調査員とは
「ところでさ、なんで調査員がいて国民の死亡者数と死因を全て公表しているか知っていたっけ」
唐突な質問だが研修中の講義の中で触れていたような気がする。
「確かコロナ危機のときに毎日感染者数と死亡者数をニュースで発表していたのが続いていたからですか。しかも実際の罹患者というか無症状の陽性者の実態とかけ離れていたのが抗体検査で判明して、検査では意味がないのに、同時に起きていた医療崩壊によって他の病気の治療に支障が出て、間接的なコロナの被害者が増えたことが関連死として発表されたり、経済が破綻して自殺者も増えたんだけど、焼身や自爆交通事故などニュース性のあるのが多くなったりして、毎日何かしらの死亡情報がニュースのコーナーになったということでしょうか。調査員として赴任する前の研修での内容ですが」
「そうだね、まあ正解かな。補足するならコロナ危機の10年前に東北で震災があって行方不明と関連死を含めると3万人が亡くなったんだけど、当時の新聞などに名前と年齢性別と簡単な人物紹介が載ったんだよね。
そのときから日本人の根底にある死生観が変わったんだよ。被害にあった人意外に全国の自我を持っている年齢以上の人全てにね。
そしてコロナ危機がその意識を覚醒させた。普通に生活していても、交通事故のように安全を意識していても、健康に注意して食生活や運動に努めても、わかりやすい地震や台風洪水のようなものじゃないのに、いきなりあなたは感染したので隔離ですと伝えられ、病室で親族にも会えないまま亡くなり、遺族も火葬後の遺骨で再会という震災の時以上に無慈悲だったんだ。
そして何かしら生きた証のようなものを求める空気というか、死後であっても知らしめたいということになって、政府もコロナの無様な対応が激しく非難され、国民1人ひとりを最後まで尊重しますアピールとなると思い制度として新設させたんだよ。
なにしろ、職業格差がこうまで開くと特に肉体労働の人たちにとって、我々のような上級とされる職とは相容れないものでしょ。
でも死だけは平等だし、生きてきたこと自体に差をつけていたらそれこそ日本の根底産業は崩壊してしまう。
まあアメムチのアメのようなものになるのかな。
誰でも遺したいといえばさ、
祖父母の家とかに当時の布マスクが残っていないかい、数百億円かけて全国民に2枚づつ配り結果未使用のまま保存されて価値が上がるのを待っているやつ。教科書にも載っていたはずだよ、予算不足で医療や経済復興に悪影響があったし、世界中のジョークのネタとしていまだに教訓としていろいろな物語になっているからね。稀にみる愚王として世界史に名を記している当時の総理が自分の政治遺産として残したんだとまことしやかに言われている。あと50年で博物館くらいには展示されて大事にされるかもしれないね。」