その弐
戸の方を見ると、父の知り合いだった二人の爺さんたち、玄さんと弥一さんが肩を組んで、何やら歌っている。
二人とも酔っぱらっているようだ。
「ちょっと、うるさい!
営業妨害です!」
私は、迷惑な酔っ払い二人組を追い出しにかかった。
二人に近づくと、強烈なお酒の臭いがする。
「あらぁ、灯ちゃんはかわいいねぇ」
と、玄さんが言うと。
「今日も今日とてだ」
と、弥一さんが合いの手を入れる。
この二人は私が幼い時から、私に会うたびにかわいいという。
でも、私は自分のことをそう思っていないから、ただの迷惑だ。
私が二人の相手をしている横を、雪ちゃんが通り過ぎていった。
彼女の安全を考えればその方がいいけど、店としては、お客さんが寄り付けないこの状況はつらい。
「昼間にもなってないのに、この爺さんたちは困るなあ。何かいいことでも?」
私は腕組みをした。
玄さんが大げさに首を横に振る。
「いいことって、そりゃあないよ」
「あぁないね。嫌なことばっかりさ」
「死ぬならよぉ、いい気分で死にてぇなって」
「美人に看取られてな」
「馬鹿なこと言ってる。水持ってくるから」
私は二人を店の中に招き入れた。
今は店兼作業場にしている元鍛冶場の奥。
一段上がって板張りになっている所へ二人を座らせ、私はそこから繋がっている家に戻った。
そうして、水がめから水を汲み、雪ちゃんからもらった硝子製のコップに注いで、二人に渡した。
二人は全く同時にコップをあおり、水を飲みほした。
かーっと声をあげた弥一さんが、しみじみと私を見る。
「全く。輝義のやつは何をしてんだか」
「こぉんなに出来た娘っ子おいてなぁ。全く、全くだよ」
相槌を打つ玄さんは、座っていても体がふらふらとして落ち着かない。
「父が帰ってきたら言ってやってよ」
私がぽんと肩を叩くと、ぐわんぐわんと起き上がりこぼしみたいに体を回しながら、玄さんは腕を振り上げた。
「あぁ、言ってやる。言ってやるぞぉ、俺は。ついでにぶん殴ったるわ」
「そんな勇ましいことできんのか?」
「できるぜ、俺は。できる」
できるできると呟く声は小さくなり、玄さんはとうとう床に寝転がって、いびきをかきはじめた。
「あーぁ、寝ちまったよ、この人は」
すまないねと、弥一さんは私に詫びながら、自分の上着を玄さんにかけた。
この二人は、本当に仲がいい。
私が覚えている限り、二人はいつも一緒だったし、彼らといる時の父はとても楽しそうだった。
私と弥一さんは、いびきをかく玄さんを見守った。
はぁ、と、静かになった空間に、弥一さんのため息が響く。
「玄さんは、傷ついてんだよ。この前、孫娘が殺されちまってさ」
「そうだったの」
「自暴自棄だよ。かわいそうに」
知らなかった。
私は玄さんの皺だらけの顔を見た。
うぅん、と苦しそうにうめいていた彼の目が、突然、バカッと見開かれた。
「俺は見たんだ」
低い声で彼は唸った。
まるで怨霊にとり憑かれたかのような不気味さに、私は唖然と玄さんを見つめた。
「玄さん、いいよ、寝てな」
弥一さんの制止を無視して、玄さんは続ける。
「あの傷跡、紛れもない。あれは輝義の刀でしかできない」
傷跡?
父の刀?
「どういうこと?」
「玄さん!」
「俺の孫は、殺されたんだ。輝義の刀で・・・」