その捌
「動くな」
私が低い声で威嚇すると、相手は静かに両手をあげた。
「お前は何者?
どうして雪ちゃんの後をつけ狙う」
分厚い雲が晴れたのか、白い明かりが辺りを染める。
小刀の刃が光を反射して、相手の耳たぶについた銀色の耳飾りを照らした。
【刀】の字を模様にしたような、不思議な紋様が施されている。
相手は、ふっと息を吐いた。
笑っているようだ。
彼は、横顔をこちらに見せた。
「すごい殺気が近づいてくるから様子を見ていたら、まさか女の子だったとは。
君はすごいな。勇敢だ」
「馬鹿にするなよ」
私が歯を見せると、彼は肩をすくめ、咳払いをした。
「失礼。何か誤解をしているようだから、自己紹介がしたい。
君の目を見て。刀を納めてもらっても?」
刀を外したら何をしてくるかわからない。
そんな危険も分からない女だと思われているのだろうか。
馬鹿にしている。
「私は見たくない。このまま言え」
「参ったな。そろそろ腕が疲れてきた」
ため息をつきながら、彼は手を下ろした。
「俺は、片切孝太郎。刀狩りって組織の隊員だ。
君のお父さんの刀が悪用されていると聞いて、調査をしにきた」
「私の父?」
「心籐輝義。あれ、違った?」
「……何故、その人が私の父だと思う」
「この小刀の刃紋に、輝義氏の特徴がある。でも、小刀は初めて見た。
たぶん特別に作ったんだろう。輝義氏の特別な存在っていうと娘さんかなって」
こいつ、片切とかいったか、父の刀をよく知っているようだ。
私はまじまじ、彼を観察する。
夜を服にしたような黒い詰襟。
腰には刀帯をしていて、刀を差している。
このご時世に帯刀しているということは政府関係の人間だろうか。
刀狩りなんて聞いたことがないけど。
でも、父の刀の悪用を調査しているなら、父の行方も知っているかもしれない。
その前に、父の刀の調査で、どうして雪ちゃんをつけ狙う流れになった?
怪しいけど、何もわからない。
ここは、こいつに合わせて、後で聞き出そう。
「そう。私は輝義の娘だ。名前は心籐灯」
「やっぱり。灯って呼んでもいい?」
急に呼び捨てなんて。いや、ここは我慢だ。我慢。
「約束しろ。どんな調査をして、どんな結果が出たか教えるって」
「約束する」
私は小刀を納めた。
片切が私の方に向き直る。
左にかきあげられた前髪。
左の瞼に重なる斬り傷を隠すためだろうか。
それを差し引いても、十分に端正な顔立ちをしている。
女が放っておかなそうな趣のある男だ。
「ありがとう。やあ、思っていたよりかわいいな」
女慣れもしている。しすぎているくらいだ。
私は誉め言葉を無視した。
「さぁ、話して」
「ここだとまずい」
「どうして?」
私からしたら、ここから離れる方がまずい。
雪ちゃんを置いていくわけにはいかない。
尾行野郎はもういないけれど、人斬りはうろついている可能性がある。
「彼女を心配しているなら大丈夫だ」
私の考えを見透かしたように、片切は言った。
「それはあんたが人斬りだから?」
安全を言い切れる理由はそれしかない。
彼は、また息を吐くように笑った。
「別に疑っても構わないけれど、お父さんのこと教えないぞ」
いいのか?と念を押されるとつらい。
やっと父の行方を知れる機会がきたのに。
でも雪ちゃんのことも同じくらいに心配だ。
「どうして大丈夫だって言いきれるの」
「今は月が出ている。月が出ている時、人斬りは現れない」
不意にまじめな表情で彼は答えた。
刀の悪用を調査しているということは、人斬りについても調査済みなのだろう。
そんな彼の言葉に、私は、妙な信憑性を感じた。
「ついてきて」
私は片切を自宅に案内することにした。