表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/73

20 地味女 遭遇する


ブクマ、評価ありがとうございます!

励みになります。

頑張れビアンカ

男爵は、ロズベルと名乗りました。

下位の爵位の者が、公共の場で先に声をかけるなんて、無作法ですが、兄もさほど気にかけてはいない様子でした。


「先日の契約は、如何でしたか」

「ああ、不足ない。

新規ルートだが、デュラックは今後も継続していく予定だよ」

「それは、何より」


あー、商売の繋がりでしたか。

成程、それは、対等ですよね。


そんなことより!


男爵の傍らの、女ですよ。

見れば見るほど、女スパイじゃないですか。

私は、ホールを見回しました。エイブの姿は見当たりません。

良かった。


「男。こっちの女は、誰だ」

イングヴァルド王子が、鷹揚に割り込みます。

男爵は、ちょっとまごつきましたが、上質な服装の王子に、貴人だと察したらしく、


「遅れました。

これは、私の、妻の、フローラです」

妻、に、力を込めました。

そうですね。娘、といってもいいくらいの見た目ですからね。


フローラは、ニコリと微笑み、淑女の礼をとりました。

そして、頬にかかったひと房の髪を耳にかけ、ふわりとした柔らかな、そして人懐こそうな表情と、猫のような目で、兄と王子に向き合いました。


この笑顔。やっぱり女スパイです。


「フローラにございます。

以後、お見知り置きを」


「妻は、私の自慢でしてな。

嫁いで5年ですが、こうして連れ歩くのが楽しみで仕方がないのですよ」


あー、この年の差、男爵、

若い妻


(ということは、元婚約者、ね)


老婦人の話の通りの夫妻に、真逆早くもお目にかかれるとは。


カフェでのイチャイチャは、どうやらスパイの猿芝居では無かったようです。

エイブ。

黒です。


私の視線に、彼女はちょっと横目で見遣り、

ふ、と小さな息を漏らしました。


苛。


殿方には分からない、女の瞬時の格付け。地味女になってから4年。

こんな場面はしょっちゅうです。

それでも、女スパイにやられると、いつもとは違う衝動に、かられます。


今この場で、髪を解きたい。

眼鏡をとり、前髪をかきあげて、女に顎をしゃくりあげて、

アメジストの瞳を細めて、

女と同じ吐息を漏らしてやりたい。


女としてお前より上だと

マウントをとってやりたい!



そんな私の動揺をどうして王子は、悟ったのでしょう。


『デュラック。商売の話なら、

オレは妹と先に戻る。いいな』

と、返事を待たずに私の肩を抱いて、階上へと伴いました。


……王子?


王子は、まっすぐ前を見ながら、私に北の言葉で言いました。


『ビアンカ。あの女は腹黒い』

『え?』

『お前を優越的な目で見ていた。

あれはお前を値踏みしていた。

ああいう女は、利己的で欲張りで、そのくせ計算高い』

『……』


この王子。

あれだけの時間で、そこまで。


ボックス席に戻ると、王子は私を座らせて、向き合いました。


『お前は泣きそうだったが、あんな女に涙を出すな、勿体ない』

『王子殿下』

『イングヴァルド、だ。

ビアンカ。

お前は、オレの名を呼べ。

お前はいい女だ。

あんな女より、格段に』


私は意外にも、神経が細やかな王子の言葉に驚きました。

大兄様ですら、私の変化に気が付かなかったのに。それだけ気を張っていたのに。


〈もうすぐ第二部開幕でございます〉


お触れとチャイムが鳴り、兄が戻って来た時、私はいつものビアンカでした。

(すまん。王子とは、大丈夫か)

(紳士でしたわ)


私と兄が囁きあうのを王子は少し離れて見ていました。


イングヴァルド・オムル第二王子。


彼との出会いは、このような次第でございました。




王宮に戻ると、兄は王子と馬車を降りました。

「ビアンカ、いつでも帰っていいんだよ帰っておいで帰ろう帰りなさい帰……」「アレックス兄様!」


私は兄の言葉を遮って、告げました。

「父との約束です。

それに、事は私だけの範疇(はんちゅう)を超えております。

私の家は、今や公爵別邸なのですわ」


兄は、

(なんと立派な……)

と、また私の賛辞を増やしたようですが、

「例え繁忙期で、夫が帰らずとも、私はしっかり家を守ります」

と、言うと、眉間にシワを作りました。


「……帰らない?」

「ええ。中の宮で寝泊まりを」

「……」


返答のない兄に

『腹が減った。デュラック、東宮へ戻るぞ』

と、王子が声を掛けました。


そんな二人に、私は、

「今宵はありがとうございました。では、お休みなさいませ」

と、挨拶し、馬車に戻りました。


家に戻ると、タウンゼントが

「旦那様から、心遣い感謝すると、知らせがございました」

と、言いました。

良かった。

夫は、詰所に戻ったのですね。


エマも、戻っておりました。


「首尾は?」

「裏がとれました。

……矢張り男爵夫人です」

「そう。

今夜、その方にお会いしたわ。

フローラ・ロズベル男爵夫人」


え、という表情のエマに、

「疲れたわ。

報告は、明日でも良いかしら」

と、告げると、


「承知しました」

と、下がりました。


疲れました。でも。


現状を整理しなくてはなりません。


夫の仕事は、本当。

でも、その忙しい中、昨日の白昼、人妻と逢っていたのも、事実。


人妻は、かつての婚約者。

(デュラック家と聞いて、私の素性を察したに違いないわ、あの表情は)


であれば、

どこまでの仲か、

それによって、こちらの対応も変わってきます。


お茶の逢い引き程度なのか。

一線を超えているのか。


そして、

(ビアンカ。

貴女、夫の愛人を許せる?)


そうです。

貴族の愛人なぞ、一昔前は、当たり前でした。王家は、先代まで側室制度がありましたし。

かえって、裕福な殿方にとって、愛人を持つのは、ステイタスだったのです。


同様に、裕福な夫人も、若い才能ある男のパトロネスになることもありました。未亡人は、公然の関係でしたし、夫がある夫人は、秘密の恋に走る方もいらっしゃいました。


けれど、現王は、庶民同様、一夫一妻制度を敷きました。

戸籍の整備が、税制改革に不可欠だったこともあって、氏素性を明らかにする今は、愛人や不倫など、倫理に反する行為と見なされます。


それでも、殿方の浮気は、多少多めに許されました。

発覚しても、夫人は、謝罪を受けてそれでおしまい。

何ら罪に問われるわけでは、ございません。


多分エイブが真っ黒だとしても、公爵家は

(違う料理を食べたとて、何だというのか)

と、言うでしょう。

結婚し、一家をなし、妻さえ、黙っていれば。


妻さえ、ね。


そんな考えをグルグル回していると、寝室の扉を叩く音がしました。


「ビアンカ様。

王宮より使いがまいりまして、

贈り物を奥様に、と」

と、エマの声です。


入るように言うと、けげんな表情のエマが、箱を抱えて来ます。


「それ、何?」

「タウンゼントが応対したのですが……カードかこちらに。

中身は、食べ物だと」


カードを開くと、

「あら」

『今日のお礼だ。

また王宮にこい。

イングヴァルド』


とのメッセージ。


どんだけ俺様なのよ、と思いながら、エマに箱を開けさせると、

「あら、林檎?」

と、呟いて、取り出しました。


真っ赤な、艶やかな、林檎。


私は、思わず声に出して笑いました。

心がすっと、軽くなり、何故か華やいだ気分が湧くのを感じました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ