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夏休みも終盤になり、学校が始まる日が近づいてきた。学校が始まるということは文化祭も近づいているということで……
もうほぼ仕上がっているけれど、文化祭でのライブのことを考えると上手く歌えるか不安になる。
「もうすぐ夏休みも終わるけど、宿題進んでる?」
「……そういえば何もやってないや」
部活終わりに響華に聞かれて、宿題の存在を思い出した。いや、やろうと思ってたよ? 色々忙しくて……
「今日もこの後乃亜先輩と練習?」
「うん」
え、今からやって終わる? 夜にやるとしても、家だと結局違うことしちゃってやらないで終わりそう……
「りぃちゃん、帰ろー!……何かあった??」
乃亜先輩がどんよりとした私を見て不思議そうにしていて、隣の藍先輩も首を傾げている。
「莉子、宿題全く手をつけてなかったらしくて」
響華が言うと、乃亜先輩は納得したように頷いた。
「そういう事ね。今日は練習無しにして宿題やる?」
「あー、莉子は多分1人だとやらないと思います……」
さすが響華、よく分かってる!
「もしりぃちゃんが良かったら、一緒に宿題やる? 私はもう終わってるから見てあげるけど」
「ほんとですか?! お願いしたいです」
乃亜先輩からの申し出に飛びついた。明日は部活も休みだし、頑張ればなんとかなるよね。多分。
「明日は部活もないし、乃亜の家で泊まりでやったら終わるんじゃない?」
「え、でもご家族に迷惑なんじゃ……?」
話を聞いていた藍先輩が泊まりを提案してくるけれど、そこまで迷惑はかけられない。
「乃亜のご両親今日居ないって言ってたような? 私も前に泊まらせてもらったことあるよ」
ってことは乃亜先輩一人?! それはそれで大丈夫じゃないかもしれない……
「両親とも仕事で明日まで居ないんだ。とりあえずうちで宿題やって、進み具合によって泊まるか決める? 藍ちゃんと響華ちゃんも来る?」
「あ、私は予定があって。 莉子は放っておくとサボるので……監視よろしくお願いします」
「私も今日はちょっと」
響華からの信用が……まあその通りなんだけど。藍先輩がにやにやしてるように見えるのは気のせい……?
「着替えてくるから、適当に座ってて?」
1度家に帰って私服に着替え、宿題と終わらなかった場合のお泊まりセットを持ち、乃亜先輩の家にお邪魔している。当たり前だけれど、部屋は先輩の匂いがして落ち着かない。そわそわしていると、乃亜先輩が戻ってきた。Tシャツに短パンというラフな格好にドキッとする。
「お茶かジュース、好きな方飲んでね」
飲み物を持ってきてくれたので、有難くお茶を貰って、宿題を並べる。並べてみると思ったより少なくて、なんとかなる気がしてきた。
「苦手な科目を終わらせて、りぃちゃんが1人で出来そうなやつは後回しにしようか」
乃亜先輩は教え方がとても上手くて、順調に進めることが出来ている。この調子なら泊まらなくても何とかなるかもしれない。
「りぃちゃん、お家は門限とかってあるの?」
「特にないですが、日付が変わるまでに帰れば、って感じですね」
「そっか。でも遅くなると危ないから、早めに切り上げた方がいいね。もう19時過ぎだし、あと1時間くらいなら大丈夫かな?」
残っているのはそこまで苦手な科目じゃないし、あと1時間でできる所までやったら、残りは最悪適当に答え書いておけばいいかな。
「りぃちゃん、お家に帰ってからもちゃんとやるんだよ?」
「……はい」
不穏な気配を感じたのか、乃亜先輩に釘を刺されてしまった。
「心配だなぁ……泊まっていって最後まで終わらせちゃう? 泊まらなくても、1人でダメそうなら明日また来てくれてもいいけど」
本気で心配してくれていて、適当に書こうとか思っていたのが申し訳なくなった。
「……泊まって迷惑じゃないですか?」
「全然! むしろ嬉しいよ。りぃちゃんは泊まるの嫌?」
「嫌じゃないです」
嫌? と少しシュンとした乃亜先輩に即答していた。
「それなら泊まっていって? お腹すいてない? 何か作るよ。と言っても、料理得意じゃなくてたいしたもの作れないんだけど……」
「じゃあ、お言葉に甘えて泊まらせてもらいます。料理出来るだけ凄いですよ!!」
「いや、料理って呼べるのかどうか……ってレベルだからね。作ってくるからちょっと待ってて」
「私も一緒にやります! 戦力外かもですが……」
何か出来ることがあるかもと先輩と一緒にキッチンに来たものの、普段料理をしないから邪魔になるだけな気がしてきた。
「りぃちゃん、エプロンこれ使って」
乃亜先輩が渡してくれたものはシンプルなデザインのエプロンだった。フリフリのやつが出てきたらどうしようかと思った……
「りぃちゃんとお揃いー!」
乃亜先輩は緑、私は色違いの赤のエプロンをつける。無邪気に喜ぶ乃亜先輩が可愛いかった。
短パンがエプロンで隠れて、正面から見ると履いてないみたいに見え……うん。心の平穏のためにも正面から見ないようにしよう。
「りぃちゃんにはサラダお願いしようかな」
野菜を切って盛り付けるくらいなら私にもできる。乃亜先輩も冷蔵庫から材料を取り出して調理を始めている。
サラダは直ぐに終わってしまい手持ち無沙汰にしていると、乃亜先輩がスプーンを差し出してきた。
「りぃちゃん、あーん」
「え?!」
「ん? 味見してもらおうかなと思って」
こんなに慌ててたらむしろ怪しい?! 覚悟を決めて口を開くと、乃亜先輩がスプーンを口に入れてくれた。
「美味しい?」
「美味しいです」
嘘ですすみません。ほんとは味がわかりませんでした……
出来上がった料理を運び、席について2人で食べる。
「乃亜先輩料理上手ですね」
「レシピを忠実に再現したからね! りぃちゃんが作ったサラダも美味しいよ」
「いや、切っただけですけどね?」
切っただけで褒めてくれるとか優しすぎない? こういう所がモテるんだろうな……
「さ、もうひと頑張りしますか!」
ご飯を食べ終わって、また部屋に戻って宿題を再開する。
しばらく経つと、お腹がいっぱいになったこともあって眠くなってくる。
「今日はこの辺で終わりにしよっか。明日もあるしね。お風呂の用意してくるね」
集中力が切れてきた私に気づいたのか、お風呂の用意をしに行ってくれた。
「りぃちゃん、先にどうぞ」
「いやいや、乃亜先輩がお先に入ってください!」
どちらも譲らずにいると、乃亜先輩が少し考えてニヤリと笑った。嫌な予感しかしない……
「りぃちゃんが先に入らないなら、一緒に入ろっか?」
「っ?! お先にお借りします!!」
急いで部屋を出てドアを閉めたものの、お風呂の場所を聞いていなかった。それに着替えも持たずに出てしまったのでおそるおそる部屋に戻る。
「なに? やっぱり一緒に入る?」
「入りませんっ!! 」
「ごめん、ごめん。お風呂案内するね」
戻ってくるのが分かってたくせに意地悪……!
「シャンプーとか適当に使ってね。じゃ、ごゆっくり」
ただお風呂を借りるだけなのに、いつも乃亜先輩が使っていると思うと妙に緊張する。
この後乃亜先輩も入ることを想像してしまって後悔した。この後どんな顔して会えばいいの?? 本格的に変態かもしれない……
ドライヤーを借りて髪をしっかり乾かして、歯磨きも終わらせてから部屋に戻る。ノックをしても返事がないのでドアを開けると、乃亜先輩が机に突っ伏して眠っていた。え、待って待って……可愛すぎるんですけど。
乃亜先輩の横に座り、寝顔を眺める。初めて見た時にも思ったけれど、改めて綺麗な人だなと思う。
わ、まつ毛長いなぁ。写真撮りたいけど、勝手に撮っちゃダメだよね……
こんな無防備な姿を見られる人はどれだけいるんだろう? 藍先輩は泊まったことがあるって言っていたから見たことあるよね。後は乃亜先輩の彼氏とか?? そういう話聞いたことないけど、こんなに綺麗で可愛いんだもん居てもおかしくないよね。
乃亜先輩に彼氏かぁ……なんか泣きそうになってきた……はー、もう考えるのやめよ。
「んー」
「おはようございます?」
寝顔を堪能していると乃亜先輩が目を覚ました。目がトロンとしていて、左頬が赤くなっている。寝起きの破壊力っ……!!
「ごめん、寝ちゃってた。お風呂入ってくるー」
乃亜先輩がお風呂に行った後もしばらく思い出して悶えてしまった。あれはやばいって。
え、この後って一緒の部屋で寝るの? 布団はさすがに別だよね? 同性の先輩相手に変な気分になる私ってどうなの?! いや、もちろん同性愛を否定する訳じゃないけれど!
トントン
「はいっ?!」
考え事の途中でドアがノックされて声が裏返ってしまった。
「りぃちゃん、入るよ?」
「どうぞ!」
お風呂に入ってさっぱりしたからか、もう眠そうにはしていなかった。乃亜先輩は寝る時もTシャツと短パンなのか、さっきと同じような格好をしている。
「お待たせ。さ、おいでー?」
部屋に入るなり、ベッドに直行する乃亜先輩。横になり、隣をポンポンと叩いている。……おいで?? え、これって一緒に寝る流れ??
「えっ……?」
「あ、りぃちゃんは隣に誰かいると寝れないタイプ? もし無理なら下に布団敷くから、りぃちゃんがベッド使って」
「誰かと寝るってことがないので分からないです……いや、私が布団使います」
「それはダメですー! りぃちゃんが布団使うなら私も布団にする」
えっと、どっちを選んでも一緒に寝るってこと?? いや、私がベッドで乃亜先輩が布団ってのもあるのか。でも先輩のベッド奪うのはちょっとな……
「あの、藍先輩が泊まった時はどこで寝たんですか?」
「藍ちゃん? 藍ちゃんはベッドで寝てもらったよ。さ、りぃちゃんどうする?」
これはどうしたらいいの?! 藍先輩がベッド使ったってことは乃亜先輩も一緒に寝たってこと??
混乱している私に気づいていないのか、どれ? と乃亜先輩から選択を迫られる。
①ベッドで一緒に寝る
②りぃちゃんがベッド使う
③布団敷いて一緒に寝る
「……①にします。えっと、お邪魔します」
「どうぞー」
ベッドは結構広いし、離れて寝たら大丈夫だよね、とベッドにお邪魔することを選んだ。ベッドに入ると、乃亜先輩の匂いが強く感じられてクラクラする。これは早まったかもしれない……
「あ、りぃちゃんは部屋真っ暗でも眠れる?」
「はい。大丈夫です」
乃亜先輩の顔が近づいたかと思ったら、耳元でおやすみ、と囁きながら頭をポンポンされ、電気が消された。
キスされるかと思った……!! もう心臓が痛い……
全く眠れる気がしなかったけれど、乃亜先輩に背中を向けて少しでも眠れるようにぎゅっと目を閉じた。