その陸
それから2日間、私はたくさん食べて、たくさん寝た。
そのかいあってか、傷の完治はあっという間で、療養所にいる専属のお医者様も驚くほどの回復ぶりであった。
最後の診察では、お医者様と一緒に如月さんも来てくれて、お医者様から、動いても大丈夫だとお墨付きを貰った。
そうして、お医者様を見送った後、如月さんは私にいつも通りの微笑みを向けた。
「完治、おめでとうございます」
「いろいろありがとうございました」
「お力になれて光栄です」
言いながら如月さんは隣においた風呂敷包みを私に差し出した。
「餞別、といっては何ですが」
包みを受け取ると、結構、大きいし重い。
何だろう。
「開けてもいいですか?」
如月さんから許可を得て、結び目をほどき、広げる。
桜色で丈の短い小袖。
その下に着る襟首の長い黒の服。
同じく黒の脚絆と足袋。
さらにこれまた黒の帯に、刀狩りの紋様が入った飾りがついた銀の帯紐。
それらが風呂敷の中に折りたたまっていた。
「灯さん用の隊服です」
「私の」
私はため息をつく。
見ただけで分かる。
隊服は何もかも、上等なものだ。
私にはもったいなさ過ぎる。
「着てみてください。お手伝いしますよ」
如月さんに促されては、尻込みをしているわけにいかない。
私は頷いて、寝間着を脱ぎにかかった。
◯
「かわいらしいですねぇ」
如月さんが、隊服に着替えた私を見て、拍手をする。
うれしいけど、そんな大袈裟にされたら恥ずかしい。
私は自分を見下ろした。
何から何まで寸法がぴったり。
おかげで息苦しくないけど、唯一、露出している太腿から膝が、すうすうしてたまらない。
如月さんはズボンなのに、私はこれで戦えるのだろうか。
ぱっと見ると、如月さんが口の端からよだれを垂らして私を見ている。
「如月さん……」
「あら失礼」
私の視線に気がついた彼女は、胸ポケットからハンケチを取り出して、口元をぬぐった。
そうして、何事もなかったかのように、肩をすくめて笑う。
「かわいらしいものを見ると、こうなってしまうんです。
お気になさらず」
「はあ」
何と返したらいいかわからず、私は曖昧な返事をした。
「今、片切隊士を呼んできますから、少々、お待ちくださいね」
微妙な空気が流れたところで、彼女は風呂敷を回収すると、部屋を出ていった。
私はため息をついて、畳に座る。
かわいいものをみるとよだれがでるって普通じゃない。
如月さんがあそこまで変わり者だとすると、刀狩りの隊士はみんな変わり者なのではないか。
ひょっとしたら孝太郎も。
私、大丈夫だろうか?
別の不安に襲われ、私は震えた。
「入るぞ」
びっ、と体がはねる。
噂をすれば孝太郎だ。
私は咳払いをして、どうぞ、と声をあげた。
襖が開いて、孝太郎が入ってくる。
詰襟の上着を着ていない彼は、どことなく新鮮だった。
白の襟シャツがよくにあっていて、なんだか悔しい。
彼は私の正面に座った。
「体の調子は」
「お医者様は、もう鍛練を初めて大丈夫だって」
「そうか。良かった」
心底安心した表情をみると、私に怪我をさせてしまったことを悔いていたのだろうなと思う。
ここはひとつ、元気に振る舞おう。
「ほら、みて!
如月さんが、着物を見繕ってくれたの」
私は立ち上がって、くるくると回ってみせた。
「似合ってる?」
「いいね。際どくて」
「え」
はっと思い出す。
丈が短いのを忘れていた。
「あ、足をみるな!」
「ごめん」
謝りながらもにやついていて、反省していない。
全くこの男は。
気を使って損した。
私はむくれ顔を隠さずに座った。
おふざけは置いといて、と、孝太郎は話を変える。
「俺からも餞別を」
彼は持ってきた一振りの刀を私に差し出した。
「3ヶ月間、君の相棒になる。大切にな」
受け取った刀は、ずしりと重たい。
これを振れるようになれれば、私の刀ももっと上手く扱えるようになれるだろう。
「ありがとう」
「俺は厳しいからな?」
私は孝太郎をみる。
彼の、歯をみせる、自信に満ちた表情は、私を安心させてくれる。
私は頭を下げた。
「よろしくお願いします」