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夏休みが終わり、学校が始まった。乃亜先輩のおかげで宿題も無事に終わり憂いなく新学期を迎えられた。
直ぐに文化祭があるからか、学校全体がざわついているような気がする。うちの学校は1年生は食事系は扱えないことになっているので、展示やアクセサリー作り体験等でそこまでの準備は必要ない。私のクラスは楽をしたいと、人手が要らない展示になった。
乃亜先輩のクラスは男装喫茶をするらしく、今から盛り上がっている。
あっという間に文化祭当日。ステージ袖で緊張でそわそわする私と、2回目だからか余裕そうな乃亜先輩、その他の参加者が待機している。
「りぃちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……まさかのトップバッターだなんて! 乃亜先輩はなんでそんなに落ち着いてるんですか?!」
事前に行われた順番を決めるくじ引きで見事トップバッターを引き当ててしまった。体育館は既に満員でちゃんと歌えるのか不安しかない。
「緊張してるけど、落ち着きがないりぃちゃん見てると落ち着いてくる。そうだな……」
「っ!!」
人肌って安心するでしょ、と抱き寄せられた。いつもは飛びつくように抱きついてくることが多いからこんな風に抱きしめられるのには慣れていない。一気に体温が上がるのが分かった。
全く落ち着ける気がしない……!
乃亜先輩は男装喫茶で着用している学ラン姿のままで、周囲の視線を釘付けにしている。
ほら、周りがキャーキャーうるさいから司会の人が心配そうに見てるよ……
「少しは落ち着いた?」
抱きしめられたまま、至近距離から見つめられる。これで落ち着くと本当に思ってる……? 無自覚なの?
「沢山の人が見てるけど、隣にいるからさ。私だけ見てたらいいよ」
「っ?!」
それはそれで緊張するんですけど?! しかも今の格好イケメン過ぎて直視できないんですけどどうしろと?
絶対落ち着かせるつもりないよね?
『大変お待たせいたしました。これより第××回、××高校文化祭ライブを開催致します!』
司会の人の挨拶に会場からは歓声が上がっている。
『それではトップバッターのペアに登場してもらいましょう。曲は××の代表曲で、××です』
イントロが流れ出し、ついに始まってしまった。
2人並んでステージに出ると、会場が揺れるほどの歓声が上がった。
乃亜先輩が手を振ると、黄色い声援が飛び交う。気持ちは分かるよ!! 男装似合いすぎだよね!
乃亜先輩が歌い出し、私のソロパートが続く。チラッと乃亜先輩をみると大丈夫、とばかりに笑顔で頷いてくれた。
ハモリパートも振り付けも何とか間違えず、無事に終わったとほっとしていると、乃亜先輩が抱きついてきた。
今日一番の歓声が上がった気がするけれど、いきなり何?!
振り付けでは見つめあったり手を握ったりするところはあったけれど、こんな予定無かったんですけど?!
混乱しつつも、予定通りだと思って貰えた方が都合がいいので表面上は動揺を隠す。隠せてたか自信はないけれど……
「楽しかったね!!」
ステージ袖に戻り乃亜先輩に抗議しようと思っていたけれど、乃亜先輩の心底楽しそうな笑顔を見てしまって何も言えなくなった。
最初に歌い終わったので、その後はリラックスして他の参加者のパフォーマンスを見る事が出来、見に来てくれたお客さんと一緒に歓声を上げて盛り上がった。
今考えると、緊張が短くて済んだので最初で良かったのかもしれない。
「乃亜、莉子ちゃんちょっといい?」
ライブが終わり、お客さんが帰った後で体育館を出ようとドアに手をかけると、藍先輩に呼び止められた。手を離して藍先輩の方に向かう。
「藍ちゃん、どうしたの?」
「今日のライブの様子、SNSに載せても大丈夫かな?」
「いいけど、著作権とかって大丈夫なやつだっけ?」
「うん。乃亜達の曲は確認済みだから大丈夫。他の組のはダメだったのもあって、全部は載せられないんだけど。大丈夫な曲をやった人達には載せていいか実行委員が確認とってるところ」
「それなら私は問題なし。りぃちゃんは??」
他の人達のも載るならいいかな?そんなに再生されることもないだろうし。
「私も大丈夫です」
「良かった! ありがとう。楽しみにしててね」
そう言うと藍先輩は他の参加者の所へ走っていった。忙しそうだなぁ……
「りぃちゃん、この後の予定は?」
「当番なのでクラスに戻ります。といっても座ってるだけですけど。乃亜先輩は喫茶に戻るんですよね?」
「うん。すぐ戻るように言われてるから行かないと」
きっと乃亜先輩目当てのお客さんが多いだろうし、早く戻らないとね。
文化祭が終わればまた部活で会うだけの日々になると思うと寂しい。学年が違うと普段会うことも無いし、歌の練習が無くなったら休みの日に会うなんてことも無くなるだろう。
同じ学年で同じクラスだったら良かったのにと思うけれど、無い物ねだりなんてしても仕方がない。部活で会った時に話せるだけ他の子よりは乃亜先輩と近い距離にいるのは間違いないし、それで満足しないと。
「クラスに戻りますね。では、また部活で。……??」
ドアを開けようと歩き出したところで、腕を掴まれた。乃亜先輩を見ると、なにやら唸っている。
「……あー、その、ライブは終わっちゃったけど、部活以外でも会ってくれる?」
ちょ、かわ……!! 可愛い!! 不安そうに尋ねられて、乃亜先輩も寂しく思ってくれたのかと嬉しくなった。
「もちろんです! むしろこちらからお願いしたいくらいです」
「良かった! りぃちゃん、好きっ」
私が言うと、乃亜先輩はほっとしたように笑って、いつもみたいに抱きついてきた。好き?! やっぱり乃亜先輩は天然タラシだな……
「あはは、私もですよー。ほら、早く戻らないと。みんな待ってますよ?」
「わ、今私もって言った?! りぃちゃんがデレた……!!」
乃亜先輩がそれはもう嬉しそうに笑うけれど、他の子にも言ってるんでしょ?
「はいはい。好きなんて軽く言うと勘違いする子出てきますから言っちゃダメですよ?」
「りぃちゃんにしか言わないよ?」
「どうだか」
軽く流して乃亜先輩の腕から抜け出すと不満げな表情をしたけれど、乃亜先輩が何か言おうとした所で電話が鳴った。
「本当だから信じて?! そんなにチャラいやつだと思ってる?」
「それはまあ……電話鳴ってますけど出なくていいんですか?」
「思ってるんだ?! ふーん……」
私が否定しないと乃亜先輩は少し考えてニヤリと笑った。え、なんか目つき変わってない? 今電話切りましたよね?
「乃亜先輩、電話……っ?!」
急に変わった雰囲気に焦って電話、と言いかけるのを遮るように距離を詰めてきて壁に手をついた。背後は壁、前には乃亜先輩。
え、これどういう状況?? 体育館の出入口すぐそこだし誰が通るか分からないんですけど?!
チラリと上を見ると乃亜先輩と目が合って慌てて下を向いた。
「もう遠慮はやめる。りぃちゃん、覚悟しておいてね?」
普段とは違う低めの声で言われ、私の顎に手を添えて顔を上に向けられる。硬直していると、乃亜先輩の顔が近づいてきた。
ぎゅっと目をつぶると頬に柔らかい感触がして、耳元でまたね、と囁いて乃亜先輩は体育館を出ていった。
何今の?! 低めの声ヤバい……それにさっきのってほっぺにキスされた??
今までも結構スキンシップ激しかったけど、あれで遠慮してたの? それに覚悟って……
考えることが多すぎて、頬を抑えてしばらく呆然としてしまった。
こうやってこの先も乃亜先輩に翻弄され続けるんだろう。でも不思議と乃亜先輩に振り回されている自分は嫌いじゃない。
こんなこと乃亜先輩には言わないけれど。
これから乃亜先輩との関係が変わっていくのかは分からないけれど、近いうちにこの感情の答えが見つかる気がした。
お読みいただきありがとうございました。これでひとまず完結とさせていただきます。ご意見、ご感想、評価を頂ければ嬉しいです。
番外編、乃亜視点を考えています。