夢見る地での瀕死の逃走
妙に肌寒いと感じながら意識が覚醒していくのを感じる。
時刻は夜、満月の月が暗闇を照らし、さほど暗くないように思える。
「.....うぅ...くっそ、まだ頭がいてぇ....」
境内で寝ていた僚はまだ残っている頭痛に頭を抑えながら起き上がる。
「ここ、何処? 俺は確か博霊神社にいたはずじゃ....」
そんなことを呟きながら辺りを見渡すとさっき見ていたものとは姿形は同じだが埃やゴミ等が付いていないきれいな神社がそこにはあった。
しかし、そんな神聖的な雰囲気とは別に虫一匹の音も聞こえず、無音がこの空間を支配していた。
「まさか、ここって俺が待ち望んでいた『幻想郷』じゃないか!?」
そのままはやる気持ちを抑えながら神社の裏手に回ってみると、そこはまるでこの世とは思えない大きな湖や、漫画やアニメでしか見たことのない中世の館の様なものや、雄大な山々、その麓には人が住んでそうな里が見える美しい景色が広がっていた。
「幻想郷って本当にあったんだ....! 紅魔館とか、人里とか俺の想像していたものを遥かに上回る美しさだ....」
この世に生を受けて16年、今まで味わったことのないあまりに美しい光景に感涙するが、それよりも幻想郷に来たからにはまずやっておきたいことが一つある。
それが、これだ。
「ルーミアたんに会いたい」
そう! 僚の推しキャラはルーミアだったのである!
「よし! そうと決まれば早速出発だ! ルーミアたんは何処で活動してるか分からないっぽいし取り敢えず虱潰しに探してみますか!」
期待を胸に膨らませた僚はそのまま出口を探すため鳥居を出てみるとそこにはまるで奈落の底まで続いているんじゃないか思うような石階段があった。
それは木で月明かりが閉ざされ階段の奥は暗く、底は見えず、まるで心霊スポットへきているような何とも言えない恐怖感が僚の心を満たす。
「なんだこれ...こっわ...」
そんな光景を見て、思わず博霊神社のことが頭によぎる。
「そういや、博霊神社から人里までの道って妖怪とか獣とか出るんだっけ....」
そう、この先には明らかに何かが出る雰囲気を醸し出していたのだ。
そんなことを思いながら一瞬夜明けまで待つべきか迷ったが、一刻も早くルーミアたんに会いたいという気持ちと、この世界をもっと見たいという気持ちが恐怖心を上回りそのまま階段を降りることに決めた。
しかし、降りはじめて数分後ここで異変に気がつく。
(何かからの視線を感じる.....)
階段の右側、木の奥から視線を感じるのだ。
人がこっちを見てるという感じではなく獲物を見ているような視線。
ここで浅はかな自分の決断を呪う。
(やっぱ、夜明けまで待った方がよかったか....?)
そう思いながら冷や汗が出てくる。
心臓の鼓動がこの何かに聞こえないかと心配になってくるほどうるさくなり、緊張している。
心拍数が時間がたつほどに速くなっていき、逆に一秒が一分に感じられるような、時間が濃密になったように感じる。
何かからの圧力はどんどん強くなっていき、動くことさえもできなくなる。
呼吸すら止められるようなそんな恐怖。
そしてついにその恐怖に耐えきれなくなり....
音をたてて、走ってしまった。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴をあげ、走り抜ける。
その直後、
「グ、グルァァァァァァ!!」
と、鳴き声を上げながら後ろから何かが追いかけてきた。
「ひっ」
と、情けない声を上げながら全力で階段を駆け降りる。
さっきまでの気楽な雰囲気は既に失われ、今は恐怖が全てを支配している。
全力で駆けながら僚は考える。
(畜生、そうだった! 博霊神社から人里までの道は妖怪、魔獣達の無法地帯ってきいたことがある! 時刻は真夜中。そんなところに人間が迷いこんだらそりゃ襲われるわ!)
「くっそ、喰らいやがれ!」
階段を駆け降りた後の砂利道まで逃げ込むと咄嗟に地面の砂利を手で掴み、後ろの『何か』に投げつける。
しかし、その瞬間僚は見た。
見て、しまった。
「グ、グルオオオオオオオオオ!!!」
そこに砂利など意にもかえさずそこに悠然と立つ魔獣の姿が。
体長2m程で全身が黒と灰色の毛によって覆われている。
目は金色に爛々と輝き、手足からはおよそ動物とは思えない命を刈り取りそうな形をしている爪が存在感を放っている。
見るだけで足がガクつく圧倒的な威圧。
そこにたたずむのは狼の様で狼を遥かに越える怪物
本能的に勝てないと悟った僚だが、平和に生きている日本人の僚が咄嗟に起こせる行動など一つ。
「ひぃ! やめてくれ!」
逃げることだけだ。
しかし、そんな行動が許される筈もなく後ろから容赦のない魔獣の攻撃が襲いかかる。
「グルァァァァァァ!!!!!」
予備動作もなく目にも止まらぬ速度で放たれた爪は正確に僚の首が狙われていた。
が、生死の危険を感じたのか本能か分からないが、何も考えず咄嗟に横へ跳び避ける。
しかし、ただの男子高校生が受け身などとれる筈もなくそのまま転び砂利へ全身を打ち付ける。
「ぐふっ」
腕に微かに傷ができ、そこから小さく血が滲み出る。
その他にも全身に傷が出来ている。
しかし、僚は痛みなんて感じていなかった。
今僚が感じているのは『恐怖』
死にたくない! その一心だった。
そのまますぐに立ち上がると一直線に森の中へ逃げる。
森の中ならばあの巨体は上手く追えないだろう。
そんなことを思ったのか、とにかく森の奥へと逃げる。
その途中で何度も魔獣の攻撃を避け、何度かかすった。
「はぁ....はぁ....」
一瞬暗くなる視界を舌を噛むことによって防ぐ。
足がふらつき平衡感覚はもうほぼ失われている。
だが、決して止まらない。
全身の至るところが悲鳴をあげている。
だが、決して止まらない。
いつまでそうして逃げていただろうか。
もう既に夜は明け、後ろの魔獣も居なくなっている。
だが、決して止まらない。
耳に残る魔獣の声がまだ自分を追っているような感覚がしたのだ。
そして、疲れて声も出なくなったとき洞窟をみつけた。
「....はぁ、はぁ.....と、取り敢えず、こ、ここに...」
洞窟に入り、なんか涼しいな、と考えた瞬間意識が途切れそのまま硬い岩に倒れこんだ。
次に目覚めたのはまた夜の夜明けだった....