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16 地味女 現実逃避する

エイブです。


ブラウンの髪も瞳も、どこにでもいますが、

仕立ての良いシルバーグレーのジャケットは、嫁ぐ時、私が仕立て屋で作った品ですし、

何より、あの、柔らかな陽だまりのような笑顔


あの、安らぐ笑顔を


向かいの女に向けているエイブ


(お嬢様)

私は、目を固く閉じて、今見たモノを打ち消そうと、懸命になりました。


背中合わせのボックスで、クッションの良い椅子に深くもたれると、背後から、二人の会話が、僅かに聞こえます。


ああ、この声。

エイブ……


仕事だって、宮廷だって、

言ったわ。

4日は、かかるって。


どうして、こんな街中で、

いいえ、女と

向かい合っているの?


同僚の女性宮官なの?

もしかして、貴方は、実は間諜で、

女スパイと潜入捜査だとか?


そんな馬鹿な妄想に逃げていると、後ろの会話が、甘くなりました。


(……だ……おかげで君に)

(悪い人ね)

(私が?君が?)

(……二人ね)

(罪は甘露だ、そうだろう?)

(罪だなんて、思って無いくせに)


いいえ。

いいえ、きっと、女スパイと、逢い引き設定で、何処かの悪の組織を偵察してるんだわ。

今にきっと、このカフェに、覆面の黒づくめがドヤドヤと……


(お嬢様!お気を確かに!)


エマが、耳元で囁きながら、叱咤激励しています。

グラスのお水を勧められて、私は少し喉を潤しました。


『ありがとう』


私は敢えて、外つ国の言語を使いました。夫は、知らないはずです。


『私が、偵察に行きますか?』

エマのスキルは底なしですね。

流暢な外つ国語で、聞きました。

『貴女じゃ、身バレするわ』

そう返して、私はグラスをむんずと掴み、

ゴクゴクと、水を飲み干しました。


『どうなさるおつもりです!』

すっくと立った私に、エマが珍しく動揺しています。

その様子で、逆に私の頭が冷えてきました。


まずは、女スパイの顔をみてやろうじゃない。


私はポシェットからハンケチを取り出して、


『あら!』

と、わざとらしい声を上げました。


そして、通路からエイブ達のボックスに近寄って、

『失礼。このハンケチは、貴女のでは、ございませんか?』

と、

ニッコリと微笑んで、両手でハンケチを差し出しました。


「……え」

通路から見て、左にエイブ。右に女。

突然現れた、外国人らしき私に、戸惑う二人。


シルバーグレーのジャケットとレースのジャボ、は、

確かに私の見立ての……

エイブ。

何で変装してないの?悪の組織に身バレしちゃうわよ?


そして、右手の淑女。


結い上げて、巻いた金髪。

青い瞳。

形良い鼻梁と唇。

薄桃の上品なドレス。

レースの手袋。


一目で分かるくらい、可愛い感じの若い女性。おそらく貴族。


私は、微笑みを崩さずに、ハンケチを差し出したまま、反応を待ちました。


「……申し訳ございませんが、私の持ち物ではございませんわ」


『?』

私は外つ国人として、言葉が分からないフリをしました。


「おじょうさん。

それは、

この人の

ものでは、ありませんよ」


エイブがニッコリと、ゆっくり言いました。


この笑顔。

くしゅっと、エクボができる笑顔。

私は今、彼の知らない女。


混乱が私の中で暴れて、女の可憐さと、夫の無邪気さに、私の頭は、沸騰していました。


『ねえ、何の捻りもなく、すっぴんでこんな所に居るって、

何らやましさは、ないのよね?

でも、今の会話は、ちょっと、ざーとらしいわよ?

覆面調査なら、眼鏡かカツラか、服装とか、もうちょっとは、捻らなくちゃ!

ほら、普段の私みたいに!

悪の組織が来ちゃうわよ、ほらほらー!』


ペラペラと、まくし立てる私に、外つ国語が分からない二人は、唖然としつつも、少し困った表情を浮かべ始めました。


『なあに、丸腰なの貴方。もしも私が悪の組織の女だったら今頃命はないのよそちらのお綺麗な女の人が短銃でももってるっていうのかしらそしたらそちらの女の人は宮官ではないということかしらそもそも宮務官僚の貴方がそんな危険な任務になるってどういう上司なのかしらそれに』

『お嬢様!お止め下さい!』


私は背後から回り込んで、間に割り入ったエマに、口を覆われました。

エマは、私がまくし立てる間に、エマは、ベールを被って素性を隠していました。



「申し訳ありません!連れは、外つ国の方で、言葉が分からないのです。ちょっと考え違いをしているみたいで……失礼しました」


エイブは、成程、と呟いて、ニコッと微笑み、

「そうですか。では、それは彼女のものでないと、お伝え下さい」

と、言いました。


「お広いお心、感謝します。

お邪魔しましたわ」

エマは、人形のような私を促して、カフェの出入口に向かいました。


「凄い美女ね。外つ国人って」

「君も綺麗だよ」

「馬鹿ね」


そんな会話が、私達の背中から聞こえました。


え……

黒づくめは、襲撃しないのかしら。

ああ、このカフェの店長が、実は悪の手先で……


(ビアンカ様、気を確かに)

いえいえ。


女スパイじゃないなら、役人よね。


カフェなんて所に来たことがないエイブを面白がって、女性宮官が連れてきてくれたのよ。

恋人のフリをすれば、恥ずかしくないでしょう?って、事で、

ただ今絶賛お芝居中!とか。


あ、そうよね!

きっとそう、多分そう、かなりそう……


カフェの外には、従者が私達を待っていました。


「……食事は屋敷でいたしましょう。辻馬車を拾って下さい」


エマは、私を抱いたまま、従者に指示を出しました。


辻馬車の中で、私は、我知らず、ポロボロと涙を流していました。

「馬鹿をしました……」


エマは、私をギュッと抱いて、

「大方、あれは旦那様の任務だとなさりたかったんですね。

見事な現実逃避でした。

相変わらず、貴女は、ねんねのまんまですねぇ……」

と、先程のハンケチで頬をぬぐってくれました。




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