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カシャ、という音に目を開けると見慣れない部屋で、そういえば昨日は乃亜先輩の部屋に泊まったんだな、と思い出す。
隣で寝ている乃亜先輩が気になってしまってなかなか眠れなかったからまだ眠い。
そういえばさっき変な音がしたような……?
そこまで考えたところで飛び起きて横を見ると、乃亜先輩が寝転がったままスマホを見ながらニヤニヤしていた。
「りぃちゃん、おはよ」
「おはようございます。乃亜先輩、さっき何か撮りました?」
「え? 何も?」
「……それなら見せて貰えます?」
「いやいや、何も無いって……わ、りぃちゃん積極的ー」
スマホを見せてもらおうとしたはずが、バランスを崩して乃亜先輩を押し倒す格好になってしまった。
「す、すみませんっ!!」
至近距離に乃亜先輩の顔があってキスしたいな、なんて考えてしまって慌てて離れた。
「りぃちゃんに襲われたー!」
「ちょ、言い方っ……?!」
気まずくならないように、という配慮だろうけれど恥ずかしすぎる……!
「乃亜先輩、何も無いなら貸してくれますよね?」
「えー」
気を取り直して手を出すと、覚えてたかー、と小声で呟くのが聞こえた。
渋々渡されたスマホを見ると、私の寝顔が表示されていた。
「やっぱり撮ってるじゃないですかー! 消しますよ??」
「え?! 消しちゃうの? 可愛いのに……」
そんなに悲しそうな顔をされると私が悪いことをしている気になってくる。
「そもそも私の寝顔の写真なんていります?」
「いるよ!! 誰にも見せないから……お願い!!」
お願い、と上目遣いで言われて断れる人がいるだろうか……?
「絶対見せちゃダメですからね? それと、今度乃亜先輩も撮らせてください」
「うんっ! 私の写真で良ければいくらでも」
スマホを返すと乃亜先輩がぱあっと笑顔になった。うんって可愛すぎ……
乃亜先輩の写真を撮る許可を貰ったし、今度寝顔を見る機会があったら撮らなきゃと気合を入れる。
なんだか朝からどっと疲れた。ずっと乃亜先輩に翻弄され続けている気がする。
「ご飯食べたら昨日の続きしようか」
「はーい」
今日一日で終わるといいな……さすがに無理かな?
黙々と宿題を進めていると、お昼近くなってスマホが鳴った。乃亜先輩に一声かけてスマホを見ると響華からメッセージが届いていた。
響華:初めて彼氏のお家にお泊まりした感想はー?
「はぁ?!」
「りぃちゃん、どうかした?」
「いや、なんでもないです」
響華ー?! なんてメッセージ送ってくるの?! 彼氏じゃないって何度言えば……?! 既読スルーすることに決めて宿題の続きをする。
「返事しなくていいの?」
「響華なのでいいです」
いいの? と不思議そうにしているけれど、本当に大丈夫です。
「あ、藍ちゃんだ」
乃亜先輩の方にもメッセージが来たみたいで、何かやり取りをしている。
「りぃちゃん、藍ちゃんが気分転換でもどう? だって。響華ちゃんと××のファミレスに行くみたい。順調に進んでるし、行くって返事しちゃってもいい?」
「はい!」
着替えをしてファミレスに向かうと、藍先輩と響華が既に到着してメニューを広げていた。
乃亜先輩は藍先輩の隣、私は響華の隣に座る。
「莉子、既読スルー酷くない?」
「変なメッセージ送ってくるのが悪いでしょ?」
座るなり文句を言ってくる響華を軽く小突いてメニューを覗き込む。いつも同じようなものを頼むからすぐに決まった。
「で、どうなの?」
「何が?」
注文をして、先輩達が飲み物を取りに行ったところで響華が聞いてくる。
「宿題進んでる?」
「あ、宿題ね。順調!」
「なんの事だと思ったのかなー?」
「……うるさっ」
響華と盛り上がっていると先輩たちが戻ってきたので、交代で飲み物を取りに行く。
「莉子ちゃん、宿題順調なんだって? 頑張ってるね」
席に戻ると、乃亜先輩から聞いたのか藍先輩が褒めてくれた。
「乃亜先輩のおかげで何とか」
「ちょっと今日だけじゃ無理そうだけど、まだ日数あるから余裕。ね?」
「……はい」
乃亜先輩からの信頼が重い。1人でもちゃんとやろう。
神妙に頷く私を響華が面白そうに見ているので軽く睨んでおいた。
話をしていると直ぐにご飯が届いて、みんなで食べ始める。この4人で出かけるのはカラオケ以来2回目になるけれど、2回目とは思えないくらい楽しく過ごせている。
「何かデザート食べたいな」
ご飯を食べ終わり、藍先輩がデザートメニューを広げ選んでいるのを見ていたら食べたくなって、結局全員が頼むことにした。
「それ悩んだんですよねー! やっぱり美味しそう」
最後まで悩んでやめたパフェが乃亜先輩の前に置かれて、思わず呟くと、食べる? とスプーンが差し出された。2回目で耐性がついたのか自然と口を開けてしまった。
「あ、美味しい」
「うん、美味しいね」
乃亜先輩とほのぼの感想を言い合っていると視線を感じた。見れば藍先輩と響華がニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「イチャイチャしちゃってー」
「ラブラブですねー?」
冷やかされて真っ赤になる私とは対照的に、乃亜先輩はでしょー? なんて嬉しそうに答えている。いや、そこは否定して?!
顔をあげられなくて俯いていると、シャッター音がした。顔を上げると、乃亜先輩がスマホを向けている。
「あ、また撮ったー?!」
「りぃちゃんが可愛くてつい? はい、こっち向いてー?」
「つい、じゃないですよ?! あ、また! だから撮らないで?!」
「もう撮っちゃいましたー!」
「もー! 私も撮りますからね?!」
「どーぞ?」
「藍先輩、私たち完全に忘れられてません?」
「ふたりの世界だね。……とりあえず動画撮っておこう」
じゃれ合いながらデザートを食べ終え、お会計を済ませる。
藍先輩と響華はこのまま買い物に行くらしい。あの二人も仲良しだよね。
乃亜先輩と私は家に戻って宿題の続きをして、キリのいいところで終わりにして家に帰ると、藍先輩から4人のグループに動画が送られてきた。
藍先輩:動画
送りまーす!
乃亜先輩:保存しました
開いてみると、私と乃亜先輩が写真を撮り合う様子の動画だった。え、いつの間に……?
私:消してくださいー!!
響華:保存完了です! 莉子、諦めも肝心だよ?
私:打ちひしがれるうさぎのスタンプ
藍先輩:ドヤ顔のぱんだのスタンプ
乃亜先輩の写真を撮るのが楽しくなって完全に周りが見えていなかった。スマホを向けると乃亜先輩が色んな表情をしてくれるからつい夢中になってしまったのだけれど、動画を撮られていたとは気が付かなかった……
藍先輩が撮った動画の乃亜先輩も楽しそうにしていて、私も結局保存した。でも私が映ってるのは余計だな……今度乃亜先輩だけの動画を撮らせてもらおう。
乃亜先輩の写真を眺めながら、最初は関わりたくなかったはずなのに、気づけばこんなにも乃亜先輩の事を考えるようになるなんて変わるものだな、と自分の単純さに苦笑した。
後輩の中でも可愛がってもらっている自覚はあるし、あんな魅力的な人に構われて好きにならない人なんて居ないんじゃないかな。
もちろん人としてってことね、と自分に言い訳をした。