りを男が止めました。
ふうん。
自分たちも、名乗る気は無いと。
んで、尋ねたことには答えろと。
「……商売が目的ですので、数ヶ月は、と、考えております」
アルは少々苛立った風に答えました。
私はじっと、男と浮気妻を眺めました。
男とフローラは、ただのお友達、ではない空気ですね。
フローラは、変装しなくてもいいのでしょうか。こいつは、相変わらずのぶりっ子で、総レースのお高そうなドレスです。
それでも、マダム、と呼ばれていた以上、ロズベル男爵家とは、知られたくはないのでしょう。
一応、スカーフは持ってきてるんですね。頭隠して、ですね、ピンク女。
『先日の詫びを伝えて。
そして、何らかの繋ぎを作っといて。
こいつ、夫の浮気相手よ』
私は、アルに、にっこりと伝えました。アルは、表情を変えずに承知、とばかりに
「奥様。お嬢様が、先日は、たいへん失礼したと、仰ってます。
お詫びに何か、御要望があれば、とのことですが」
と、フローラに伝えました。
フローラは、それを聞いて、にっこり微笑み、お気遣いなく、と言った端から、
「……そうねえ、せっかくこの国に滞在なさるのですから……
ちょっと面白いパーティへのご参加はいかがでしょう」
と、言ってきました。
パーティ?
んだとお?
デジャブだぞ。
ひょっとして……
『私は男性のパートナーがいないから、と言って』
アルはその通りに通訳しました。
「大丈夫ですよ。会場でお相手を見つけるのが趣旨でしてな。
こちらのマダムも、ちょくちょくお出ましになる」
ね、と男が言うと、フローラは、
「そうですわね。
楽しい夜会ですわ。
皆さんお優しいし、女性はお綺麗な方ばかり」
と、微笑みました。
顔だけなら、女神様ですね。
アルも、顔だけですが。
「貴女のような方なら是非……
ここに。
今週末も、開催しますから」
と、男が小さなカードをアルに手渡しました。
ふうん……。
独りで参加して、現地調達……
まんまじゃん。
『お嬢。かなり怪しげだぞ』
『学長の話と、ソックリよね』
『……え、お前、まさか』
『スタッフも連れていくわ』
そこまで会話した後、アルに
「お嬢様は、興味がおありのようです。他の方を伴ってもよろしいかと、お尋ねですが」
女の口元が、ニヤ、と歪んだのを私は見逃しませんでした。
この女は、ビアンカだあろうと、ビーニャであろうと、
自分より優れた女は、敵なのでしょう。
「勿論だ。こんな美人なら、どんな人物を連れてきても構いませんよ……
では、またお会いしましょう」
と、男は立ち上がりました。
あいつは、多分、街で獲物を物色してるんだな。そして、この女は、カモを安心させる為のぶりっ子だと。
て、ことは、イライザは、この女と接触した?
で、堕ちた?
単なる浮気騒動だったのに、何だか、話がややこしくなってきたわね。
「……私も、帰る時間となりましたの。
ここの分は、先程の紳士が、精算してるでしょうから、ゆっくりなさってね。
では、今週末に」
浮気妻は、スタスタと、去りました。
会釈もなしに。
『あの人、社交のマナーを学ばなかったのかしら』
『まあ、敢えて高飛車に出てるんだろ。
お前に対抗意識マンマンだったぞ』
イーヴォの言ってた、フローラは、学校では浮いた存在だったとか、派手で悪い仲間がいるとか、って、ああいう所が災いしてたんじゃないかなあ。
金はあるけど、高位貴族は、相手にしてくれない。フランクに付き合って、自分をチヤホヤしてくれる場所で、遊ぶようになって、
そして……
『情報は宝。今週末行ってみましよう』
『悪の巣窟だぞ?大丈夫か?』
『初回から、貞操の危機ってことは、無いでしょう。
奴らも慎重よ。
さっきの女学生も、警戒を解くまで、時間がかかってたみたいだし』
アルは、納得していない様子でしたが
『あら、あなたもイーヴォも、勿論呼んだら飛んできてくれるでしょう?』
と、言うと、ニヤ、としました。
『そうだな、俺以外にお前を泣かせるのは許し難
『何故、外つ国語を話している』
アルの声に、耳あたりのよい男性の声が、かぶりました。
『お前はどうして、そんな、なりをしている?ビアンカ』
え、私の名を……
声の主を見上げると、
そこに居たのは、
『王子』
『名前を呼べ。
どうして、そんななりで街に来ている?この男はなんだ?』
イングヴァルド王子……
貴方こそ、何故、街のカフェに、お越しなのですか?