15 地味女 街に出る
翌朝は、すっかり元気に目覚めました。
いい気分!お腹すいたー。
「全くこの方は……
お父上との賭けに負けて、領地を頂けなくても、例え、一文無しに落ちても、どこででも働けますよ。
こんな貴族の淑女がどこにいるでしょうねえ」
エマ、褒めてません。
でも、恐らく、本家の女中に紛れても、ひと月位は、やれるんじゃないですかねー。
それより。
魔の二日目が終わって、お腹も痛くないし、
天気はいいし、
夫はいないし、
訪問者の予定はないし、
本家に行かなくていいし、
茶会の招待も、ない。
こういう日は!
「エマ」
「よろしゅうございます」
私は、励まし隊に、沐浴の用意をさせました。
さっぱりした後は……
「まあっ!ビアンカ様っ」
「なんと、まあ……」
「す、て、きですわ。
凄いですわ
はあぁぁ……」
興奮する励まし隊にお披露目です。
そう!
素のビアンカで、ございます。
お忘れかもしれませんが、私は美人です。
エマの技により、今日のテーマは、『ラベンダー乙女』。
自慢の銀髪は、大きなウエーブにし、銀のカチューシャで前髪を上げて、くるくる巻き毛を垂らしています。
グラデーションの髪は、先端へ行くほど、銀と紫が重なって、陽の光にキラキラします。
今日のドレスは、淡いラベンダー色にしました。同色の帽子には、レースで少し顔を隠すデザインのを選びました。上品で、銀髪にとても合います。
「見れば見る程、お美しい」
「大陸一と言われる、アズーナの王妃殿下も、かすみますわ」
うふふん。
もっと言ってもっと言って♪
日頃の地味女のストレスを発散しなくっちゃ!
あー、久しぶりの、おめかしっ。
久しぶりの『変装』です。
あ、いえ、こっちが本当なんですが、何せ地味歴が長いので。
うふ。
もう、人妻なのですが、たまにはぶりっ子も、いいでしょう。
「ではっ、私、お出かけして参りマース」
「「「えっ?ビアンカ様?」」」
エマは、
「お忍びですよっ!
お分かりですね、いいですね?」
と、言いつつ、
自分もカツラを被って、ついてくる気満々です。
「お義母様とか、イライザが突撃してきたら、害虫駆除で家には入れません、とでも、言っておいてー。
皆さんも、日中は、お休みしてねー」
「「「行ってらっしゃいませ」」」
私は、エマと従者と共に、馬車に乗り込みました。
お出かけお出かけ!
しかも、今の私は、公爵家の新妻のビアンカでは、ございません。
ウキウキです。額に風を感じるなんて、久しぶりです。
眼鏡なしのすっぴんです。
エラントの王都は、マロニエの並木にピンクの花が可憐に咲いて揺れています。
中央広場で、馬車を返し、従者とエマと三人で、雑踏に混じりました。
「おっ、べっぴんさん
クレープはどうだい?」
「ホントだ、美人さんだねえ!
こっちの花、買っとくれ。アンタに似合うよっ」
広場のオジサンが、冷やかします。
気をよくした私は、クレープは従者に、小さなブーケはエマにあげました。
行き交う人が、ちらちら私を見ます。貴族の娘と判じるらしく、不躾な方は、居ませんが。
この国は、とんがった市民がかつて蜂起しかけて以来、王の改革で、割と平民と貴族の仕切りが緩くなりました。市民生活に活気が出、貴族もこんな風に、街を気楽に楽しむようになりました。
貴族も、街で横紙破りな事は滅多にしません。王都警察は、身分に忖度しない独立した組織ですからね。
ドナドナされちゃった貴族は、恥をかきます。
『下賎が!このワタクシに気安く話しかけるんじゃないわ!』
なんてのは、時代錯誤です。
いわゆる悪役令嬢が、平民の子女をバカにするなんて、お芝居以外、実際は
……イライザくらいじゃないですか?やらかせるの 笑
宮廷でも、
貴族でもボンクラだと出世できないし、
平民でも能力次第では、政治に参画できる社会の仕組みになったのです。
辛うじて、領地を持つもの持たざる者、の境は歴然とあって。
だから、領地のない貴族だと、裕福な平民に頭を下げるなんて場合もあります。
金でも土地でも、資産を持つ者が強いのです。
だから、私は分領にこだわるのです。
ともあれ、こうやって、従者さえ付ければ、私のような若い女も、闊歩できる位、治安と秩序が王都には、あります。
で。
今日はエマもいるので、思う様、わがままお買い物です!
「お嬢様
何処から行きますか」
「マルシェから!
骨董市も回りたいし、
泥棒市場も行きたいわ」
「妙に目利きして、掘り出し物見つけちゃダメですよ」
何言ってるの。
いいモノ値切り交渉するのが、楽しいんじゃなあい〜。
私は、小娘を誤魔化そうとするオジサンおばさんと、楽しく駆け引きして、雑貨や小物を買い付けました。
「お嬢さん、あんまり来るなよな!」
と、苦笑いで言われながら、冷やかし、終了〜。
途中、食材市場も回ったので、小腹も満たしたし。
「次は、本屋」
印刷技術が発達して、書籍が般化してきたのが、嬉しいですね。
「それから、時計屋ね」
エイブに、贈り物をしたいな、と、思っていましたので。
丁度、表面に湖のほとりのゲストハウスを彫刻したカメオが埋め込まれた、懐中時計が、目に留まりました。
素敵。
青のカメオと、ピンクのカメオ。
夫婦で、懐に忍ばせる、愛♡
即座に、対で置かれたそれを購入。
フタ裏に、私達のイニシャルを彫り込んでもらうのを待っている間、店主とお茶をして、世間話をしておりました。
この頃は、高価な時計が捌けるとの事。大陸の貿易が良好で、景気の良さを感じる、と。
こういう職人物は、北方の国オムルからだ、とか。
今まで交易が疎だった所とも、繋がりを強くしてるのですね。勉強になりました。
さて、通りに戻ると、すっかり日が暮れてました。
「ね、エマ」
「……たまには、良いですよ」
やた!
外食が出来ますよー。
評判のレストランを所望しましたら、従者が予約できるか交渉に行ってくれました。三名ですよ、三名。
外もなんだし、カフェで待つ事にしたのですが、
……入らない方が良かったですね。
(……!!)
奥のボックス席に案内されたのですが、手前のボックス席にいるカップルの前を通り過ぎるとき、
鳥肌がたちました。
心臓が跳ねて、手足が冷たくなります。
(お嬢様)
エマが、さっ、と手を出してくれたので、割と自然に腰掛ける事が出来たかと、思います。
カップルは、気がついていないでしょう。
勿論、今は、素の私ですし。
(お嬢様、あれは)
ええ、そう。
そうよ、エマ。
カフェで親密に顔を寄せていた二人のうち、男性は私がよく知っている人。
エイブでした。
お付き合い頂いてますでしょうか。
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