第38話 お話を聞こう
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駆け出しのダンジョンマスターさん、秘宝略奪戦の初勝利おめでとうございます!
他参加者から『隷属の指輪』を奪取した事で、勝利が確定した事を認めます。
奪取した秘宝を担当の神へと転送します。
ダンジョンマスター用の勝利特典をプレゼント致します。
◆『100000DP』を手に入れた!
◆『第2ダンジョン』が解放された!
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俺の眼前に、唐突にそんな表記が出現した。ポカンとその内容を凝視する俺。他の参加者? 秘宝略奪戦? 俺の知識にはない単語が色々と並んでいて、何から理解したらいいものか分からない。直観で分かるのは、この表記が一番最初に俺が目にしたメニューの記述に似ている事と、画面の下部に表示されている特典が手に入ったという事だ。そこは非常に嬉しい。嬉しいけど―――
「―――ねえ、アンタ達? 黙りこくって、一体どうしたのよ?」
おかしな反応を見せる俺を不審に思ったのか、アークが声を掛けてくれた。かなりの時間を呆けていたような感覚だが、どうも時間はそれほど経過していないらしい。精々、指輪を手にした瞬間になぜか黙った、くらいのものだろうか。
「……いや、ちょっと指輪について考え込んじゃってさ。大丈夫、問題ないよ」
「そうなの? 集中し過ぎるのも考えものね。クリスも大丈夫? 急に静かになったけど、ウィルがあんな調子だったから、心配しちゃった?」
「え、ええ。てっきりお疲れになられたのかと、無用な心配をしてしまいました。私も心配性ですね」
「うーん? ま、顔色が悪い訳じゃないし、クリスも問題ないかしらね」
「何だ、クリスも一緒になって心配してくれたのか? 心配させて悪かったな」
「い、いえっ! マスターのお力になりたいだけですから。えへへ」
クリスの笑顔がどこかぎこちない。ああは言ってるが、やはり心配させてしまったんだな。しかし反省するにしても、この状況をどう解釈するかを考えないと、か。さっきの白昼夢の内容はハッキリと覚えている。恐らく、この特典とやらと無関係ではないだろう。で、これらのトリガーとなったのは十中八九モルクの指輪だ。
「お、おいっ、ワシの指輪をどこへやった!?」
急なモルクの抗議を耳にして、反射的に視線を指輪を掴んでいた手の方へ落とす。が、さっきまでそこにあった指輪はどこにもなく、幻であったかのように消えてなくなっていた。当然、俺がどこかに隠したとか、そんな事はしていない。
いや、ちょっと待てよ。表示されたメニュー画面に、奪取した秘宝を担当の神へと転送します。ってのが書いてあるな。担当の神とやらが誰なのかは現時点では分からないが、奪取した秘宝ってのが隷属の指輪、つまりはあの青宝石の指輪の事を示しているとするならば、俺の手から消えてしまった事に話が繋がる。って事は、他参加者ってのはモルクの事か? ……ちょっと鎌をかけて、情報を引き出す必要がありそうだ。この表記の仕方からして、そうだな―――
「どこにやったと聞いているのだ! 貴様、あれがどれだけ貴重なものなのか、分かっているのか!?」
「モルクさん、アンタこそまだ分かっていないのかい? 自分が勝負に負けたって事にさ。この海戦でってのもそうだけど、秘宝略奪戦での意味でもさ。ここまで言えば、流石に分かるよね?」
「……っ! ば、馬鹿な。貴様が、最後の参加者だったというのか……!?」
おお、見事に垂らした餌に食い付いてくれた。それも、結構事情を把握している様子だ。
「理解してくれたようで何より…… でもさ、あまりにモルクさんが弱過ぎたんで、秘宝を持っていた事に驚いちゃったんだよね。あれ、隷属の指輪っていうんだっけ? 本当にモルクさんの持ち物なの? 本当の参加者から盗んだとかじゃなくて?」
「ぶ、侮辱する気か、貴様……!」
「侮辱というか呆れているというか。じゃ、この秘宝を巡る戦いについて説明できる? 本当の参加者なら知っているはずだし、嘘偽りなく答える事ができるはずだよね?」
「馬鹿めが! できるに決まっているだろう! 耳の穴をかっぽじって、よく聞くがいいっ!」
以降、モルクさんが心底丁寧に秘宝について、それを巡る戦いについて、またそれを仕組んだ者達について教えてくれた。見掛けによらず、本当に扱いやす――― 本当に良い人である。
モルクによれば、この世界は神が各々の駒で勝負を行う為のゲーム盤であり、駒に何らかの秘宝を持たせて奪い合いの戦いをさせているらしい。壮大過ぎて突拍子もない話だが、仮にこれを信じるとすれば、神の駒とは俺やモルクの事を指し、恐らく夢の中で聞いたマイペースな声の女は神達の一人なんだろう。更に考えを深めれば、俺という駒の雇い主か。私の為に頑張って、とか言ってたし。
で、詳しくこの争奪戦の事を聞くに、この戦いには全部で十人の参加者がいると。皆が皆、雇い主の神により何らかの力を授けられ、各々の特性を活かして他者を打倒していくのが一般的な流れだ。争いが開始されるのは全員がこの世界に揃ってからという事で、それまでは準備期間として充てられていたそうだ。ここはゲーム盤とはいえ、生命の住まう歴とした世界。国や宗教だってあるし、いざこざから争いや戦争に発展する事もある。これら環境を利用して地位を得るのも良し、徹底的に潜伏して最後に漁夫の利を狙うも良しと、参加者達は思い思いに準備を進めていた。もっとも、俺は一番最後にやって来たもんだから、この世界に登場した時点で準備期間はおしまい! 即時戦闘オーケーで準備もクソもないこの状況に放り込まれ、初っ端から大ピンチだった訳である。
ではなぜ俺達は、こんな神の代理戦争のような戦いに参加しているのか? その答えは勝利した際の報酬にある。これも何とも怪しげ話になるが、十人分の秘宝を集める事ができれば、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるのだという。この戦いに参加する為に、駒達は対価として神に身を捧げて契約し、この世界へと転移して勝利を目指すというのが大まかな流れ…… らしいが、俺はそんな対価を払った覚えはないし、神との契約を結んだ記憶もない。てっきり参加者は全員記憶が消されるものかとも考えたが、どうもモルクはそれに当て嵌まらない様子だ。おい、俺をこの世界によこした神、色々と俺だけもてなしが酷いんじゃないか? しかもモルクが知る限りで魔王なのは俺だけで、他の奴らは普通に社会に溶け込んでいるらしいぞ? ダンジョンマスターっつう唯一のメリットも、海の上じゃ場違い感が半端ないぞ?
しかし、モルクの持つ秘宝があの指輪だったのなら、俺にだって何かしらの秘宝があるはずだ。秘宝、秘宝――― そんな豪華絢爛なものなんて、俺は何も持っていない。最初から持っていたのはボロ雑巾のような衣服、そして今は懐かしきイカダ型ダンジョンだけだ。
「モルクさん、俺の持つ秘宝が何だか分かるかな?」
「フン、今度は引っかけか。知る訳がないだろう。敵の秘宝が何かを推測するのも、この戦いの醍醐味だとしか聞いていない。ああ、一定以上は離れる事もできないから、故意に距離を置けば秘宝の方から近寄るとも言っていたな。だが、そんな事をすればこれが秘宝だと敵に知らせるようなもの。そんな馬鹿をする輩などいるはずがない。体のどこかに隠し持つのが定石だ」
ふんふん、参加者は他の奴の秘宝がどんなものかまでは知らないと。 ……貴重な情報には違いないが、俺自身が自分の秘宝も分からないってのは、どういう事なんだろうか? よっぽど俺の神とやらは抜けているんだろうか?
「これらのルールは最初に説明され、十人が揃えばお告げという形で神より開始が知らされる! どうだ、貴様が知るものと同じものだろうが!」
開始も何も、そのルールさえ知らされていないんだよなぁ…… そういやあの女、マニュアルを作るのに必死で忘れていたとか言っていたし、まあ、そういう事なんだろう。
「うん、ここまでは正解に続く正解だ。モルクさん、どうやら貴方は本当の参加者だったようだね」
「だから、最初からそう言っているだろう!」
「じゃ、最後の確認をしようか。秘宝の奪い合いに負けたら、一体どうなるんでしょうか? 偽物じゃなければ知ってるよな? 自称本物で、秘宝の奪い合いに負けたモルクさん?」
「うっ……」
モルクは大変ばつが悪そうに、顔をしかめながらも説明を続けてくれた。




