27 地味女と、夫のポエム
帰りの馬車は、クソジジイ達と一緒でした。
「いやぁ、王妃殿下からお褒め頂いた!
ビアンカ。
国賓の王子をもてなしてくれたと、陛下もお喜びでな」
「王妃殿下は、お優しい方でした」
「そなたの機転で、北の国とも良好に繋がれる、そう仰ってな。
前々から思っていたが、そなたはロックフォードの宝だな!」
俗人のクソジジイは、王家から目をかけて貰えた事が、鼻高々なのです。
面白くないのは、クソババア。
「エイブも、御前に連れて行ってくれればいいのに。
夫を立ててこその、嫁でしょう」
「申し訳ごさいません。
はぐれてしまって」
「子供じゃあるまいし。
夫から離れるなんて、どうかと思うわ!」
「申し訳ごさいません」
お前の息子が、浮気してたからだよ。
そんなご機嫌ジジイとご不満ババアが降りて、エイブと二人になりました。
「……」
「……」
さて、口火は、私からですかね。
「ねえ、アナタ。
あの方、どなた?」
「……え」
夫は、明らかに動揺しました。
「金髪のお綺麗な方。
ほら、バルコニーから、一緒に戻っていらしたでしょ?」
私はニッコリ、小首も傾げて差し上げます。無害な感じに。
「そう、だった?
一緒、だった、かなあ」
かなあ、じゃねえよ。
揺さぶってやるか。
「私ね、以前にも、あの女性お見かけしたの
……何処だったかしら、えーっと」
さあっ、と、エイブの顔色が変わりました。
二人の逢瀬がバレたか!と、肝を冷やしてるんですよね。
オペラで会ったんだよーん
それよりか、今日の夜会でも、絡んで来てるんだけどね。
「……あの、あのさ、ビアンカ」
「ん?どうなさったの?」
私は声に無邪気さを載せました。
エイブは、汗をかいています。
やっぱり、この人、悪いこと出来ない性質ですよね。
しばらく黙った後で、
「ちょっと、聞いて欲しい話があるんだ……」
夫は、真剣な表情。
……墜ちた?
吐く?
まあ、一応聞くだけ聞きましょう。
そこで、私は御者に
(城壁に沿って、流して下さいな)
と、夫と密室になるように致しました。
エイブは、訥々と語り始めました。
「私は、幼い恋をしてね。
夢中になった。
勝手に二人で、婚約したんだ。
親に反対されれば、されるほど、自分達の恋は永遠だと、陳腐な言葉ばかり吐いていた」
こないだのカフェでも、随分陳腐なセリフでしたわね。
成長してないのかしら。
「でも、社会が見えてくると、私はどんどん臆病になった。
公爵家を継いで、家格に相応しい役職につかなければならない人生。
そこから、逃れることは、絶対出来ないと、次第に分かってきた」
うん、厨二病からの脱出だわね。
生まれついての定めだったのに、イキってみたかったのね。
「そうしたら、
二人の幸せが、ままごと遊びのように、感じ始めた。
……酷い男だよ。
彼女には、私から別れを告げた。
泣いただろうし
恨んだだろう。
……毎日、悔やまない日はなかった」
夫は、次第に、自分語りに酔ってきました。
キモイ。
好きなら、大事にしろや。
別れたんなら、忘れてやれや。
結局、自分が大事なだけじゃん。
「私は忙殺される日々を過ごした。
風の便りに、彼女が結婚した、と耳にした。
幸せを祈ったよ。正直、ほっとした。
自分の罪が軽くなった気がして」
ここまでは、あれこれ突っ込めるけど、理解してあげましょう。
共感は出来ないけど。
「……こんな事は、今日まで封印して、思い出さなかったよ。
別れて5年間。
君とも出会えたし、
君を娶るという願いも、叶った。
そして、私は夫という立場を得た。
だから、今夜の……彼女との再会に、戸惑った」
……ん?
今日まで?
エイブは、くしゃ、と髪を手で乱して、頭を振りました。
そして、懺悔のポーズをとりました。
「告白するよ。我が妻ビアンカ。
……今夜、彼女と再会して、私の心が、浮き立ったんだ!
懐かしさに、あの頃の想いが……
蘇ったんだ!」
(……はいぃ?)
「済まなかった。
彼女……フローラは、一層美しくなっていた。
誘われるままに、バルコニーで話をした」
(え、ーっと……)
「フローラは、今はやり手の男爵の愛妻だそうだ。
生活に不足はなく、満足だと言った。
私との思い出は、全てが美しいと、言ってくれて。
私達は、幼かった恋を二人で語った……
甘美で、清らかな、思い出を」
(……つまり)
お前は、
〈今日初めて〉フローラと〈再会〉した、と言うんだな。
そして、
〈会ったとたんに〉〈恋心〉がよみがえった、と。
〈今日初めて〉
〈今日、は・じ・め・て〉
「……」
「ビアンカ。
決して心変わりではない。
懐かしさが、私の隙間に流れ込んだだけだよ。
もう、フローラと私は、互いの道を歩んでいて。
それも、再認識できた。
ただ、一時でも、君を惑わしたのでは、と案じ、私の気持ちの全てを伝えた。
……終わった恋が、本当に、終わっていた事を噛み締めた夜だったよ」
こいつは、何に酔ってるんだ?
どんなポエムだ?
翻訳すると
『オレたち、なーんにもしてないの。
バルコニー?
うん。お話だけだね。懐かしいからさー人に詮索されたくないっしょ?
でもさー、部屋に戻るとこ、お前、見たよね?
何か思っちゃったよね?
心配しないで!何にもないよ〜ん』
てな、感じかよ。
あ?
要は、
『オレたち、何もありません』
とな?
「……初恋は、実らないから、美しいのですね」
私は、脳内で暴れているやさぐれビアンカを押さえ込みながら、同調してあげました。
エイブは、ガバッと顔を上げて、私の手を握りました。
「そう!それだ!
ああ、ビアンカ。
君は、素晴らしいよ」
私の初恋は、美しくは終わらないようですわ、エイブ。
「……妻として、もうお会いしないで、と言ってもよろしいですか?
お見苦しいですか?」
エイブは、
「勿論だ!今夜が最初で最後だよ。
彼女は人妻。私は君の夫なのだから。
……ああ、可愛いビアンカ。
私の話に、少しは妬いてくれているんだね」
そう言って、エイブは私の手に口付けました。
(よしよし。
上手くいった)
そんな心の声が漏れてきそう。
こんな密室でも、貴方は私の唇にキスを落としてはくれないのね。
私は、それでも、ニッコリ微笑んで、小窓から御者に、家に戻るよう伝えました。
エイブ。
今は油断なさい。
ビアンカと、ビアンカ・スタッフは、容赦しませんよ。
私は、私の初恋の男
私の夫
私を裏切る嘘つき野郎
の、くしゃっとした笑顔を見つめていました。
私の大好きなその笑顔に、どんどん心が冷えていくのを感じながら。
私の初恋は、終わりを告げたのです。
お読み頂き、光栄です。
また、星をくださった方、ブクマの方、ありがとうございます!
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