その肆
次の日。
私は仕事を早めに切り上げた。
昨日の新聞記事に載っていた、被害者の死体が打ち捨てられていた現場へ行くためだ。
昨日の弥一さんの反応も気になるところだが、そんな怪しい競売に行くような金持ちの知り合いはいないから、真実なのか確認のしようがない。
私にできることは、ひとつ。
犯人を見つけ出して、父の刀を取り返す。
父の刀でなくたってかまわない。
父が愛した刀で、父が愛した人を斬り、喜んでいるような人でなしは成敗しなくてはならない。
〇
新聞記事に書いてあった現場は、店からそう遠くないところに流れている川の縁だった。
私は川の上を通る橋から、穏やかな流れの川を見下ろし、周囲を観察することにした。
川を挟んだ両側には、建物と道が、川と平行になって並んでいる。
土手があり、そこを降りていけば川縁だ。誰でもすぐに降りていけるし、その理由を勘繰る者はいないだろう。
現に、子ども達が石積みをして遊んでいたり、母親たちが洗濯をしながら井戸端会議をしていたりする姿が見える。
そうして利用しているということは、そこにはもう血なまぐさい臭いは残っていないのだろう。
「そりゃあそうか」
私はため息をついて、欄干に肘をついた。
冷静になって考えると、もし、痕跡があったとしても私に犯人を見つけることが出来るだろうか。
怪しいを絵にかいたような人がいれば話は別だけど。
聞き込みをしてみるか?
私は周囲を見渡した。
通りの人影はまばらだ。
この通りだけではない。
人斬り事件が起きてから、央都全体にかつての喧騒は見られなくなっている。
これからを考えながら、私は石積みをして楽しんでいる子どもたちを眺めた。
ふと、その子ども達の横を通り抜ける人がいる。
あの人は――――。
「弥一さん?」
私は咄嗟に身をかがめた。
欄干の柱の間から、弥一さんの行動を見張る。
彼は、きょろきょろと辺りを見渡したかと思うと、川の中を覗いている。
父の友人を疑いたくはないけれど、怪しすぎる。
怪しいを絵に描いたような行動だ。
弥一さんは何をしているの?
彼が橋の下まで来たので、私は両手で顔を覆いながら、指の隙間から様子を窺う。
「灯ちゃん?」
不意に声をかけられた。
体がびくっとした拍子に、しりもちをつく。
「驚かせちゃった。大丈夫?」
と、手を差し出してくれるのは、雪ちゃんだった。
「ありがとう」
私はほっとして、彼女の手を握った。
「何をしていたの?」
立ち上がった私に、雪ちゃんが質問してくる。
どうしよう。
弥一さんを怪しんでいたとは言えないし。
私は橋の下の様子を窺った。
もう弥一さんの姿はない。
「いや、えっと、散歩」
「座っていたのに?」
雪ちゃんは訝しげだった。当たり前だ。
私は頭を掻いた。
「私、怪しかった?」
「とても」
「その、落とし物をして」
「落とし物?
ここから落としちゃったの?」
「うん。でも大丈夫」
「灯ちゃんがいいならいいけど」
雪ちゃんは腑に落ちない表情をしているけど、とりあえず追及は逃れたようだ。
また何か訊かれないように、今度は私が質問をする。
「雪ちゃんは何か用事?」
「私は」
答えかけて、彼女は口をつぐんだ。
そうして、つと私を見る。
「灯ちゃんに会いたかった」
彼女はぽつりと言葉を落とした。
「昨日、本当は相談したいことがあったの」
私は思い出した。
最後に見た雪ちゃんの瞳。
桜の花びらが散っていない、ただの暗闇を。
「何かあったの?」
雪ちゃんは頷き、自分の後ろや、私の後ろに目をやった。
誰かがいないか、確認する仕草だった。
それが終わると、雪ちゃんは手で胸を押さえた。
「私ね、誰かにつけられているみたいなの」
小さな声で彼女は言った。