18 地味女 夫の過去を知る
サウザンド様の茶会で、老夫人とお会いしましたので、
そのまま、早めの散会のあと、別邸にお連れしました。
傍系の奥様は、古い自鳴琴を持参なさって下さって、
タウンゼントは、そっとネジを巻き、鳴らしてくれました。
「……ロックフォードの、古謡でしょうか」
夫人は、上品な笑顔で、
「そうですわ。
ビアンカさん、貴女、本当に知識が豊かね」
と、お褒め下さいました。
うふ。予習したのです。
このご夫人に会うときは、ロックフォードについて、予習復習して、臨みます。
今や、傍系、つまり、公爵閣下の従兄弟筋は、このご夫人のおかげで、私をお認め下さっています。
領地に踏み込まないと、経理や経営状況は把握出来ませんからね。太いパイプが必要です。
「エイブの事?そうねえ」
私は、
(愛しい夫をもっと知りたいのです♡)
というポーズで、話をエイブの方に向かわせました。
小さい時のこと。
領地でのこと。
話があちこち跳んで、おかげで、あったことの無いエイブの又従兄弟の事まで、物知りになりましたが、
私の忍耐は、底なしです。
「で、彼のたっての望みで、婚約話が出たのだそうよ」
……来ました。
やっと、本筋です。
夫人の話によると
エイブが中等部に進学した時、出会った少女に、一目惚れ。
二人で、あっという間に、盛り上がったそうで。
勿論、幼い二人の恋ですから、純愛なのですが、エイブは、
(婚約したい!)
と、父上に懇願したそうで。
お相手は、フラジア家の末娘。
フラジア家は、男爵家。
しかも、領地なしの爵位のみの官僚。
お世辞にも、豊かとは言えない下位貴族でした。
お義母様は、烈火の如く
『身分違い!財産狙い!』
と、シュプレヒコール
(目に浮かぶわ)
フレジア家への意地悪と誹謗中傷を繰り広げました。
それでも折れない二人は、神殿で勝手に婚約を誓ってしまいました。
神父様の前で誓ってしまったら、王であろうと、すぐに反故にはできません。
幼い恋とはいえ、公爵閣下と男爵は、二人を認めざるを得なくなりました。男爵は、してやったり、でしたでしょうが。
しかし、面白くないのが、お義母様。
私のように、潤沢な持参金と、家柄で、我が家の格を上げ資産を減らさない嫁が必要なのに、
フレジア家では、真逆です。
全て、支度してあげなければならない婚約者を疎ましく思います。
「それでね、貴女、3年後公爵家は動いたの」
何を、と、思われるでしょ?
無論、婚約破棄です。
立ち会った神父の、無いこと無いこと醜聞を立て、神父の位剥奪を致しました。
そして、
(エセ神父が承認した婚約等、まかりならん)
と、白紙にしたのです。
この時には、エイブも、お家の事情や世間を見聞して、
母親の洗脳に流される状態だったそうで。
相応の金のやり取りで、二人は、別れました。
「それでね、フレジア家の娘さんは、18の歳に、結構裕福な中年男爵に、嫁いだそうよ。
男爵は、商売があたってね、
金で美女を買った、なんて、噂が立ったわ。
そうよ。
フレジア家のお嬢さんは、お綺麗な人だったわ」
夫人は、結構踏み込んだ所まで、お話下さいました。
「金髪に碧い目。柔らかい微笑みが素敵な美少女だったわね」
おや。
金髪、碧眼。
カフェの女スパイと、同じなのでしょうか。
「でも、ねえ。
貴女のような淑女が嫁いだのだから、私たちにとっては、破棄して良かったわ。
そこだけは、エイブを褒めてあげるわ」
「ま、痛み入ります」
私たちは、くすくす笑いあって、
楽しい時間だったわ!と、お別れしました。
ふーん。
ふーんふーん。
エイブの初恋は、未だに引きずってたってことでしょうか。
それとも、焼け棒杭に、火がついたって、やつでしょうか。
いずれにせよ、どっちも既婚者の身ですよ。
ダブル不倫って奴です。
いえ、まだ、その初恋の君かどうか、不確定ですからね。
これは、精査しないといけませんね。
「エマ」
「承知しました」
面通しできるのは、彼女だけですからね。骨を折って貰いましょう。
「タウンゼント。
オペラには、宮廷から兄を拾って行く事にします。
兄に、先触れを出しておいて。
それから、料理長にチキンと、サンドイッチと、ワインを20人分用意させて」
私は、夕刻、エイブの部署に、差し入れを自らしようと思いつきました。
新妻が大変な夫と同僚を労う、というのは、美談でしょ?
アリバイを確認に、行くんですけど笑
どんな成り行きになっても、私は受け止めなくてはなりません。
そして、対応策を練らなくては、ならない。
私はビアンカなのだから!
夕刻。
大きな太陽が、城壁を照らす頃に、私は王宮の、中の宮を訪ねました。
先触れが効いて、すんなり通して頂けました。
王宮の宮務官は、南の宮と中の宮で働きます。
アレックス……上の兄様は、既に議員となりましたので、南の宮に居るはずですが、
先に夫の所在を明らかにしなければ、ね。
「いつもお世話になっております。ロックフォードの妻にございます。以後、お見知り置き下さいまし」
私は、宮務官室の、最も格上と思われる白い髭の紳士にご挨拶しました。
「おお、貴女がビアンカさんですか。
ロックフォードから、よく惚気を聞きますぞ。
デュラック侯爵の宝を頂いたのだから、当然のことですがな!」
惚気。
まさか、お義父様に言った内容と、同じじゃないでしょうね……
もし、そうなら、締めますよ、エイブ。
「勿体ないお言葉、ありがとうございます。
本日は、詰めている夫の着替えと、
皆様に差し入れをと思いまして。
お口に合えばよろしいのですが」
従者に運ばせた紙箱からは、美味しそうなチキンの匂いが立っています。
その部屋の方々は、口々に
おおーっ!いやあ!
嬉しいですっ!
ペコペコでしたーっ!
と、歓声をあげて下さいました。
「なんと、気働きの……
流石に賢夫人、才女と、誉高い方だ!」
「皆様お疲れでございましょう。
口当たりの良いワインもございますから、何卒お休み下さいまし」
ワイン、と聞いて、また皆さんの
おおーっ!
という声が上がります。
よしよし。
「で、あの……主人は?」
「あ、ああ。
ロックフォードは、今……
おい、ロックフォードは、今何処だ?」
紳士は、若い方に尋ねます。
「彼は、午後、外回りをしています」
「そうか、そうだったな。
奥方、彼が戻ったら、貴女に連絡するよう計らいましょう。
ご厚意、お礼申し上げます」
「いいえ、そんな。
ご多忙中、お時間頂き、ありがとうございました」
私は従者とともに、退室しました。
なんか、ね。
外回り、ね。
(限りなくグレーだわね)
さて。
南の宮に参りましょう。
中の宮からの廻廊を進んでいると、
何やら気配がしました。
(あ!)
ひゅっ、という空気の音に、体が反応して、
私は、パシッと、顔の前で受け止めました。
「誰?」
「奥様っ」
従者が慌てて、私の前を塞ぎます。
手の中の冷たい丸い物は……
(林檎?)
『やあ、お見事』
廻廊の中庭が、ガサガサ言って、
樹木から降りてきた、男性。
珍しい。北の言語。
従者の肩越しから、垣間見えた男は、漆黒の長髪に銀の瞳をした異国の人でした。
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