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28 地味女 動く

「本日は、お時間頂きまして、真にありがとうございます」


アルは、仕立てのよい身なりで、髪をオールバックにし、丁寧な挨拶をしました。


「いえいえ、こちらこそ足を運んで頂いて。さ、お座り頂きましょ。

……失礼そちらは?」


怪訝な紳士に、私は、礼をし、

『ビーアン・アルメーニャでございます』

と、外つ国語で、お伝えしました。


今日の私は、外つ国の貴婦人。

そうです。

元のビアンカです。


向かい合う紳士は、キョトンとした表情でした。

おや、外つ国語が、分からないのでしょうか。流通がお仕事なのに。


「アルメーニャ家は、外つ国の財閥です。そのご長女のビーアン嬢が、名代として、エラントにお越しになりました」


アルは、すらすらと嘘を吐きます。


「私は、この方に委任されて、男爵にご連絡した次第です」


紳士は、恰幅のよい腹を撫でて、

「おお、そうでしたか。

絶世の美女なので、驚きましたよ」

と、上から下までねっとり眺めて、値踏みしました。


こいつも、エロオッサンなんでしょうか。


このオッサンは、例のロスベル男爵です。そう、浮気女のダンナです。


私は馬車のエイブのポエムを聞いて、芯から心が冷えました。

あの大嘘つき。

いつまでも、お家でハンケチ噛んでる女ではございません。


反撃反撃ー。


今日は、そのための、罠を仕掛けに参りました。


設定は

(エラントへ進出を図りたい衣料商会の娘が、流通の雄、ロスベル商会に交渉)

です。


「そちらは通訳を付けなくて、宜しいのですか?」

アルは、今日は黒眼鏡をはずしていて、爽やかに笑顔を見せました。

こいつは、顔だけは、人畜無害そうなのです。爽やかイケメン。


サディストの癖に。


普段は、人に見損なわれるから、と、そのいい人顔を黒眼鏡で隠しています。ええ、その方が内面と合っているのですけど。


今日のアルは、悪徳業者に簡単に騙されそうな感じです。

そこに、依頼主は外国人、ですからね。ちょろいと思ったんでしょうね、男爵。


「いえ、書類はエラント語ですし、貴方がきっちりお伝え出来るのであれば、こちらは大丈夫です」


それともそちらに必要ですか、と言ってきましたが、アルは断りました。


『宜しいですね、お嬢様』

『いいわよ、上手いこと、騙されて頂戴』


外つ国語が分からないというので、私は気楽になりました。


『せいぜい、いいカモだと思わせて』

『承知』


そこからは、男爵とアルのやり取りとなりました。


エラント進出の足がかりとして、ロスベル商会と提携した王都の店と、契約する。

マージンは、言い値。

アンテナショップは、こちらが借り上げる。


そんなリアリティのある美味しい話をペラペラ話して、男爵は、にやけを無理して我慢しているようでした。


「……何せ外つ国ですからな……王太后の里とはいえ、神秘の国。

衣装は、流行りがありますし、ううむ、どうでしょうねえ……」

などと、ネガティブチェックをしていますが、乗る気満々でした。


次回、正式な書面を作成して逢うことを約束しました。



商談はここまで。

お茶を頂くことに、なりました。

男爵は、私の美しさを褒め称えていました。


自分の浮気妻以外にも、興味があるのですね。頬が紅潮しています。


『次の約束しといて』

「お嬢様は、ご迷惑でなければ、仕事以外でも、またお会いしたいとの事です」


私は上目遣いで、カップの縁から男爵を見ました。

あざとさ満点。


「そ、そうですか。

いやー迷惑など!光栄ですなぁ。

そうですか、そうですか」


男爵は、上機嫌になりました。

別れの際には、手を握って差し上げましたよ。



男爵への餌撒きは、おっけー。

「金持ちのザル商売だと、見下してたな」

「それでいいわ。そのうち向こうから仕掛けてくるから。

上手くやってね」

「誰だと思ってんだ……

で、次は?」



次は、学長ね。


私は帽子で銀髪部分を隠し、銀紫をたなびかせて、学校を闊歩しました。


(あの淑女は、誰だ?)

(見たことない髪色だわ……あのドレス、凄い)

高等部の生徒の、詮索を感じます。

この格好でないと、イライザや、学生時代の私を知ってる人に見られたら、バレちゃいますからね。


……学長に、呼び出されていること。


「おや、ひさしくお目にかからなかった姿だね」

立派な白髭の学長は、皺をいっぱい作って破顔されていました。


学長は、ご存知なのです。

私の秘密を。

地味女として、学校生活が送れるよう、配慮して頂くために、父が学長に手を回したのです。


お陰様で、地味な陰キャは、学問一筋で頑張れましたよ。


「ご無沙汰いたしました。式のご出席ありがとうございました」

私は、結婚式のお礼を述べました。

勿論、お礼状と感謝の品は、翌日手配してありましたけどね。


しばし、式の話や、奥様の話、学校の話、などをお伺いして、


「……一体、本日は、何のお招きですか」

と、切り出しました。


学長は、チラ、と、アルを見ましたが

「こちらは私の執事です」

の、一言で、納得なさいました。


「実は……」

学長の顔の皺が、今度は憂いを刻みます。


「公爵家に、良くない話なのだよ。……親御さんより、貴女の方が、上手くさばくのでは、と思ってな」


公爵家。親。

「イライザが、何か?」


当たりのようでした。


「……ロックフォード家となれば、王家や公国の大公家から、ヒキがあってもよいくらいの名家だ。

そのご令嬢の素行を止められなかった責任を感じておる……」


何をしたんだ、あのカラカラ娘。

茶会の一件で、ぼっちになったんだろ?

虐められる事はあっても、威張って過ごせる訳ではなかっただろ?


「少し前から、彼女の評判は、悪くなってな。本人も、少々自暴自棄になっていたようだ」


本家では、頑張って、嫁いびりのネタやってくれてますが。


「……学業不振、と、言うことでしょうか」

「まあ、それも、褒められたものじゃないが……」


学長が、気まずそうに、ポツポツ話したのは、このような内容でした。


ある日、女子学生が高等部棟から、飛び降り自殺を図ろうとした。

すんでのところで、未遂となったが、泣きじゃくる学生に訳を聞くと、とんでもない事態だった。


学生は、妊娠していた。


まだ17歳の彼女がどうして、と、事態が事態だけに、親御さんと、学長、そして学校医だけが、探った。


すると、彼女から出てきた言葉が、なんと、

(ロックフォード様に、騙されたのです……)

だった。


彼女は、女官を目指して学んでいる平民の出で、苦学生だった。


その彼女に

『いいバイトがあるわ』

と、持ちかけたのが、イライザ。


『私のお友達が、内輪のパーティを開いてるの。そこに女の子が行くと、喜ばれるのよ。

気前のいい紳士ばかりだから、ちょっとお相手すると、ご褒美が頂けるの。結構いい金よ?』


彼女が、そんなふしだらな事は出来ない、と警戒すると、


『まさか!

そんな場所だと?

公爵家の私が何回も行っているのよ?

何の危険もないし、楽しいわ。お酒を強要されることもないし。

ちょっとおしゃべりしたりダンスをしたり。

……そうね、社交界デビュー前に、練習させて頂いている感じかな?』


公爵家令嬢が、というくだりで、彼女は、

一度だけなら、

と、連れ立った。


確かに、マスクをして素性を隠しているものの、上品な女性たちと紳士たちばかりで、彼女は安堵した。

素敵なダンス。

洒落た会話。

葉巻の香り。

分厚い紙幣。


そして、彼女は、警戒心が解れ、

解れ


酒の味を覚え、

シガーの香りを覚え、


ある紳士の手に堕ちた。


後は……言わずもがな。


「自己責任、と、言ってしまえばそれまでですが……イライザへの聴取は、どうなりましたの?」


「知らぬ存ぜぬ。

彼女にそんな話をしたことはない。

恐らく自分がしでかした事の大きさに、人のせいにしようとしているんだ、名誉毀損だ、と、喚いてな」


あー、目に浮かぶ。


「公爵に、とは、思ったが、令嬢が潔白であれば、学校はタダではすまない。

今のところ、女生徒ただ一人の証言だからな」


「接点のない子に、そんな誘いをかけるとなれば、

初めての勧誘では、ないでしょう?」


「彼女のように、ロックフォード嬢に声をかけられた学生は、多分居るとは思うが、御身可愛さで、いっこうに捜査は進まない」


酷いわね。

言ってみれば、素人少女の売春だわ。

その斡旋をあのカラカラ娘が?


「……背後に誰かいるな」

アルが呟きました。


私はコクリと頷いて、


「学長。

私にこの件、少しばかり預けて頂けますか」

「無論だ。

貴女だから、お呼びしたのだ」


どうか、頼む、と、学長は深々と頭を下げなさいました。


カラカラ娘。

嫁いびりで留めれば良いものを。

夫の浮気が可愛く思えるわ。


「学長。あの娘、単位が足りないのではないですか?

公爵家でしばらく家庭教師をつけた方が、と、義父や義母に仰って頂けません?

しばらく家に軟禁して、これ以上の被害が出ないように、まずは致しましょう」


「そうだな。

事が不確かな今、停学や謹慎とするわけにもいかん。学業不振は確かなことではあるし、それでいこう。

お嬢さんは、このままでは、卒業がむずかしい、と」


卒業パーティを楽しみにしているあの馬鹿は、しぶしぶ了解するでしょうね。


「では、私も、動きますわ。

学長、何卒よろしく」

「世話をかける」


……ったく、とんでもない家に、嫁いでしまったものだわ。



早速の評価、ブクマ、ありがとうございます!


終わりまで

宜しくお願いします



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