10 地味女の姑 再来
「ビアンカさん、貴女、茶会を開催するんですってー?」
早速、お義母様がお越しになりました。
「ロックフォードの名に恥じない会にするのよ!
貴女、茶会なんて、学生のひょっことか、未婚の同じようなくらーい女の子同士とか、の、うちわの会しか、催してないでしょお〜
ほーほほほ!
私が、イロハから、教えてさしあげるわ!」
「はい、お義母様
よろしくお願いします」
夫人は、ウキウキです。
長々と、そもそもロックフォード流とはぁ〜〜
と、講釈を始めました。
私はもちろん
「まあ」
「はいっ」
「勉強になります」
の3パターンをランダムに返し、メモを取るふりをしつつ
大陸語で、夫人の悪口を書きなぐっていました。
『ケバケバババア〜
金かけりゃいいってもんじゃ、ねーんだよ
アンタのは、流行りを偽装してるけど、30年ほど、センスが古い!
はいはい、王妃殿下に褒められました、って、
そのクダリ、3回目じゃん。
どんだけ成功体験少ないのぉ?
所々、あなたのような地味な、だの、
実家のような成金は、だの、
挟んでくるなよな、あ?
今日の出で立ちと同じだなぁ、え?
この季節にゴブラン織りのデカいバックはありえんわー
そして、目も覚めて潰れる、その真っ赤なドレス!
女は嫁がくると対抗するって
ホントだな〜
こんな地味女にも、マウントか?
は?』
自慢話が4回目のターンに差し掛かりましたので、私は手帳をパタンと閉じて、鼻眼鏡をつい、と上げ、
済ました顔で、
「お義母様。よいお話を本当にありがとうございました!」
と、礼を述べました。
腰を折られたタイミングが絶妙だったので、姑はそれ以上言えなくなって、
「……そうね。
一度に言っても、貴女には、理解出来ないわよね。
やっぱり一度実践してみないとね」
と、レクチャー終了を告げました。
やったー。
この機を見はらかって、タウンゼントが違う茶葉で新しいカップを差し出してくれました。
「……おお、流石は小タウンゼント。
私好みの温度と味」
「恐れ入ります」
「当日は、頼みましたよ」
「叔父にもたしかめさせていただきます」
「結構」
叔父とは、本家の執事さんです。
ロックフォードの執事は、タウンゼント家から代々輩出しているそうで。
こっちのタウンゼントは、子のいない執事が養子にして、叩き込んだ生え抜きなのだそうです。
だから、夫人は、大タウンゼント、小タウンゼント、と、呼び分けてる訳です。
ゆくゆくは、こちらのタウンゼントは、エイブを盛り立て、筆頭執事となる予定です。
「そうだわ、ビアンカさん」
「あ、はい、お義母様」
それ飲んだら帰ってくれないかなーと、ぼんやりしていたら、呼びかけられました。
「貴女、当日はどんなアクセサリーをつけるの?
大体、アクセサリーは持ってるの?今も何にも付けてないけど?
ちょっと、お見せなさいよ」
……え?
茶会に装飾品って、必要ですか?
「何言ってるのよ〜
これだから地味女は。
茶会なんて、女の品評会よっ!
そりゃ夜会みたいにはゴテゴテ付けないけど、ブローチとか指輪とか、髪飾りとか、一点豪華で牽制するものよ!」
ええっ?
それは私の知らなかった情報です。
本日初めて、為になりました。
「ちょっと、ジュエリーボックスお見せなさい」
「……」
んん。私は、流石に即答出来ませんでした。
亡くなった母の遺品から、父がコツコツと誕生日の度に買い求めた物まで、結構持ってるんですよ。
そんなん見せたら、この見栄っ張り夫人、訳もなく文句付けそうです。
「エマ」
「承知しました」
こんな時、エマの以心伝心は流石です。
赤い天鵞絨の宝石箱を持ってきました。
どれどれ!と、エマから手を出して奪った姑は、ゾロゾロと取り出します。
お義母様っ!机に布を引いてくださいまし!傷む、傷むっ!
「……こっちは真珠。
ふんふん、これは、ルビーのチョーカーね。
なんか、地味ね。
貴女と同じで、ぱっとしないわねえ。
質素な感じねえ」
「……つける私が負けてしまいますので」
「そうよねえ。
私の持ち物を貸してあげてもいいけど、貴女、負けちゃうわね!」
どうやら、ジュエリーボックスは、これだけだと思い込んでくれたようです。
良かったー。
他に、まだ、5つはあると、そして、実家の金庫には、本当に門外不出の逸品があると、は、
言えませーん。
今の姿じゃ、負けますからね。
元に戻れたら、そして、成人したら、父が下さる事になっています。
それはそうと、公爵夫人。
貴女、宝石の扱いがぞんざいすぎます。
「あら」
あっ!
「……これは、良い品ね」
しまった!
紛れてた!
それは、私の瞳だと、父が下さったアメジストのドロップ型の一点物。周りのメレダイヤがプラチナ台に装飾模様をかたどっています。
そして、リボンを通してチョーカーにしたり、ピンでブローチにしたりできる細工を凝らしたものなのです。
姑は、素手(!)で、コロコロして、
「……貴女には、過ぎた品ねえ〜」
「…:恐れ入ります」
「これに負けない歳になるには、まだまだかかりそうね。
そうだわ、当日は私がつけましょう」
「「は?」」
室内の私とタウンゼントが、凍りつきました。
思わず出た声に、姑がタウンゼントに、
「なあに、お前。
私の嫁教育に、何か?」
と、突っかかります。
タウンゼントは、
「茶器が滑って。
思わず。
申し訳ありません」
と、頭を下げてました。
「本家の叔父の域には、まだまだのようね、小タウンゼント。
お前の主と同じだわ。
ビアンカさん」
「はい」
「このアメジストは、まだ貴女の歳には早すぎます。
石はね、人を選ぶの。
貴女が公爵家に馴染んで、品格が備わったら、その時に身につけましょうね」
「……はい」
「それまでは、私が管理します」
なーにーっ!
「石も喜ぶことでしょう。格に応じた主に付けられて。
さ、小タウンゼント、こちらを相応の箱に入れて頂戴。
では、ビアンカさん
今日は、この辺でね。
私も、何も知らない嫁に、これだけの事教えて、疲れました。
茶会の前日から、こちらに泊まりますからね、宜しくね」
と、まくし立て、
姑は、人の宝石をいそいそと持って帰りました。
あ、アメジスト……。
「申し訳ありません!」
エマが深く深く詫びてますが、失策は、私のせいなのです。
父の想いを確かめたくて、常に使う〈3流品普段使い箱〉に、入れていた私が悪いのです。
「叔父に顛末をきちんと伝えます!管理も丁寧にするよう!
ビアンカ様、どうかどうか、お心安らかに」
「エマ。タウンゼント。
あなた方に非はありません。
良い勉強になりました……」
公爵家では、
『嫁の物は家の物』
という定理があるのですね。
よっく、分かりました。
その日、帰宅したエイブに、顛末を伝えたところ
「母はこだわる人だから。
……それは泥棒だと、私が言おうか?」
と、剣呑な返事をくれました。
エリスの件以来、ちょっと、エイブには、何でも言えないなー、とも感じておりましたが、
うん
やっぱりこの夫は、腹芸が出来ないのですね。
姑をこそ泥呼ばわりしたら、どんな仕返しがくるか、分からないのですねえ。
そこまでは、と、私が言うと
「そうかい?
そうだよね。
母も悪気のある人じゃない。
貴族社会の眼は、怖いからね。
きっと、君が社交界に認められたら、喜んでお返しになるよ!
母は、そういう情けのある人だから」
……。
ん、とお〜。
この人、ホントに、天然なんだ……。
て、いうか、
私の里がいびつだったのかなあー。
私は何が常識か、次第に分からなくなって来ました。
取り敢えず、明日から、茶会の準備に専念する事にしよう。
そう思うことで、切り替えました。
すみません広告の下の星をポチっと触って頂けたら……(卑屈)