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カラオケに行った翌週から、再び部活が始まった。先週実施されたテストは赤点も無く、憂いなく部活に参加できる。結構ギリギリな科目もあったけれど。
体育館に着くと、乃亜先輩はまだ来ていないようで静かだった。乃亜先輩はムードメーカーなこともあり、居るとざわざわしているからすぐに分かる。
「莉子、文化祭のライブどうするの?」
「どうするのって……響華が余計なこと言うから悪いんだからね??」
床に座りながら響華をじとっと睨みつけると顔の前で両手を合わせるジェスチャーをした。
「ごめんって。本当に上手だったからさ、私と藍先輩だけしか聞いたことないなんて勿体ないよ!」
「でもさ、乃亜先輩のファンの子達は私と一緒のところなんて見たくないんじゃない?」
「うーん、確かにそういう子も居るだろうけど、2人セットで見たいっていう子も居ると思うよ」
「……セットってどういうこと?」
訝しげに聞くと、響華がやばい、という顔をした。
「あー、先週下駄箱で乃亜先輩に抱きつかれてたじゃん? その時の先輩の笑顔と態度が普段と違うって話が広まってるみたいで」
「え……」
「莉子はそういう噂されるの嫌いだから言わないでおこうと思ってたのにうっかりしたわ」
そんなに話題になっているとは思ってもいなかった。確かに周りには沢山の人がいたし、先輩の笑顔を見た人は多かったと思う。それが普段と違うって言うのは分からないけれど。
「あ、乃亜先輩来たみたい」
「相変わらず凄いね」
体育館の入口から生徒たちがキャーキャー騒ぐ声が聞こえて、乃亜先輩が来たことが分かった。
「乃亜ちゃん、文化祭のポスター貼られてたけど、ライブ今年も出る?」
「え、先輩昨年出たんですか?」
「先輩の歌聞いてみたいです!!」
「あー、今年はどうするか検討中なんだ。藍ちゃんには出てって言われてるんだけど」
テスト明けから文化祭のポスターが貼られていて、ライブの参加者募集が始まっている。
「出るなら何がなんでも見に行きます!」
「私もその時間帯にはクラスの担当断固阻止する!!」
「あはは、もし出ることになったら応援よろしくね。じゃあ部活だからまた」
乃亜先輩が言うと、みんな素直に帰っていった。統率が取れているというか、周りに迷惑をかけないようにしているのは乃亜先輩の人徳だと思う。
「みんなおつかれー! 今日も練習頑張りましょー!」
乃亜先輩が明るく声をかけると、あっという間に先輩を中心に輪が出来た。
視線の先では楽しそうに笑っている乃亜先輩の姿があり、私だけを見て、他の子に笑いかけないでほしいと思ってハッとした。今何を思った……?
カラオケで先輩の照れた表情を見てから、何かがおかしい。こんな調子で、いつも通り先輩と接することが出来るだろうか?
「りぃちゃーん!」
「わ?!」
考え事をしていたからか、乃亜先輩の接近に気が付かなかった。座っている私を後ろから包み込むように抱きしめてきた。首に顔埋めないで、くすぐったい……!
くすぐったくてくすくす笑うと、余計に強く抱きしめられた。わ、柔らか……?!
「ね、先週の話考えてくれた?」
「……っ?! 耳元で話すのやめてくださいっ」
しまいには耳元で囁かれるって、どうしたらいいの?!
背中に感じる柔らかい感触と、あまりにも近い距離から聞こえる声に何も考えられなくなってくる。香水かシャンプーか分からないけれど、いい匂いもする。
「りぃちゃん? ね、聞いてる?」
「はい……」
「文化祭、一緒に歌ってくれる?」
「はい……」
「ほんと?! 楽しみだなー!!」
「はい……」
しばらくその体勢で話していたみたいだけれど、混乱しすぎて何を話したのかほとんど覚えていない。響華に聞いたところによると、少し遅れてきた藍先輩に救出されるまで動くことも出来ず硬直していたらしい。
「おーい、莉子? そろそろ戻っておいでー?」
「……? あれ? 乃亜先輩は?」
「藍先輩が連れていったよ」
気づけば乃亜先輩はいなくて、響華がにやけ顔で私を見ていた。
「響華、その顔やめてくれる?! 助けてくれても良くない??」
「女の子同士って尊いよね」
「……は?!」
「それより、文化祭頑張ってね?」
「文化祭? 何を?」
「乃亜先輩に一緒に歌おうって言われて、"はい"って返事してたよ? というかずっと"はい"しか言ってなかったけど」
……文化祭で歌うことが決定したらしい。
今までなら特に何も思わず、離してって言っていたけれど、意識してしまうと色んなことが気になってしまってそれどころじゃなかった。
さっきは突然で動揺しただけで、先輩は私と同じ女の子だし、好きとかじゃないよね? それに乃亜先輩は優しくてスキンシップが多いけれど、私にだけって訳じゃない。勘違いしないようにしないと。
芽生え始めた気持ちに気づかれないように、いつも通りにしないと、って思ったけれどいつもの私ってどんな風だったかな?
混乱が収まらないまま参加した練習はそれはもうボロボロだったのは言うまでもない。