2 地味女への求婚
「よくいらっしゃいましたね」
春の微笑みに出迎えられた私が見たのは、玄関ホールの大鏡。
そこに映り込む私。
茶色の素っ気ないドレスに、ひっつめたお団子頭と鼻眼鏡。
形の良い額を出すな、と、前髪をバサッと下ろした斬新な髪型のおかげで、せっかくのアメジストの目が映えません。
あの提案の日以来、
兄達は、執拗に、私の外見の長所を消すのに懸命になりました。
それで、出来上がった、もっさり地味な陰キャ女。それが、鏡の私。
こんななりなのに、春の笑顔は、変わらない……
エイブ……
エイブラハム・ロックフォード様……♡
15で恋して、片思いを抱えて4年。
変わらない求婚に、両家当主の協議がなされ、
父が折れ、
今日初めての顔合わせとなりました。
長かった……。
家族との契約により、私は復学した学校で、
〈陰キャの地味令嬢〉
なる二つ名を頂きました。
単に見てくれが、そうなった、というのと、
名家の令嬢なのに、良妻賢母を目指すフィニッシングコースではなく、
ガリガリ勉強の学部へ進んだからです。
成人したら、私は領主となります。しかも貿易港。
知っておくべき事は山ほどありました。
なにせ、この身なりで、もしももしも、家族のお眼鏡にかなう男性が現れなかったら、
私は一生独身で、家庭をもつ長兄が住む屋敷には居られず、
小さく生きて行かなくてはなりません。
今の生活レベルを保つには、私は領主として独立する他ありません。
だから、必死でした。
おかげで、華やいだ乙女の暮らしからかけ離れた地味女は、学ぶだけ学んで、恋人も掴まずに卒業。
そして、19の今、
婚活に明け暮れ、夜会に皆勤賞。
けれど、地味女の社交界再デビューは、妖精姫を叩き割り、
申し込む男は、居ませんでした。
唯一、ロックフォード様を除いては。
「ビアンカ嬢、卒業されてから、何をなさっていますか?」
ああ。
好き♡
この声も笑顔も……
とは言っても、ほやほやしてはいられない。
エイブラハム様をゲットしなくては!
「……家の事を。
母を早くに亡くしておりますので、女は私だけなのです」
「そうでしたか。
こんなにお若いのに、奥方様の代わりを」
「……父には、お褒め頂いております」
ちょっと女力アピール。
この成りだと、それしかないしねー
まさか次期当主として、日々書類に埋もれております、とは答えられません。
それよりエイブラハム様♡
こんな身なりの私に、優しいの。
ちゃんとエスコートして下さって、この季節、一番気持ちの良い場所ですから、と、庭にセッティングしたテーブルと椅子にいざなって下さって。
ニコニコと、私の話を聞いて下さって。
この姿になってから初めて、私を「女の子扱い」してくれる人。
「ここは私の屋敷なのですよ。
成人して、こちらを相続しました。
結婚したら、ここに住むつもりです。
ゆくゆく父が引退すれば、母屋に住む必要があるでしょうが、それまでは、ね」
ね、ねっ、て……
いやーん、私におっしゃっているの?ここに、二人で、って?
ああ
好き♡
家に送って下さった彼は、そわそわ待っていた私の父に、
「どうか、お嬢様に求婚する権利を私に頂きたい」
と、懇願して下さった!
素敵……ステキステキ!
「娘は病で、このような醜女となった。肩書き以外に惹かれる所なぞない娘の、何処がいいのだ?」
父は、威嚇する虎のような迫力で、低い声を響かせました。
兄達は、じいいっと、睨んでいます。
凄い。エイブラハム様。
この空気の中で、ニコニコしているの!
「ビアンカ嬢は、所作が美しい。
エスコートさせて頂く時の手や、ドレス捌き、紅茶を嗜む姿勢、
育ちの良さは、隠しようがありません」
まぁっ♡
「……それは、暗に、妹の外見は美しくないと認めているのかな?」
お兄様……
「人は外見ではありません。
ですが、育ちは、その人を作った環境や教養が滲み出るもの。
私は、そう思います」
父は、随分唸っていらしたけど、
「……明日、公爵閣下にお目見えしよう」
と、言って下さった!
「「「父上っ!」」」
兄達の叫びは、父のひと睨みに封印された。
「閣下の許諾の後、娘には求婚を許そう。
……いいのか?
陰キャの地味女だぞ?」
「勿論です」
と、言うわけで、
トントン拍子に、エイブラハム様と私の婚約と、なったのです!
世間は、
(持参金目当て)
(ゲテモノ喰い)
(金を積んで、娘を売った)
などなど、訴えるレベルの悪口が、私にまで聞こえたけれど、その頃の私は、脳内お花畑。
「ビアンカ。
公爵家は、歴史と家名だけで、今や家を立てて行くだけの資産が乏しいらしい」
「あそこの奥方は、俗人で噂好き。伯母上が忌み嫌っていたぞ。
ビアンカが虐められたら……」
「私の許嫁のエリスがさ、公爵令嬢と同年なんだけど、あまりいい事言わないよ?ビアンカ、止めといた方が良くない?」
兄達は、あれこれ引き止めるけど、初恋を実らせた私は無敵。
しかも地味女のままで。
「お父様!
エイブ様こそが、求めていた殿方ではありませんか?
こんな身なりの私を受け入れるどころか、褒めて下さるのです!
私の中身を愛して下さる方ですわ」
私は父にキラキラお願いのポーズをした。
(だから、元に戻して。
綺麗な私も、エイブ様に見て頂きたいの!)
父は、私と同じアメジストの瞳をギラッとさせて、
頭を横に振りました。
「ビアンカ」
驚く私に、父は静かに、
「世間が何と噂しているか承知だな?
兄達はお前には愚かだが、聞き入れてくるのは、多分真実だろう。
まこと、エイブラハムが、お前の中身に惹かれて妻にするのか、私は見届けねばならん」
「それって……お父様、私に、まだこんな変装をして、エイブ様と暮らせと仰るの?
エイブ様を騙して、何になるの?
あの方の誠実を裏切れと?」
酷い。酷すぎる。
私は怒りと共に、涙が溢れました。
「では、やめるか、結婚を」
「え?」
「お前が美しく変身すれば、あやつは喜ぶだろうな。
お前を褒めそやし、妻にした喜びに浸るだろうな。
だが、それは、本当に、お前の幸せか?」
「……」
「私は見極めなくてはならん。
あの男は、見事、お前を籠絡した。
私や兄達が、反論できない態度で、お前を求めた。
……しかし、あの家の資産や現状を考えると、素直に、愛娘を渡して良いものか、と、迷っておる」
兄達も、頷きます。
「だったら、余計、元の姿に。
そうすれば、そうすれば、エイブ様は、私を可愛がって下さるわ!」
「ビアンカ」
長兄が、涙を流す私に、ハンケチをくれます。
「男ってね……飽きるんだよ。
どんな絶世の美女でも、外見だけなら、それこそ3日で」
「馬、鹿っ、兄上っ!
ビアンカがびっくりしているじゃないか。
ビアンカ、君が見てくれだけの女じゃない事は、私たちが知ってる。
地味な君も、私の誇りだ。
……父上は、多分、君じゃなくて、エイブラハムを試したいんだと思うよ?」
末兄が、優しく言ってくれる。
「世間の噂を払拭して、君を慈しんでくれれば、父上は彼を認めるよ。
だから、結婚しても、しばらくはこのまの姿で過ごしてみようよ」
「彼、怒るわ……こんな」
「うん。
人を試すなんて、酷い話だ。
でもね。
君を不幸にするような奴は、私たちは許さない」
次兄は、静かに、けれど厳しい口調で告げました。
「エイブラハムが、私たちのように、ビアンカを愛せるか
いや、私たち以上に。
そのための継続だと思って欲しい」
この父と兄達が、ここまで言っていては、天と地がひっくり返っても、翻ることはないでしょう。
次期領主といえど、私も貴族の娘。
家族の男衆が決めたことに従わなくてはならないのです。
「いつ、までですか?
エイブ様の真心を試すのは」
お父様は、伸びたあごひげをシャリシャリしながら、ううむ、と、考え出しました。
ノープランだったの?……ったく。
「じゃ、一年!」
末兄が叫ぶ。
「結婚式から一年。
一年後のその日に、ビアンカが幸せだったら、真の姿に戻ろう。
なに、里帰りして、謎の病に罹ったら、あらら容貌が〜、ってな感じで」
そんな無茶な。
長兄が、静かに言った事で、この場は収まりました。
「その時は、私がエイブラハムに真実を告げよう。
本当にビアンカと添い遂げる男なら、我々の卑怯な図りごとも、許してくれるだろう。
なに、彼にぶたれても踏まれても、私が説得するよ」
と、言うわけで、私は不本意ながらも、陰キャの地味女でウエディングドレスを着ることになったのです。
サクサクとざまぁは出来ませんが、
暫しお付き合いくださいっ。
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