第43話 エピローグ
通常の世界とは異なる、高次元世界。如何なる生物も、偉業を成し遂げた偉人さえも到達する事ができない、絶対の不可侵領域。そこに至れるとすれば、それこそ天上に位置する者――― 神でしかあり得ないだろう。
空の遥か高みを思わせる白雲がどこまでもどこまでも広がり、規則正しく渦巻く神秘的な場所があった。それら雲から突き出るは、どこから伸びているのか一切不明な巨大で白い円柱の数々。柱は全部で十本あり、円を描くようにして配置されている。更に柱の上には人影のようなものがそれぞれに座し、何かの話をしているようだった。
「皆の者、聞け。駒が揃った、ようやく駒が揃ったのだ」
長い白髪と威厳に満ちた白鬚を有する大男が、ゆっくりと口を開く。見た目の年齢としては初老の五十代から六十代といったところなのだが、その肉体は歳を感じさせず、屈強で若々しい。服装は純白の衣を纏うだけと、非常にシンプルなもの。されど、不思議と荘厳な雰囲気は損なわれていなかった。
「ええ、ようやく。と、言いたいところですが、早速脱落者が出た模様。『隷属の神』よ、敗北したのは貴方の駒ではありませんか?」
にこやかな表情を浮かべた気品ある婦人が、隷属の神というらしい坊主頭の男に問い掛ける。男の肌は深淵のように黒く、両目は煉獄の炎の如く赤い。全身には白の入れ墨が施されており、恐怖を植え付けられる風貌であった。
「嬉しそうだな、『慈愛』の。ああ、そうだ。敗北したのは我の駒、モルクの事よ。これで満足か?」
「概ね満足です。何せ、これで主神の座が一歩近付きましたからね」
『慈愛』と呼ばれた女性は口元を隠しながら薄く笑う。
「そもそも、なぜあのような者を駒として選んだのです? 世界と時代は無限に広がるもの、探せばより良い適任者もいたはずでしょうに」
「ふん、我は大穴にしか賭けん性質でな。ベットは大きく張り、見返りは大きく頂く。それだけだ」
「大きく張る、ですか。だから駒を召喚した順番も、勝利の際に任期の長くなる終盤を選択したのですね。尤もそれで負けてしまったら、話もそれまでだと思いますけれど?」
「ッハ、この効率主義者め」
「あら、何ですって?」
「まあまあ、それもこれも結果論です。『慈愛』さんも『隷属』さんも、一度落ち着きましょうよ。ほら、深呼吸してください。すーはー、って」
金の髪が光に映える小柄で美形な少年が、言い争いに発展する寸前だった二人の間に割って入る。少年が座す柱にのみ、なぜかネームプレートのようなものが置かれていた。そこには『秩序の神』、と記されている。
「そう、俺達が争ったところで意味はない。全ては下界に下ろした駒達が決める事だ」
「『戦』さん、ナイスフォロー。名前の割に冷静なところ、僕は好きですよ」
「……さり気なく馬鹿にしていないか、お主?」
『秩序の神』に呆れ顔を送るのは、この中で一際大きな存在感のある巨人、『戦の神』。優に十メートルはありそうだ。そのサイズ故に柱とのバランスも取れておらず、彼は器用にも片足で柱に立っていた。規格外な肉体にブレは一切なく、たとえ押したところで倒れそうにはない。
「それにですね、大穴に張ったのは何も『隷属』さんだけの話ではありません。争奪戦の記念すべき勝者となった彼、今回は上手くいったようですけど…… 一体、これからどれだけ苦労させるつもりなんです、『創造』さん?」
「え、私? ひっどいなぁ、私は精一杯彼をフォローしてるつもりだよ~」
唐突に話の矛先を向けられ、長く美しい紫の髪を持つ少女が焦りながら顔を上げた。それまでの話をあまり真面目に聞いていなかったのか、少し寝惚けている様子だ。
「そうですね。確かに『創造の神』は大きく張り過ぎです。駒を下界に召喚したのは一番不利になる最後、おまけに魔王の象徴が浮き出るダンジョンマスターを、それも隠しようもない顔に貼り付けるだなんて…… あれでは同族であろうと忌み嫌われ、それどころか討伐の対象となるでしょう。争奪戦についても一切知らせていないというのは、流石の私も耳を疑いましたよ。『慈愛』を司る身として、彼の今後が心配になってしまいます」
「あはは、またまた~。『慈愛』ちゃんはそんな子じゃないって、私知ってるよ? 本当に表面上ばかりが綺麗なんだから~」
「あらあら、何ですって?」
「だーかーらー! どうしてそんなに喧嘩っ早いんですかぁ!?」
『秩序の神』が再び間に入ろうとするも、今回の口論は簡単には収まりそうになかった。
「『創造の神』、貴女がいくら強気になろうとも、状況は変わりません。貴女が遊んでいる間に、我々の駒は一歩も二歩も先へ進んでいるのです。慈愛を司る私の駒は聖女として愛を教え、確固たる地位と数多くの信奉者を得ています。『海の神』であれば、貴女の駒以上に強力な海軍戦力があるでしょう。今必死になって私達を止めようとしている『秩序』の駒だって、とある国で何やら画策しているようですよ? あら、位置としては『創造』の駒が一番近いですね。ああ、可哀想に。純粋な闘争において、『戦の神』の駒と並ぶ戦闘力を有しているであろう、あの騎士団長と当たることになるなんて…… 今回は奇跡的に勝利できたようですが、所詮は付け焼き刃。奇跡は二度も起きないから、奇跡と呼ぶのですよ?」
「あ、ごめん。話が長くて聞いてなかったよ。三行でまとめてくれない?」
「ふ、ふふっ…… あまりに可哀想だから、私の駒を向かわせましょうか?」
度重なる侮辱を受け、『慈愛の神』のこめかみには明らかに血管が浮き出ている。『創造の神』とされる紫髪の少女も、面白がって茶化す気に溢れていた。
「―――皆の者、静まれ」
「「っ!」」
それは呟くように放たれた、非常に静かな声。だというのに、体の底へ底へと染み渡る。声を発したのは初老の男。彼の声を聞いて、他の者達は一斉に静まった。
「数千年の時を経て、余の任期が終わる。次なる主神を決める為に催した、此度の争奪戦はまだ始まったばかりだ。神が揃いも揃って騒ぐような事柄は、未だ発生せず」
「大穴の私が、初戦を突破したのも?」
「……駒の有利不利により、勝利した際の任期期間が調整されるというのは、不変の原則として周知されている。だが『創造』よ、ここまでの悪条件を呑み、見返りを大きくしたのはお前が初めてだろう。それほどまでに徹底する理由は何だ?」
「………」
風の音さえしないこの無音の空間。誰も話す者がいなければ、それは真の静寂を指す。それでも、誰かが言葉を発する事はなかった。誰もが彼女の言葉を待っていたのだ。そんな状態がしばらく続いて、彼女は観念したのか髪を指で弄るのを止める。それからゆっくりと笑みを作り、問いを発した男に対してこう言った。
「どうせ勝つなら、とびっきりの敗北感を与えてやりたいじゃない? ほら私、貴方の事が大っ嫌いだし。ねえ、『原初の神』? 一番に駒を召喚して、あれだけ強化を施して、ルールも徹底させて――― それで私の駒に負けたら、間抜け以外の何者でもなくない? 大穴の最弱プレイヤーが最強を打ち倒すなんて、最っ高の娯楽じゃない? もう爆笑ものよ。あそこですまし顔をかましてる優男な『海の神』も、きっと笑い続けて死ぬ思いをすると思うの。ううん、絶対に腹を抱えて死ぬわね。私が保証する!」
「お、おい、私を巻き込むな」
「ほう……!」
「『原初』もほうとか言わないでくれっ! 笑わない、私は笑わないぞ!」
不敵に笑い続け、視線を別の神に衝突させる二柱。微妙に話をはぐらかされたと、『秩序の神』はこっそりと溜息を漏らしていた。




