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22 地味女 そしてキレる

どやどやと入ってきた、黒メガネと瓶底メガネの男二人。

相変わらず胡散臭い。


平然とタウンゼントが茶でもてなします。流石。


「お二人さん、お変わりないわね。

調べてほしい事があるの」


私は前置きなしに、本題に入りました。


「ロックフォード鉄鉱の調査を

……ひょっとしたら、港の貨物船も調べてもらうかも」

「不正?」

「中抜き?」


勘のいいスタッフです。


「ええ。

だからウザーク。

関与している人物を探して。

直接関与する者だけでなく、その指示を出した者。

その証拠も、押さえて欲しいの」


「大掛かりな不正だとしたら、公爵家は、無事では居られないよ?

いいの?」


アルも、また、

「お前の推察通りなら……

公爵周りなら、諮問会議行き。

他の者なら、背任行為で厳罰。

お家の騒動になるな」


タウンゼントの後ろ姿が、ピクリとしました。


言外に、誰が黒幕か当たりはついていると、私たちは言っているのです。


私は、

「夫が安泰に爵位を次ぐなら、何とでもなるわ。

嫁の私はこの件は、身動き取れないのよ」

と、告げました。


二人は、私の依頼の趣旨をきっちり掴んだ様子でした。


ウザークは、甘い菓子を頬張って、

「君と働けるんなら、いーよ」

と、言ってくれました。


「やってやるよ」

アルがくつくつ笑いました。

「泣き言言ってた小娘が、大きくなったもんだ」


スルーした私は

「くれぐれも内密にね」

と、釘をさしました。


「承知」

と、お茶をぐいぐい飲んで、二人はさっさと帰りました。

合理的というか、コミュ障というか……。


「……彼らは、どうしてビアンカ様をお前呼ばわりするのですか?」

タウンゼントが、少し怒っているのが、声で分かりました。


「許してあげて。

アルは、私が12の頃から、経営と語学を叩き込んだ家庭教師だったの。

ウザークは、私の学友。

法律全般を請け負ってくれているわ。

だから、心安いのよ」

私は苦笑しながら、簡単に彼らの分野を伝えました。


アルは

とんでもない知識の持ち主で、私たち兄妹をスパルタで仕込んだサディスト。


ウザークは

奇跡的な記憶力の持ち主で、周りから浮いていたのですが、浮いた者同士、私たちはウマが合いました。

おかげで陰キャの私も、それなりに楽しい学校生活でしたね。


そして、エマ。

私の腹心 私の片腕。


アル・イーヴォ・ウザーク・エマ


この四人が、

ビアンカ・スタッフなのです。


「ビアンカ様」

タウンゼントが、躊躇しながら、呼びました。


「鉱山の件ですが……」

「貴方に迷惑はかけないわ。

二人で見てきた書類資料で、貴方もうすうす分かっていたでしょう?

これは、

第三者から発覚させてはいけない案件。

そして、ロックフォードそのものの屋台骨を傷つけないための措置だと、考えて頂戴」


タウンゼントには、葛藤があったでしょう。

身内の恥を初対面の男が調査するというのですから。


しかし、彼は、ふ、と息をつき、

「……承知しました。

お心のままに」

と、言ってくれました。







昼は、貴族の淑女とは思えない食事にしました。

肉!

イモ!

チーズ!


「午後から、また本家で奥の修行よ。絶対あのお義母様が、茶をもてなしてくれるはずがないわ。

しっかり栄養とって、出陣よ!」


「奥様、あちらの女中に、手心加えるよう申しますから!」


女中頭が、心配してくれますが、

既に本家の若い使用人は、同情してくれているのです。


敵は、鬼軍曹のサットン夫人。

そして、くそばばあ。


この修行も、長くはないでしょう。

やってやろうじゃないの。



「本日は、書庫の整理から、初めて頂戴」

「はい、お義母様」


書庫。本って、重いのよねえ。

通された、ロックフォード家の書庫は、中々の重厚な部屋でした。


「若奥様。

分類別に、このタウンゼントが整理しておりますから、大丈夫でございますよ」


大タウンゼントは、そういってくれましたが。


見て〜。


ここだけ、地震でもあったの?

しっちゃかめっちゃかに、床に本が散らばって。しかも、上の方とか、分厚い本ばっか。


誰かが、脚立に乗って、上から本をバサバサ落としたに違いありません。


(あいつら)

こんな無邪気な仕打ち、

ババアに、アホ娘が絡んでるなぁ!


くっそ〜、

本が傷むじゃないか。

あの馬鹿娘、公爵家の本がどれほど価値があるか分からないんだな!

カラカラ頭め!


ほらっ、これなんか、初版本だぞ。

こっちは、エラント黎明期の写本じゃんか。


大タウンゼントの分類どおりに、並べ直しをしていると、一冊の本で、手が止まりました。


(あら、オムル国の本)

イングヴァルドの顔が、ぱっと、浮かびます。

そして、林檎が。


林檎はオムルの特産かしら。

そんな事を思いながら、パラパラと開くと

「あら」


銅版画とおぼしき挿絵に目が止まりました。


湖畔のほとりに立つゲストハウス。


(時計のカメオと同じだわ)

ああ、やっぱりあの懐中時計は、オムルの職人作と言うことね。

ストーンカメオも時計も素晴らしい細工だったわ。


贈り物……。

どうしようかしら。

今更エイブに、贈り物なんか、何だか胸がムカムカする。

勿論、まだ、決定的な事実は掴んでないけれど。


「……」


そんな風に物思いをしていると、ふっ、と、生暖かい空気をうなじに感じました。


「……え?」

「一人で、大変だね」


私の背後に接近して立つ男……。

「妻がガミガミと

……こんな細腕で、可哀想に」


さわ、と二の腕をなぞる男……



「お、お義父様」


公爵です!

エイブと同じ、ブラウンの髪に、白い髭。

煙草の匂いがしました。


「やあ、陶器の肌とはこれか。

うなじも、白くて艶やかだ」


「あ、あ、あのっ!」

「大きな声を出さない方がいい。

家人が見たら、お前が恥をかくよ?……おお、このくびれ。

素晴らしく細いウエストだ」


……クソジジイ!

人の身体を服の上からでも、なぞるんじゃねえ!


肘鉄がいいか、回し蹴りがいいか、煮えたぎった腹を理性が押さえつつ、

私の理性は、


ガッターン!

バサバサバサバサ!

ドスン!


と、テーブルと書物をひっくり返すことを選びました。

力を入れすぎて、自分もひっくり返りましたけど。

床は大惨事。


「今の音は!若奥様!

大丈夫ですかっ」


大タウンゼントが、駆けつけました。

が、

テーブルと一緒に床にうずくまる私と、立ちすくむ公爵を交互に見て、無表情になりました。


「……テーブルを倒してしまって」

「わ、わしは、ビアンカを手伝おうと」


大タウンゼントは、ほう、と息を吐き、状況を完璧に掴んだ様子です。


「旦那様、奥様がお呼びです。

若奥様、あちらでお手当てを致しましょう」

と、判断してくれました。


そうか、そうか、と、真っ赤な顔で公爵は出ていきました。


『旦那様の悪い癖です。

ご無事ですか、ビアンカ様』


大陸語で、優しく言ってくれる大タウンゼントに、私は、


『未遂です。あのクソジジイ』

と、答えました。


クソジジイ!

アソコが腐ってしまえ!

息子の妻に、手を出そうなんて、

色ボケもいいとこだわ

地獄に落ちてしまえーっ!


大タウンゼントの計らいで、


「若奥様は、急な御用です。

急ぎ戻らねばなりません。

サットン夫人、奥様には、その旨伝えなさい。

これは、旦那様も承知です。

宜しいですね!」


と、馬車に乗せてくれました。


色ボケクソジジイ!

強欲くそばばあ!

空っぽ娘!




私は一人、馬車の中で、黙ってポロポロ泣きましたが、決して悲しいのでは、ありません。


心底怒っているのです。

このビアンカが怒ったら、どうなるか、見ているがいい!


僅かに残っていた公爵の家族への遠慮は、今や瓦解しました。


私は、粛々と、復讐を行うことを誓いました。

後ろめたさは、綺麗サッパリ、消え失せたのでした。






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