その伍
私も、思わず大きな声が出そうになるのをこらえる。
雪ちゃんは形の良い眉をひそめ、視線を伏せている。
「誰にも言えなかった。でも灯ちゃんにならって思って」
「今もなの?」
「今はいないみたい。夜になると現れるの」
「夜って。雪ちゃん、夜にでかけているの?」
「家に居づらくて」
すん、と、彼女は鼻を鳴らした。
「私、お義母さんにいじめられているの。
お鍋だってわざと底に穴を開けられて。嫌味を言ってくるのよ。
でも皆、知らない。だから誰にも言えない。
つけられているのだって言えないの。
お義母さんに尻軽女って思われる。
そしたら私、晴彦さんと一緒にいられなくなっちゃう」
途中から、雪ちゃんは声を震わせていて、言い終わるころには、大粒の涙がぼろぼろと零れた。
「雪ちゃん……」
私は雪ちゃんを抱きしめた。
腕の中で、小さくて細い体が震えている。
こんなに優しい雪ちゃんをいじめるなんて、性根の腐った姑だ!
怒りに駆られたが、今は、雪ちゃんを落ち着かせることが先決だ。
つけられているのは夜だけだというけれど、どこで聞き耳をたてられているかも分からない。
とりあえず、私は、雪ちゃんと一緒に、店に戻ることにした。
〇
私は雪ちゃんを奥の板の間に座らせ、水を飲ませた。
しゃくりあげていた雪ちゃんだったけど、水を飲んでしばらくたつと、ため息がつけるほど、呼吸が戻ってきた。
「落ち着いた?」
雪ちゃんは頷いた。でもまだ、眉をひそめている。
元気づけてあげなきゃ。
「よし! まずはその尾行野郎を成敗しよう。そしたら、次は、意地悪な姑!」
私が元気よく腕を振り上げると、雪ちゃんは静かに笑った。
「ありがとう」
よかった。少し元気が出たみたいだ。
雪ちゃんは少しはにかんだ表情を、すぐに曇らせた。
「でも、この時期だし、その人が人斬りだったらどうしよう。灯ちゃんに何かあったら嫌よ」
「私が変態野郎にどうにかされると思う?」
「わからないじゃない」
「大丈夫。私に考えがある」
え?と見てくる雪ちゃんに、私は作戦を伝えた。
作戦とは言ったけどそれほどのものじゃない。
雪ちゃんには三日後の夜、散歩にでてもらう。
私は物陰に隠れて尾行野郎を待つ。
三日もおあずけを食らっているから、確実にそいつは釣られるだろう。
来たら、私は、そいつに近づいて、こっそり隠し持っていた小刀をちらつかせる。
女が弱いと思って尾行しているような小心者なら、きっと撃退できる。
もし、そいつが人斬りならば、私はそいつから父の刀を取り戻す。
人斬りだって、女を相手にして満足している奴だ。
怒りに駆られている私が、負けるはずはない。
人斬りだったらのことは、雪ちゃんには言っていない。
すでに追い詰められている雪ちゃんに、無駄な心遣いをさせたくないから。