邂逅
「つまりあれですか、ヘッドハンティングということですか」
僕はできるだけ冷静に尋ねた。
「まあそういうことになるね。調査員ってたくさんいても出会うチャンスがめったになくてね。知っていると思うけど、役所に転職勧誘のためにアポイントなんて取れるわけでもないし、個人の連絡先なんてわからない。
暗黙の了解というか、そういった接触は禁止されているはず。
だから僕達も仕事の合間にこういった場所で直接声をかけているわけなんだ。君はなんかいけそうな気がしたんだよね」
何をどう思って僕に声をかけたんだろうか。見た目はただのスーツの若造でしかない。なんなら私服警察官にも見えるはずだ。
「長年の感だよ。僕だって伊達に調査員を経験してきたわけじゃない。今も現役の調査員をしながら番組をつくっているくらいだ。実際、声をかけた時君は最初に忙しい振りをすることなく返事をしてくれたじゃない。全く興味がないなら何かしら言い訳をつくって断るはずだし」
実はこの人を見かけるのは初めてじゃない。度々いくつかの現場で見かけていた。場慣れしている様子だけど公務員じゃない感じがして、多少の違和感とともに記憶にあった。まさか向こうも僕に気が付いていたとは思わなかった。
「というわけで今回は挨拶で止めておきましょう。お互い今日も忙しいでしょ。でも君にとっては悪い話ではないと思うんだ。調査報告だけでなく、それを元に作品をつくり届ける。もちろんチームで動くから自分1人だけでやるわけじゃない。給与もいいよ、視聴率がよかったりして局から表彰されたりしてボーナスも多いし。じゃあこれ僕の名刺、君の連絡先も教えてちょうだい」
僕は何故だか素直に教えてしまった。昔から騙されやすいというか簡単に信用してしまうのは社会人になっても治らない。
道を歩いているだけで声をかけられるのは昔からよくあった。客引きや勧誘はもちろんだが、道案内も何度もしている。僕自身が土地勘が無いのにもかかわらず地元民に見られる。海外旅行でも同じ経験は少なくない。
「じゃあ週末に時間をつくっておくから、君もそのつもりでいてくれるとありがたい。じゃあ、したっけ!」
最後の「したっけ」はなんのことだかわからないが去っていった。
僕は名刺をポケットにしまい次の現場に向かった。
仕事帰り名刺を取り出してみる。何か心がざわついているような気がする。例えは変かもしれないが初恋と似ているかもしれない。
いやいや男ですけど。恋愛経験はほとんどないがそっちもない。ただ熱い感じが胸と腹の間に溜まっている。運動会の徒競走のスタート前のような。