客の来ない珈琲屋
店内は中々にお洒落な店だ。立地も良い。しかし売り上げまでリッチとはならないようだ。
バイトとして働き出して2週間が経ったが、すごく暇だった。客は来るには来るのだが、基本的には身内しか来ない。マスターの知り合いと、俺の知り合いくらいだった。
空いた時間は大体店の掃除をしているのだが、勤務中は客が来ない限りほとんど空いた時間となるので、店内及び店先や看板は常にピカピカに保っている。恐らく、この店は長くは続かないだろう。バイトを雇う余裕があるのかさえ怪しい。てか無いだろう。売り上げが無いのだから。
来月に支払われる筈の給料が心配になってきた。
店が潰れたから給料無し、なんて絶対に困る。聞いてみようと思った。今までも何度か聞こうとしたのだが、流石に気まずくてやめていた。
あいにく客が来ないけど大丈夫ですかなんてストレートに聞ける程、太い神経は持ち合わせていない。
しかし、気まずいなんて気にしている場合ではない。もし給料が出ないなんて事になったら、生活が出来なくなるのだから。意を決して聞いてみる事にした。
言葉を選び、慎重に。
清掃に一段落をつけて、口を開いた。
「いやーそれにしてもお客さん全然来ないですねーあは。これじゃあ潰れる日も近いんじゃないですかーあはは。俺の給料大丈夫かなーなんてあははは。」
……もっと他の言い方があっただろう、と思った時には遅かった。自分の中で考えられる限りのダメな言葉を選りすぐんだまである。
あまりの衝撃に思考が停止したのか、ピタリと動かなくなってしまったマスター。時間は止まることは無いと思っていたのだが、いやはや世界は未知でみっちみちに満ちている。
ともかく一刻も早くこの場から離れなければ、掻いた冷や汗で珈琲が一杯作れそうだ。そんなまずい(気)珈琲なんて客に出せる訳などなく、そもそも出したくても客がいない。
さあ上がる時間だとそそくさ逃亡を図ろうとした時。
「給料は出せるよ」
マスターの時が再び動き出した。
「あ、そうですか〜。てか、さっきのは冗談なんで気にしないで下さいそれじゃお疲れ様です〜」
出せるよって、そんな事は当たり前だろうに。むしろ本気で受け取っているあたり、さらに不安は加速する。ちゃっちゃと着替えて帰路につく。
出せるよってお前……。ギリいけるよ!なんとかね!って言ってるみたいだ。
冗談で済ましてくれたらどれだけ良かったか。
新しいバイト先をボチボチ探そう。そう思いながら、やけに看板の綺麗な珈琲屋を後にしたのだった。