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1 妖精姫の災難

少し大きなお姉さんも、楽しめるようなざまぁを!

と、書いて見ました。

からっとサクッとざまぁしたい。

嫁イビリの酷さも読んでみたい。

浮気女を踏んづけたい。

そんな貴女にお送りします

お集まり頂き、恐悦至極にございます。

この度の、離婚、不審に思われる向きもございましょう。

そこで、私、ビアンカが、どんな経緯で結婚し離婚に至ったか、打ち明けたいと存じます。


長くなりますので、ゆったりと今宵の酒を楽しみながら、聞いていただけたらと、思います。






私のデビューは、王都に衝撃を与えたそうです。


ハーフアップの豊かな髪は、銀に輝き、毛先に行くほど紫をまとい、波打ちます。

うっすら化粧を施した顔立ちは、くっきりとして、絶世の美女と(うた)われた亡き母に瓜二つ。

アメジストの瞳は、父からの贈り物です。

東洋の磁器の肌は、白く、形の良い肩と鎖骨の陰影に、色香が匂います。

長い手足と、くびれ、豊かな胸、それらを包む品の良いドレスは、裕福な侯爵家のビンテージ。


15の私は、夜会で最も目立っておりました。


自分で言うのはおこがましいのですが、謙虚も過ぎると嫌味になると言います。ですから、ハッキリお伝えしましょう。


私は美しい。


そして私は、その夜の殿方の賛辞と淑女の羨望を集めたのです。


デュラック侯爵家の秘蔵っ子


その夜、私は、様々な殿方の手をとり踊りました。

私を溺愛する父は、それでもふるいにかけて選んだようですけれど。


残念ながら、長兄のアレックス程の男性はおいでません。

この兄上も、私をポケットに入れておきたい位の過保護なので、自然と私は、恋をするなら兄上に似た方だろうと、ぼんやり思っていたのです。


ところが。


「1曲よろしいでしょうか」


少し息の上がってきたころ、手を差し伸べてきた殿方。


柔らかな髪と、透き通った湖のような瞳。人懐っこい微笑みにエクボをつくり、まるで春風のような空気をまとう男性。


われ知らず、私はその方と、続けて2曲踊りました。


ああ。

好き。


容貌なら兄上の方が断然良いでしょう。

品なら、次兄の方が。

そして、エスコートなら、三男の兄上の方が。


ですが、その穏やかな春風に包まれた私は、この上ない気持ちの昂りを覚えたのです。


エイブラハム・ロックフォード公爵家嫡男。


私の初恋でした。



ところが、社交界に旋風を巻き起こした〈妖精姫〉こと、ビアンカ・デュラック侯爵令嬢は、その夜を境に、一切表にはあらわれなくなりました。



「私、恋をしました。

ロックフォード様は、素敵な方でしたわ……」


何でも、家族に伝えていた私は、夜会の翌日、夢見心地で、そう告げました。


父は家宝のティーカップを割りました。

長兄は、椅子ごと、ひっくり返りました。

次兄は、むせて、ずっと咳き込んでいました。

末兄は、無いはずの腰の剣を探り、憤怒の表情となりました。



そして。


父と三人の兄上達が、過保護な協議のもと、馬鹿げた命令をしてきたのです。


ある日の夕食の後、

長兄アレックスが口火を切りました。

「ビアンカ。

お前は目立ち過ぎる。

髪は常に編んでひっ詰めておきなさい」


間髪入れずに次兄が、

「少し目が悪いのだから、鼻眼鏡はいつもかけていなさい」


普段は、私の味方の末兄が、

「化粧など、君の顔立ちには無用。

慎ましいドレスがいいな。

飾りはない方が、もっといい」


と、言ってきたのです。


私はその無茶振りに、

頭に???が沸き立ちました。


思わず、父に助力をと、視線を向けると


「……妖精姫は、病に罹ったことにしよう。

ビアンカ、お前は、とても賢い。

お前の置かれた立場がどんなものか分かっているね?」


と、渋い顔で話し出しました。


「……我がデュラック侯爵家は、工業商業施設の多い領地を有し、領地は狭いながらも、国一番の資産家だ。

お前には、成人とともに、亡くなられたお母様のアストリアを相続する」


私は頷きました。

アストリアは港のある都市で、大陸でも有数の、中規模貿易港に成長しています。

相続すれば、私は、女としては国で有数の資産をもつ令嬢となるのです。


「ただですら、デュラック侯爵家の娘という肩書きを持つのに、大きな資産、そしてその美貌。

夜の光に集まる羽虫のように、男はたかってくるだろう」


長兄は、苦しい声音で、父の言葉を継ぎました。


「金と欲に眩んだ男に、ビアンカを踏みにじられる訳にはいかん」


次兄は、憎々しげに、


「そうでなくとも、あの夜会の男たち!

物欲しそうな目で、いたいけなビアンカを汚していたじゃないか!」


末兄は、

「既に婚約の申し込みが殺到している。

だが、私たちは……君を不幸の壺に落とす訳にはいかないんだ」

と、次第に涙ぐんでおりました。


私は、畳み掛ける四人の言葉を何とか解釈することに必死でした。


で、出た結論が……


「……私は隠棲するのですか?

ひっつめ頭にすっぴん

地味な衣装に鼻眼鏡

気配を消すような外面で?

恋も、結婚も、諦めて?

女の幸福を掴まずに?

お父様や兄上方の思い込みの為に?」


冗談ではありません!


私はデビューしたのです!

ロックフォード様みたいな方に出会ったのに!


恋をして、結婚して妻になって、母になって……

そんなささやかな夢を奪うと?


「……ビアンカ、お前の幸福を守るための提案なのだよ」

長兄は、憤慨して震えている私の手をとりました。


「金や美貌に囚われず、お前の本質を愛する男でなければ、私たちは預ける事は出来ない。

だから、お前が、資産を隠し、美貌を封印し、それでもお前を幸せにしたい、という男になら、任せてもよい。

そのための偽装を、と、言っているのだよ」


「そうそう」

次兄が、もうひとつの手を取りました。


「機知に富んだ会話

くるくる動く表情

優雅な所作

目下に優しく、目上を敬う

いつ語りいつ黙るか、弁えて

溢れる知識をひけらかしもせず

……そんな素晴らしさを見出す男なら!」


そんな人居るのでしょうか。

で、持ち上げ過ぎなんですけど。


末兄は背後から私の肩に手を置いて、

「……言わば鎧も剣も無しに、戦えと、ね。

勝気な君なら、この挑戦受けてほしいな」

と、少しからかいを含んで言うのです。


「どうだ?ビアンカ。

お前が本当に幸せだ、と、得心がいけば、解放してやろう。

それまでは、恋人が出来ようが妻になろうが、地味で凡庸な貴婦人を装うんだ。

……これに承諾出来なければ」


出来なければ?


「残念だが修道院へ行ってもらう」


私は、はあぁぁ?と、呆れかえりました!


しかし、私の願いも虚しく、

この日を境に、ビアンカ嬢は病で療養。

再び表に出た時には、

地味なもっさりした女に成り下がっておりました。


あれほどの求婚は、瞬く間に消え、

それでもパンドラの箱のように、最後に残ったのは、

ロックフォード公爵家からの求婚でした。





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