23 地味女 ネチネチと探る
本家で何があったのか、私はエマにも言いませんでした。
ただ、とてもとても、心の底から、私が怒っているのは、伝わっておりました。
触らぬ神に祟りなし。
皆様、テキパキと自分の仕事に専念して、私もタウンゼントと、納戸の発掘作業や、財政状況のあれやこれやに没頭しました。
夜。
「お勤めお疲れ様でした、あなた」
「ビアンカ!
差し入れありがとう。
職場の皆、喜んでくれたよ」
ニコニコしたエイブのご帰宅です。
エイブが、私を抱き、頬にキスをしようとして、
す
と、私にはぐらかされて、あれ?
と言う顔つきをしました。が、
「ようございましたわ。
お疲れでしょう?着替えてお楽になって下さいな」
と、私がニコニコと言うので、気のせいだと、思っている様子です。
夕食時の、エイブは饒舌でした。
陛下の生誕祭は、今年は節目の歳だから、外国から要人を招いて、盛大に執り行う事。
その、取り仕切りが宮務に投げられており、大変な事。
王宮の城門を開き、前庭を公開する事。市民広場でも、セレモニーをする事。
だから、市内の要人やギルドの会頭達への、根回しも大変な事。
私は、フォークを動かす合間に、
「そうですか」
「なるほど」
「大変ですね」
の、3パターンを返すのみ。
途中で、エイブも、
おや?
と思ったようですが、私がニコニコしているので、
気のせいだと、処理したようです。
はい、あなた。
私は、怒ってませんよ。
ほおら、笑顔でしょう?
怒ってませんよ?
うふふ。
食後は、寝室でゆっくりしたいとの要望でしたので、私は、励まし隊に沐浴とお茶の準備を命じました。
(風呂に唐辛子でも入れてやろうかしら)
粘膜がヒリヒリして、おさまらないでしょうね!
(お手水でお茶を入れてやろうかしら)
あのくそばばあの息子ですもの、味なんて分からずに育っているでしょう!
私は、そんな妄想で遊んでいるなんて、おくびにも出さず、
夫が帰って嬉しい新妻
を演じておりました。
「市内をね、巡回したんだ」
「そうですか」
今、私は、風呂上がりの夫をマッサージ。
「街は、以前より活気があるね」
「そうですか」
人のツボはね、エイブ、キクけれど痛いんですよ?
「洒落た、店も、いたたっ、増えててね……ぐ、
少し、繁華街を……ううっ」
繁華街をね。
私も、いましたよっ。
「ビアンカ、今日は、きついね」
「お疲れで、凝ってらっしゃるのよ」
うりゃ!
「うう!
……賑わう街と言うのは、女子供が集まりたくなる、そんな店がぁぁ……ビアンカ、痛い」
女子供ね。
あんたも居たじゃん、カフェに。
女と
女と!
おりゃ!
「……ううぅ、キクっ!」
パンパンパン!と、おわん型の手のひらで、叩いておしまい。
「お疲れ様でした」
「……うん、矢張り疲れていたんだね。身体は正直だ」
その正直なアンタは、そのカフェのあと、何処で何をしてたんだよ、あ?
「エイブ。
私も、街にでかけましたの」
エイブの肩が、強ばりました。
今、揉んで差し上げたばかりなのに。
私は蒸らした紅茶をカップに注ぎました。
茶葉が、この人だけ、ニガクサだったらいいのに。
「……おや、君が?」
「ええ。マルシェに」
エイブは、少し安堵したように、
「そう。街も広いからね。
会わなかったね」
いえいえ。しっかり会いましたとも。
「人気のリストランテの待ち時間に、カフェに入りましたの」
エイブが、茶をむせました。
大丈夫?気管に入った?
「仰る通り、女性が多かったわ。
殿方が好まれる珈琲もございました。
甘い菓子と一緒だと、ご婦人が喜ぶのですね」
「そうだね」
「私、こんな風体ですから、テラスではなく、ボックス席を所望しましたの」
エイブ。
あら?どうして汗を?
「世間知らずで、エマに教えてもらいましたわ。
恋人達は、ボックス席を好むのですってね」
「……」
「でも、ボックス席が満席で」
「そ、そうなの?」
「ええ。
ですから、恥ずかしながらテラスで」
「そ、そう」
エイブは、継ぎ足した茶に、ブランデーを垂らしました。
そのブランデーが、目薬なら良かったのに。
私は、わざとらしく、そう言えば、と思い出して、
「私、お会いしましたのよ?」
「へ」
エイブがブランデーのボトルを倒しました。栓がしてあって、良かった。
「大丈夫?」
「あ、ああ……誰に?」
エイブ。顔色が悪いわ。
激務だったのねえーっ。
「誰に、会ったの?」
「あ、ええ」
私は、勿体ぶって、
「……凄く素敵な方でしたわ」
と、告げました。
「え?」
「なんと言うか……私と同じ銀髪なのに、紫がかかっていて、
そうそう、ラベンダー色のドレスでしたわ」
「……」
エイブ。
カップを持ったまま、固まってますよ?
「外国の方かしら……
分からない事を仰って、店から出て参りました。
あんな淑女が飛び出してきたので、テラスの皆さんびっくりされて」
「……」
「美しい方でしたわ。
一度見たら、忘れないくらい。
……貴方、何処かで、お見かけしませんでした?」
「いや!全然!
知らないな!」
ふふ。
即答。
「そんな美人なら、会ってみたいものだね」
「そうですわね。私も、もう一度、お目にかかりたいわ」
私は、ニッコリ笑って、紅茶をひと口呑みました。
「ねえ、ビアンカ」
「何ですの?」
「その、カフェのテラスに……
ずっと居たの?」
ほほ。
何が聞きたいか、分かっておりますよ。
「いいえ。
だって、リストランテの空席待ちでしたもの……従者が迎えに来ましたので、残念ながら、水だけで出ましたの」
ケーキを食べたかったわ
と、呟き、私は茶器を片付け始めました。
エイブは、明らかに、ほっとした風でした。
そう。
まさかの最接近。まさかのすれ違い。
良かったわね、あなた。
バレてなくて。(バレてるけど)
金髪の元婚約者と、逢い引きしてた所を妻に押さえられなくて。
(外つ国語で文句言ってやったけど)
修羅場にならなくて。
(待っとれ修羅場!)
「……ビアンカ」
彼は、私を後ろから抱きました。
「まだ、駄目?」
私の身体は、お好みですものね。
金髪美女には、美しいと、愛しいと、囁くけれど、私には、実務を褒め身体を褒め……
そう。褒めて味わうだけの女。
「結婚したからでしょうか。
月のものが、長くて」
「残念。
でも、君を抱いて眠るのは、許してくれるよね」
お断りよ。
女と手を切って、その手を煮沸消毒してから、私に触って。
エイブの手のひらが、私のウエストに回った時、昼間の義父がフラッシュバックして、私は悪寒を覚えました。
「ビアンカ?」
「……」
私は、怒りと嫌悪が爆発しそうになりましたが、堪えきりました。
まだ、警戒させる訳にはいきません。確かな証拠を掴むまでは。
完膚なきまでに、叩くためには。
その夜は、エイブが眠り着くまで、傍らで添い寝しました。
完全に寝息がしたのを確認したして、私は湯を自分で沸かし、深夜に湯浴みを致しました。
森の香りを消し去るために。
嫌悪感と、まだ彼を恋しがる気持ちの両方を持て余して、自分がこれからどうしたいのか、バスタブで考え込んでおりました。
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