不穏な雰囲気
遠くで微かに水の動く音がする。
空には美しい三日月があり、綺麗に輝く月光が地面を照らしている。
周りは木々に囲まれ風が吹くたびにざわざわと音を立てている。
俺の一歩先では夜だからか周りの暗闇を外して動くルーミアたんの姿が見えている。
現在、ルーミアたんの住処から多分20分くらい歩いている。
...あと、どれほど歩けばいいんだろう。
「あの? ルーミアたん?」
「なあに?」
「チルノちゃん達のところまで後どれくらいなの?」
「うーん、あとちょっとだよ」
ふーん、ルーミアたんがそう言うならそうなんだろう。
確かチルノちゃんの住処は紅魔館近くの『霧の湖』だったよな。
ルーミアたんの住処の位置がよく分からないけどこれだけ歩いてやっと着きそうなら1、2kmってとこかな?
いやぁー、このまま行くと俺が人生でやってみたいことリストが半分ぐらい消化されるな。
この先の未来が輝きすぎてて最早怖いな!
大チルが俺のパーフェクトフリーズだな!
そんな感じでにやけながら歩いていると遂に森の終わりが見えてきた。
「...綺麗...」
「...そうだね、私も見るたびに綺麗に思うよ」
思わず絶句してしまうほどの景色がそこにはあった。
紅く、大きく、堂々とそこに佇む紅魔館がまず、目に映り、そしてそれを囲むようにある湖がその美しさを際立たせていた。
湖にはまるでそこにあるかのように綺麗に三日月が映されていた。
まだ時間が夜中だったからだろうか、霧はかかっていたがそこまで濃くなく、しかし逆にそれがより紅魔館の不気味さを醸し出していた。
「おっ、来たかルーミア! ん? なんだ、そいつ!」
美しい風景に思い更けていたら隣から騒がしいくらいの声がかかってきた。
反射で声のかけられた方向を見るとそこには水色をさらに薄めたような髪の色をし、青と白色でできた服を着た少女、というより幼女がいた。
多分、ていうより絶対、これが『湖上の氷精』チルノちゃんだろう。
だって手に氷漬けにされた蛙持ってるし。
「わあ、チルノだー、お久しぶり!」
「おひさー、ルーミア! で、ルーミアのそばに居るそいつは誰? 凍らせてもいい?」
なんでいきなり俺はその氷漬けの蛙みたいにされそうになってるんだ?
ここはちゃんと否定してあげないと。
「初めまして! こんばんは! 俺の名前は『霊君 僚』、最近この世界に来たばっかの子供でルーミアたんの彼s」
「非常食です」
え?
やっぱ俺って非常食なの?
「ひじょーしょく? 大ちゃん、ひじょーしょくって何?」
「食べるものとかがなくなったときに食べる物のことですよ。チルノちゃん」
チルノちゃんに『大ちゃん』と呼ばれた少女は黄緑色に光沢を入れた、エメラルド色のような髪をしていてチルノちゃんの着ている服より若干薄い色をした服を着ていた。
チルノちゃんが『天真爛漫』だとすると大ちゃん、もとい大妖精は『冷静沈着』が似合いそうな雰囲気を醸し出している。
俺がじっと大妖精を見ているとその視線に気づいたのか大妖精があからさまにいやな顔をしてきた。
ちょっと、いや少し、いや大分、いやめちゃくちゃ傷ついたよ?
「へー、よく分からないや! いいや、遊びに行こうよ!」
「わーい、なにする?」
「うーん... ルーミアが決めていいよ! あたいはなんでもできちゃうからね!」
二人がキャッキャッと湖に向かって遊びに行くと元気な二人がいなくなったことにより、こちら側には俺と大妖精しかいなくなり共通の友達がいなくなった途端に喋れなくなる時みたいな微妙な雰囲気が流れていた。
...やべえ、喋れねえ。
大妖精と会うとか外の世界に居たときはどれほど想っても出来なかったことなのに、実際に会ってみるとなんも喋れねえ。
しかもなんか俺は大妖精に嫌われてるらしいし、なんで?
・服装から明らかに外の世界の住人
・会って間もないのにいきなり自分のことを凝視してくる
・面倒くさがりのルーミアと一緒にいる
・自称ルーミアの彼氏
...あれ? よくよく考えてみたら俺ってめちゃくちゃ怪しい人?
ルーミアたんとかチルノちゃんとかが特殊なだけで大妖精みたいな反応が普通なのか?
俺が改めて自分の人物像に絶望しているといきなり向こうから話しかけてきた。
「...貴方、何が目的ですか?」
...は?
目的って何が?
も、もしかして俺がルーミアたんとかに害をなすと思ってるの?
そう思われてたら嫌だな。
誤解を解いてもらわないと。
「いや、俺は何も目的なんてないさ。強いて言うなら...せめてルーミアたんに非常食扱いされないようになることかな」
「...」
望んでた答えじゃなかったらしい。
でも、これ以外なんか言うことあるか?
「...まあ、いいです。.....でも、仮にでもチルノちゃんや私、この幻想郷に危害をなすようならば覚悟をしておいて下さい」
そう言って大妖精は一呼吸置き、その瞬間、一瞬だけ風が吹き荒れ、しかし寒さより周囲の自然が放つ殺意が自らの身体に悪寒を放つ。心臓を素手で鷲掴みにされるような圧倒的な恐怖が全身を貫く。
しかし、それも一瞬だけで、一秒にも満たない時間でそれは解除され、大妖精は言葉を放った。
「私だって周りのただの妖精とは一線を画す存在。あなたのような塵芥、十秒以内に粉微塵にできますからね」
既に自然から放たれる殺気は収まっているが大妖精自身の放つ殺気は今も尚、俺の身体に叩きつけられている。
「.....ああ、分かった。肝に銘じておく」
「龍神様に誓って?」
「...誓って」
俺がそう言った瞬間、大妖精からの殺気は収まり、無表情だった顔にも穏やかな笑顔が戻ってきた。
「その言葉、いつまでも覚えておいてくださいね」
「おーい! 大ちゃーん! 大ちゃんも遊ぼー!」
「ああ、呼ばれてしまいました。ほら、貴方も早くいかないと」
「...ああ、そうだな。俺も遊ぶか!」
改めて『幻想郷』が平和な、安全な場所では無いことを思い知った気分だ。
やっぱ、ここでの人間は妖怪にとっての食料だからか、妖怪・妖精にも食べられない俺はイレギュラーなのか、大妖精には嫌われてしまっているようだ。
...まあ、一緒にいることは許されたみたいだし、今は遊ぶか!
つまんない事ばっか気にしても嫌だしな。
せっかくの幻想郷だ。精一杯楽しもうぜ!
そんなことを考えながらチルノ達の元へ走っていくのであった。
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あれから約1時間程たった。
少し前までは真上にあった三日月も少し傾いてきたようだ。
そんな中、俺は何をしてるのかって....
「おい! 僚! おきろー!」
「ちょ、まって、足が....」
地面に倒れて項垂れていた。
え? 何この娘達?
体力が無尽蔵すぎる...!
あれからずっとチルノちゃんの我儘に付き合わされては走り、ルーミアたんの無茶ぶりに付き合わされては走り、断ろうとすれば大妖精からの鋭い視線が飛んで走り、とにかく走って跳んで疲れ果てていたのだ。
もちろん高校生で運動部に入っていた俺が走るだけで疲れ果てることはないが、さっきまで謎の狼に追いかけ回され、筋肉痛&怪我のダブルコンボでかなり疲労していたので、かなり辛いのだ。
東方的に言えば「満身創痍」である。
地面に倒れてなんとなく湖を見ると、ふと、ある違和感に気付いた。
「あれ? この湖ってチルノちゃん達以外に妖精っていないの?」
そう、確か外の世界の情報なら霧の湖は妖精、妖怪、時々河童も入り込む人間にとってはかなり危険な場所だったはず。
しかし、今俺の視界にはチルノちゃん、大妖精、ルーミアたん以外に妖精や妖怪はおろかそもそも生命体すら見えていない。
これは一体どういうことなんだろう。
外の世界の情報が間違っていたのか?
「...確かに、何時もならもっと騒がしいはず、少ない日でも一人もいないなんてことは....」
「ん? ほんとだ! きっとあたいたちに怯えて逃げ出したのね!」
二人の反応を見ても確かにこの状況は異常らしい。
ルーミアたんとチルノちゃんの騒がしさに気をとられて気付かなかったが、確かに二人が黙ってしまうと辺りは一気に静寂が訪れた。
「...なんか怖いな。あたいでも寒さを感じちゃうよ」
チルノちゃんが独り言ちた瞬間、湖の視界がボヤけていった。
「...っ!? まだ夜なのにどういう...!」
幻想郷に不穏な雰囲気が満ちる。
深夜に、霧が、満ちる。
妖怪の住まう地に、『霧の湖』に濃霧が、満ちる。




